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おまけ エリーナ視点 ①
しおりを挟む馬車で隣国へ向かい王宮の離宮に着いた。ウィングル国内でのお父様達の滞在先になっている。
「お父様、お母様」
「エリーナ」
久しぶりにお父様とお母様と会いホッとした。1ヶ月以上の長旅はお兄様の婚姻式以来。
「エリーナ」
「お兄様」
2年ぶりに会えたお兄様。お兄様は私を抱きしめた。お兄様の隣にはマイア女王陛下の姿。
「大変だったわね」
私はカーテシーをした。
「やめて頂戴、今は家族の時間よ」
「はい、マイアお義姉様にもご心配をおかけしました」
離宮の庭園でお母様とお茶をした。
「エリーナの元気な顔が見れて安心したわ」
「お母様、私もお母様の元気な姿を見れて嬉しいです。それでも私だけ罰という罰ではありませんから」
「でもそれは殿下の責だわ」
「確かにローレンス殿下はミリア様に好意を抱きました。政略では心は関係ないと言っても私も殿下も心ある人間です。きっと私の態度が気に障ったのかもしれません。それに言い方が厳しく聞こえたのかもしれません。人を見て会話をしなさい、そう教えられました。話す時は目を見る、私はそう捉えましたが、その人をよく見て観察しその人に合わせた話し方をしなさい、その意味もあったと今は思います。物事をはっきり伝えるのではなく、相手の気分を害することなく伝える、簡単ではありませんが私も殿下の気持ちに添えて声を掛けていたら殿下との関係も変わっていたと思うんです」
殿下の罰がどんな内容かは教えられていない。ミリア様との事だって私は見て見ぬふりをしていた。私に非が全くないのかと言われると私にも非はある。
婚約者になったのは8歳の時。私もまだ8歳の子供で毎回会うたびに機嫌が悪く不満そうな顔をされれば悲しいし辛かった。年を重ねるごとに表面上だけ取り繕い名だけの婚約者になっていたのも事実。
私はミリア様に憧れていたのかもしれない。
自分の気持ちを素直に伝えていたミリア様が羨ましいと思っていたのかもしれない。結局私は最後にしか自分の気持ちを伝えていない。それまで何度と何年と伝える機会はあったというのに。
私の初恋は誰と聞かれたらローレンス殿下。殿下の婚約者になり初めて異性を意識した。可愛く映りたいと殿下と会う時はメイドに可愛く仕上げてもらった。髪型一つ着る物一つ、どう笑えば可愛く見えるのか何度も家で練習した。それでも会えば緊張して顔が強張り、もっと可愛く言いたいのに厳しい言い方しか出来なかった。
『可愛げもないお前を私の婚約者に選んでやったんだ、光栄に思え』
殿下の態度に言葉に家に帰って涙を流した。
婚約者として王宮で教育を受ける時はいつも殿下を探しながら歩いていた。遠くから殿下を見れた時はその日一日嬉しくて教育が厳しくても耐えられた。
12歳の時、いつものお茶の時間で殿下の貼り付けた笑顔を見た時、私は殿下に嫌われていると知った。
陛下の雷が落ちた、それは私の耳にも入り私は何を叱られたかまでは聞かされなかった。でもその笑顔を見た時、私への態度だと分かった。
遅れてやって来るお茶の時間。何も喋らず不機嫌な顔をしてお茶を飲んだら『お茶を一緒にしてやったぞ、もういいだろ』私が話していてもお構いなしに席を立ち行ってしまう。
不機嫌な態度や顔、言葉を掛けられていた時は辛くて悲しかったけど、それでも殿下は私に心を見せていた。例えそれが嫌悪だったとしても。その日から殿下の心は私を拒絶し表面上は仲の良い婚約者として振る舞った。
お茶の時間は先に待っていて私の話をうんうんとにこやかな顔で聞く。お茶を飲み終わっても私が飲み終わるまで待ち、そして一緒に席を立つ。馬車まで見送り手を振る。
一見仲が良さそうに見えても殿下からは何も話さず相槌は打ってもそれに答える事はない。馬車まで見送る時も殿下は自分の両手を固く握り手を繋ぐ事はなかった。私より一歩前を歩き私は殿下の背中を見て歩く。
私もまだ子供、それでも殿下の態度が王子としてだという事は分かる。ローレンスではなく王子、その事が私をより悲しくさせた。そして私も心を隠して貼り付けた笑顔で表面上だけの婚約者になろうと決めた。
それから殿下と私は歪な関係のまま学園に入学した。
2学年になりクラスが別れその頃からミリア様を隣に置くようになり私達は行動を別にするようになった。それから度々目にするミリア様と一緒にいる時の殿下の顔は私が一度も見たことのない顔だった。
愛しいと誰の目にも明らかで、私が隣をすれ違っても視線すら向けられなかった。
涙なら婚約者になった8歳の時から流してる。ミリア様を見つめる瞳に心が痛んだのも一度や二度じゃない。
どうして私では駄目なの?
