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 六階層をクリアし、七階層、そして八階層へと歩を進めたアヒロたちは、ある場所で少し困った状況に陥っていた。
 周りはゴツゴツした岩場のような場所に囲まれており、さらに足場が沼状態になっており歩き辛い。
 さらに行き止まりが多く、この階層をクリアするのには結構な体力を消耗することは予想されていた。

「動き辛いわね。しかもさっきから泥系のモンスターって、女の子には優しくないフロアね、ここは。本当にダメダメな感じよ」

 愚痴が自然を零れ出るファオだが、しっかり周囲を警戒し、モンスターが出れば即座に矢を放ち対処をしているので、そこはさすがだと感心する。

「もっと深くて広かったら泳げるのになぁ」
「バカ言いなさいよ! 泥まみれになって楽しんでいいのは、幼少期までよ!」
「何でだよ。きっと楽しいぞ、泥団子とか投げつけあってよ」
「全然楽しくないわよ! 汚れるだけじゃない!」
「そっか? 楽しいと思うんだけどなぁ」

 雪が降れば雪合戦とかよくしていたので、泥合戦ていうのもきっと楽しいはずだと思う。

(けど確かに師匠は、女はキレイ好きが多いって言ってたしなぁ)

 泥は汚れる。それは当然。ならキレイ好きな女性は敬遠してしまうのも無理はないのかもしれない。

「女ってめんどくせえなぁ。楽しけりゃいいと思うんだけど……。あ、けどさ、帰りもどうせこの道通らなきゃなんねえんだし、汚れとか気にしててもしょうがねえんじゃねえの?」
「アンタ知らないの?」
「ん? 何が?」
「十階層にある《転移ポイント》のことよ」
「……?」
「はぁ。知らないのね。あのね、塔には十階ごと、十階、二十階、三十階ともに、《転移ポイント》ってのがあって、そこに登録すると、一瞬で地上にも帰れるし、次からは一気に十階層からスタートすることができるのよ」
「そ、そんな便利なものがあんのか!?」
「魔宮の入口に設置されてる陣を見てなかったの?」
「……! ああ、そういやそんなもんがあったようななかったような……」

 微かに残る記憶を辿ってみると、何となくぼんやりと魔宮の入口にそんな陣があったような気がした。

「憶えてなさいよね。それを使えば、比較的に楽に攻略を進めることができるのよ」
「なるほどなぁ。……あ、でもそれなら何でパオルたちは一気に十階層から始めねえんだ?」
「彼も言ってたでしょ。情報集めとレベル上げのために一階層からやってきたって」
「あ、そういや言ってたな」
「そういう“登塔者”も多いわよ。下層エリアならなおさらね。下層エリアで自分を鍛えたり、仲間との連携の経験を積むには、やっぱりレベルの低い下層エリアをうろつくのが安全だもの。そうやって弱いモンスターを狩って小銭を集める人たちだっているし」
「ふぅん。何か面倒だなぁ。オレだったらさっさと上に行きてえけど」
「それに五階層にある【不戦の広場】での情報収集や食糧集めを重視したいって人もいるだろうしね」

 パオルが小銭稼ぎで満足できる男ではないことは分かっているので、五階層で英気を養いつつ、そこから晴れて十階層を目指すというルートを選んだのだろう。

「――っ!? 気をつけて、下に何かいるわよっ!」

 ファオの叫びに緊張が増す。
 ボコッと沼が動いたところを、ファオが矢を放つ……が、空振りのようだ。

(確かに何かいるな……)

 アヒロとファオは背中合わせに立つ。
 するとアヒロの前方の沼が盛り上がり、そこから細長い物体が姿を現した。

「コイツは――沼蛇よっ!」
「強えのか!」
「アンタの実力なら大丈夫だろうけど、この足場だし……!」

 沼蛇は、その名の通り蛇の姿をしているが、体長は五メートルほどあり、太さが直径で三十センチメートルほどはあるので、迂闊に近づいて絡まれたら絞殺される可能性が高い。

「このっ、このっ、このっ!」

 遠距離攻撃――ファオの矢による先制。しかし相手は素早い動きでかわし、再び沼へと潜る。
 沼はアヒロたちの膝上まであるので、素早い動きは封じられているといっても過言ではない。

「きゃあっ!?」

 いつの間にか、ファオの背後から現れて、彼女に襲い掛かる沼蛇。

「やらせるか!」

 アヒロは剣を振り抜き応戦する。手応えがあり、相手の肉を斬り裂いた感触が手に走った。ただすぐさままた沼に隠れるようにして消えたので見失ってしまう。

「あ、ありがと、アヒロ」
「いいよ。けどこれは確かに戦い辛えや」

 思った以上に踏み込めなかった。ここが普通の地面なら、さっきの踏み込みで倒せていたはずだ。

(頭を狙ったのに、足元をとられて身体にしか剣が届かなかった)

 こういう環境下で戦うのは塔の中では初めてである。


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