私の手からこぼれ落ちるもの

アズやっこ

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14 猛獣?珍獣?

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目が覚めると私を覗き込むマダムとリズ姉さんの顔が見えた。


「ハンナ!」


リズ姉さんは私を抱きしめた。


「大丈夫?体は?」

「は、はい…」


私は起き上がろうとした。


「今日は寝てな」


マダムの声に姉さんが私をもう一度横に寝かせる。


「あの…」

「あんた途中で意識を失ったんだ」


外が明るくなってきたまでは覚えている。『朝だ』そう思ったから。


「ハンナどこか痛い所は?」


心配そうに私を見つめるリズ姉さん。


「体中、痛いです」

「本当にあの男は。あの男の相手は私かマリーしか無理なんだよ」


マリー姉さんは2番目に人気の娼婦。


「あの男の良い所は金払いだけだよ、全く…」

「ハンナ何か食べるかい?」


マダムに言われてお腹が空いたなと思った。それと同時にこんな時でもお腹は空くんだなと思った。


「はい」

「誰も厨房にいないから温めるだけの簡単なものしかないけどちょっと待ってな」


マダムが部屋を出て行った。


「姉さん、今何時ですか?」


厨房に誰もいないって事は店は終わったって事。一晩娼婦を買う人はいる。料理人は店が終わると温めるだけの料理を作り家に帰って行く。軽食程度なら私でも作れる。夜中に作り運んだ事もある。


「もうすぐ夜が明けるよ」

「え!」


夜が明けるって、私まる一日寝てたの?

確かに男性との行為は激しかった。今も体は重い。


「今日はゆっくり体を休めな」


リズ姉さんは私の頭を撫でた。

マダムもリズ姉さんも他の姉さん達も私の頭をよく撫でてくれる。

甘えていいんだよ、と教えるように…。

この娼館はまるで家族のよう。末娘の私を時に厳しく時に優しく育ててくれる。皆同じ立場。ここに売られて自暴自棄になってそれでも足掻いて。

ここに来て人の優しさに触れた。

今だけ甘えよう…

リズ姉さんの私を撫でる手に今だけ甘えて私は目を瞑った。



マダムが持ってきてくれた温かいスープを飲みまた横になる。『今日も寝てな』そう言われ私は自分の部屋で横になっている。

布団しかない部屋、この狭い部屋が私の城。天井を見つめただぼうっとしている。


「入るぞ」


私の答えを待たず扉を開けて入った男性。


「大丈夫か」

「は、はい…」

「無理をさせた、すまん」


ばつの悪そうな顔をした男性。


「いえ」


私は起き上がろうとした。


「まだ寝てろ」


男性は私の隣に座り私の顔を覗き込む。私はじっと男性の顔を見つめる。


「なんだ?」

「いえ、こんな顔だったんだと思いまして」


あの夜は獅子のような男性としか覚えていない。顔も朧気で思わずまじまじと見つめてしまった。


「悪かったな、こんな男の相手なんかさせて」


私は困ってしまった。男性の相手をするのが私の仕事。


「どうせ相手するなら不細工より格好良い方がいいだろ?」

「そんな事は…」

「いいんだ、はっきり言ってくれ」

「本当にそんな事思っていませんよ」


大柄で目付きも悪くお世辞でも格好良いとは言えない。でも相手を選べる程私は売れていない。


「この前は盗賊退治の後で気が荒ぶっていたんだ」


確か、マダムが将軍様と呼んでいたような…。


「騎士様ですか?」

「騎士なんてそんな洒落たものじゃない。まあやってる事は同じだけどな」

「でも確か将軍様とマダムが呼んでいましたが」

「将軍だからな」

「騎士じゃないけど将軍、ですか?」

「俺にはこの腕しかない。剣を振れなきゃお払い箱だ。将軍だってただ我武者羅に剣を振ってたらたまたまなっただけだ。別に将軍って器でもないしな。

護る者が増えれば迷いが生じる。迷いがあれば判断が鈍る。判断が鈍れば命を失う。将軍になれば護る者が増えるだろ?あいつらを全員護るには俺が強くならないといけない。まあ護れる程俺が強くなればいいだけだから簡単な話だ」


簡単だと言っているけど顔には新しい傷があった。それに顔には古い傷跡も残っている。この人は自分を盾にしてでも護る者の為に命を懸ける人。

よく見れば服もほつれている所がある。


「そこ、縫いましょうか?」

「ん?」


男性はほつれている所を見た。


「あー、これはさっき引っ掛けた所だ。いちいち直さなくてもいい」

「貸して下さい、私が気になります」

「なら針と糸を貸してくれ、自分で直す」


私は起き上がり引き出しから針と糸を出し男性に渡した。


「ふっ」

「ん?なんだ?」

「いえ」


大きな体を丸くしてチクチクと縫っている姿に思わず笑ってしまった。

私はそっと覗き込んだ。見た目に反して上手に縫えている事に驚いた。なんとなく大雑把な気がしたから。


「上手ですね」

「慣れてるしな」

「そうなんですか?」

「ああ、ガキの頃から男所帯だったし、剣を持ってからは服を縫う機会が増えた。破れたからといって毎回服なんて買えないしな。今は剣で破く事はないがあまり周りを気にせず歩くからな、この通りだ。

お前も何か縫う物があれば出せ、ついでだ」

「ふふっ、私も縫い物は得意なんです」

「そうか、俺の腕前を披露出来ると思ったんだがな」


あの夜は別人だったのかと思う程話しやすい人。大柄な見た目のようにおおらかな人なのかもしれない。

笑った顔がとても可愛らしい人。



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