どうして私を見てくれないの?
こんなに慕っているのに…
こんなに貴方を思っているのに…
私は一人だけで恋をしていたの。片思いをしていただけ。
気持ちを伝えなかった私も悪い。でも気持ちを伝える事が出来なかった。嫌われ者の婚約者、こんな私が気持ちを伝えて余計に嫌われろって?
私も怖かったの
殿下にこれ以上嫌われるのも、話しかけ不機嫌にされるのも。
私はもう辛かったの
邪険に扱われるのも、このまま婚姻しても片思いは片思いのまま。ミリア様を愛妾に迎え私はお飾りの妃。跡継ぎの子もミリア様が産み私は国母。
皆平等に心があるように私にも心がある。所詮政略、婚姻と愛は別、王妃になりたいだけならそれでも良かった。私は殿下を慕い過ぎた。私は王妃になりたかった訳ではなく殿下の妃になりたかったの。
婚姻準備に入れば一番初めに周辺諸国への招待状を送る。招待状を送ればもう取り消す事は出来ない。
だから卒業パーティーは最後だった。
婚約を白紙に戻す事も解消する事も陛下と何度も話し合った。何度も陛下は白紙に戻そうと言っていた。それでも私は首を立てに振らず婚約破棄を貫いた。
婚約破棄は殿下へ贈る最後の恋文
一方的に『私が貴方とは婚姻したくないです』そう告げる最後の私の意地。
殿下を慕う気持ちは疾うに消えていた。
それでもこの2年殿下から蔑ろにされていたのは事実。学園への行き帰り、卒業パーティーのドレスだけじゃない、毎年贈られていた誕生日も贈られなかった。お茶の時間も私は一人で過ごした。王宮のメイド達が朝から場所を整え花を飾りお菓子やお茶の準備をして待っている。片付けて、そう言うのは簡単だけど彼女達の時間も気持ちも無にするのは嫌だった。
殿下が不義を働いたのも事実。私とミリア様どちらが婚約者か分からない。物語なら殿下とミリア様が主役で私は脇役1。
それに見せしめになるのは本当。何人もの令嬢に相談を受けていた。殿下の周りにはそういう令息が集まっていたから。令息達は簡単に『婚約破棄』を口にする。彼女達に婚約破棄を仄めかしていた。なら白紙か解消しようと言うと何の見栄なのか白紙も解消もしないと言う。なら仲睦まじくするのかといえばそうじゃない。
でもね、女性には勘があるの。誰かを見つめる視線、会う頻度が減った、ほんの些細な行動を見抜く勘があるの。そしてその勘は良く当たる。それに案外会話を聞いていたりするのよ?
私は理不尽な令息達に教えたかった。『貴方達が婚約破棄を言える立場なの?』と。
婚約を継続するのか白紙に戻すのか、それは彼女達次第。軽々しく婚約破棄を言えない以上有責は免れない。
ある子爵令息が言ってたの。『白紙や解消にしたら金を払わないといけなくなる。でもこっちから婚約破棄を言えば金を払わなくていい。婚約破棄されるってよっぽど相手に非があるって思われるんだからさ』って。
悪知恵だけは働くのね、って関心したわ。
でも親だって馬鹿じゃないわ、正当か不当かきちんと調べるわ。婚約破棄でもお金を支払わないといけないのよ?それでも世間の目は厳しい。令嬢としてはその先良縁に恵まれる可能性は低い。
確かに殿下は令息達に乗せられた。それでも行動に移すか移さないかは殿下次第。でも殿下は行動に移した。卒業パーティーの半年前、王族お抱え職人がミリア様を採寸したと耳にした。そして殿下から頼まれたのはミリア様の一着だけ。
王宮に顔を出す私の耳に入らない訳がない。
きっと殿下には分からないわ。殿下を慕う気持ちは消えていたとしてもお飾りの婚約者だとしても、最後の望みだったの。それを悉く砕いてくれた。私の心を粉々に砕いてくれたの。
ルーファー殿下を王太子に、その声は大きくなった。殿下の学園での生活は皆が知っている。私がどれだけ庇っても子供から聞かされる学園での殿下が真の姿で王位継承権の剥奪は免れなかった。陛下の言葉にも耳を傾けず、婚約者の私にも不誠実で王子の器ではない、そう皆が口々に言った。
陛下は降下させると言い、貴族達は殿下の性格や態度から幽閉にするべきだと言った。ローレンス殿下は王族の恥だと。ルーファー殿下が王太子になった時、もし降下させ臣下になったとしてもローレンス殿下が厄介者になると。厄介者は排除すべきだと。
殿下に愛はない。
それでも私は婚約者として例え幽閉になっても最後まで殿下に私の人生を捧げようと思っていた。一緒に私も幽閉されよう、それが婚約者としての努めだと。
私は最後の賭けをしたの。
建前だとしても私にドレスを贈ってくれればミリア様との愛を邪魔しないで婚約を白紙に戻そう。そして殿下を幽閉するのではなく降下させミリア様と婚約を結んでほしいと貴族達に働きかけるつもりだった。
そして私の恋を終わらせようと。
婚約者になって10年、後半は意地になっていたのは認める。でも前半は恋だった。10年もお飾りの婚約者でいたら情もあった。捨てきれない殿下への情。殿下にも幸せになってほしいと願った。
最後の賭け、殿下が私をもう婚約者としても見ていないと浮き彫りになった。
だから私は卒業パーティーのあの日、最後の別れの恋文を殿下に贈ったの。
「エリーナ大丈夫?」
「長い長い10年だったなと感傷的になっていました」
「そうね…。私にも長い長い10年だったわ。まだ子供の貴女が私の手を離れ逸早く大人にならされてしまった。貴女が望むのなら、そう思っていても私はまだ子供でいてほしかったわ。貴女に刺繍を教え一緒に刺したり、お茶をして貴女の恋の話を聞いたり、子供の頃の貴女と娘と一緒に過ごす時間は余りにも少なかった」
「そうですね…」
王宮から派遣された家庭教師が公爵家へ来て勉強を教え、マナーは王宮で学ぶ。子供の私は教育の時間以外はほとんど寝ていた。お母様は寝ている私の寝顔を見つめずっと頭を撫でているとメイドに聞いた。
子を心配しない親はいない。
代われるものなら代わりたいとどれだけ願っても代わりになれる訳じゃない。
辞めなさい、そう言いたくても言えない。
ただ見守る事しかできない。
今から親子の時間を、そう思っても私はウィングル国、お母様はハーベルト国。もし私がハーベルト国へ帰ったとしても私は平民で公爵夫人のお母様と言葉を交わす事も叶わない。
お母様との時間をゆっくり過ごせたのは皮肉にも殿下がミリア様と恋仲になってから。
たった2年
学園への行き帰りを一緒にしなくなり私は公爵家の馬車で公爵家へ帰る。それでも週に何度か王宮へ出向き孤児院や乳児院で足りない物を頼んだり王妃様とお茶をしながら孤児院や乳児院の子供達の報告をする。
王宮へ行かない日だけしかお母様とお茶をしたり刺繍を刺したり、二人で一緒に過ごせなかった。
子供から大人へ成長する10年を私は王家にこの身を捧げてきた。
学園を卒業し数年で婚姻するのが一般的なハーベルト国で母と娘の時間は子供から大人へ成長する限られた時間しかない。
貴族社会では男性は男性の女性は女性の作法がある。お茶会や夜会での作法、刺繍の刺し方、それらは母親から娘へ教える。私は全て教師から教わった。
母と娘の時間はたった2年。
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それでももう戻らない10年を虚しく思うのは私だけ?
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