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“ほらほら、さっさと答えてよ。シンちゃんって死んでるの?”
“…………はぁ、間違ってはおらぬな”

 どうやらシンちゃん呼びを泣く泣く認めてくれたようだ。
 しかし死んでいるということで間違っていないというのであれば、死んで魂だけになったシンセークンが、宿主である星馬に憑依しているということだ。

“基本的なことを聞くけど、何でオレなのさ?”
“ククク、それは我が教えることを禁じられている。先代の宿主にな。まあ、そのうち分かる時がくるだろうさ”
“禁じられてる……? ……ねえ、シンちゃんはオレの敵?”
“敵ならば宿主と呼ばぬよ。そもそも我が宿主をどうこうすることなどできぬ。一蓮托生だしな”
“だったら先代の約束なんて破って話してほしいんだけど”
“それを言えぬように呪法をかけられておるのだ。話したくても話せぬ”

 どうやら先代の宿主とやらはケチだったようだ。とは冗談で、何かしら話してはいけない理由があるのかもしれない。
 まあ過去のことを聞いても今が変わるわけでもなさそうだし、今はシンセークンが敵ではないということが分かっただけでも十分だ。完全に安心はできないが。
 それでも話していて嫌な感じはしないし、からかうと面白そうなので扱いやすいと思った。

“ねえ、シンちゃん”
“何だ、宿主よ”
“その宿主っての止めない? できればセイバって呼んでほしいんだけど。セイちゃんでも許可”
“ならセイバよ、我に何か聞きたいことでもあるのか?”

 どうやらセイちゃんとは呼んでくれないようだ。さすがにこれ以上、自分を可愛らしくするのは許容できないのだろう。

“うん。山ほどあるけど、シンちゃんはこの世界について結構知ってる? 情報持ってる?”
“すべて、とはいかぬがな”
“まあ、それなりに分かってるならそれでいいや”
“む? どういうことだ?”
“いやぁ、冒険に出たいって思ってたけど、いろいろ不都合なことがありそうで難儀してたんだよね。けどこの世界の情報がもうあの人たちからもらう必要がないって言うんなら、いつでも出て行けるし”

 情報がゼロのまま外の世界に出るのはハッキリ言って危険だった。魔法の使い方も生き方すらも分からない現状では、シャイラたちに頼るしかできない。しかしそれは彼女たちに同情してしまう可能性があった。そうなれば自由に冒険に出ることが叶わないだろう。

 しかしいつでもシンセークンから情報を聞くことができるのであれば、その問題は解決したも同然だ。

“ほう。よいのか、セイバを召喚したあやつらは救ってもらいたいがために呼んだのだぞ?”
“義理はないしね。あの人たちも自分で言ってたように、これは一種の誘拐だし。オレはまあ、結果的に感謝はしてるけど。けどあの人たちのために命を懸けて戦うっていう理由にはならないしね”
“ククク、意外に乾いた発言をするのだな”
“というよりもよく知りもしない他人に感情移入をしないんだよね。多分親の育て方が間違ったんだろうけど”
“ほう。セイバの親も乾き切っているというわけか”

 実際そうなのだろう。もっと愛情深く育てられていれば、きっと漫画やアニメの主人公みたいに、困っている人を見たら全力で助けるような人物に成長していたかもしれない。

 ただ人として完全に終わっているというわけでもないと思う。友人ならば助けてあげたいと思うし、自分が好意を寄せる者が困っているならば星馬も力を貸すだろう。要は相手を良く思っているか思っていないかで判断するだけ。
 しかしまだシャイラたちはその範囲にいないというだけ。そして今はそこに入れるつもりは星馬にはないのである。少なくとも冒険に出てみたいという思いの方が強いから。

 あとはここから出て行くタイミングだが……。
 星馬は目だけを動かして周りを確認する。神官風の者たちはそれなりにいる。いきなり逃亡したとしても、保護をすると言っているのだからいきなり攻撃はされないかもしれないが、捕縛される可能性はある……と思う。

“う~ん……どうしよっかぁ”
“ここから出たいというのであれば力を貸してやるぞ、セイバ”
“え? いいの?”
“というよりも、すでにセイバは魔法が使えるのだぞ? それを駆使すればここを脱することなど容易いわ”
“そう言われてもなぁ。使い方とかサッパリだし。それに《極竜魔法》ってのもよく分からないしさ”
“ならもう一度ステータスを出して、《極竜魔法》の部分に触れてみるがよい”

 彼の言ったように、再度ステータスを出す。そして右手の人差し指でそっと《極竜魔法》という言葉に触れた。
 するとステータス画面が切り替わり、

《極竜魔法》
 ・下級 ・中級 ・上級 ・特別級 ・王格級 ・神格級

 と、新たな画面が表示された。

“ここから脱するに都合の良い魔法は確か《特別級》にあったはずだ。そこに触れてみろ”

 今度は《特別級》という言葉に触れてみる。

《特別級》
 ・サイレントワープ ・トレジャーシーカー ・コレクターズアイ ・マーキングトーク

 今度はその中にあるサイレントワープをクリックしてみろと言われたので。

《サイレントワープ》
 ・静かなる転移の名の通り、音もなく空間転移を行うことが可能。ただし一度立ち寄ったことのある場所のみ。

 なるほど。この魔法ならば、ここから瞬時に脱出することができるだろう。

“どうやって使うの?”
“使うためには魔力が必要だ。まあ、セイバには我の魔力も宿っていることだし、足りなくなるといった問題はないがな。その呪文を唱える時に、行きたい場所をイメージする。しかしここで問題となるのは、発動者が行ったことがある場所のみ”

 それは確かに問題だ。この世界で星馬が行ったことがある場所は今ここと、先程の《精霊の台座》だけ。

“視界に映っている場所で、ある程度の距離なら行ったことがなくても転移することができる。だからとりあえず、まずは《精霊の台座》まで戻れ。そこから誰もいない場所を見渡して何度も転移すれば事足りるだろう”

 その提案に異論はない。ちょうど彼の説明を聞いて同じことを星馬も思い浮かべていたから。

“準備ができたら呪文を唱えろ、セイバ”
“……分かった”

 いまだ茶髪イケメンたちは自分たちのステータスを見ながら、パランティーアへと疑問をぶつけて解答を得ているようだ。
 今のうちに――そう思った矢先、

「なあ、ところでお前ってどんな《加護》だったんだ?」

 と、突然茶髪イケメンが矛先を変えて星馬に話しかけてきた。

「え……?」
「お前ってさっきから全然喋らねえだろ。だから気になってよ」

 彼のせいで、他の者たちの視線が一斉に星馬へと注がれた。せっかく皆が気づかぬ間に逃亡しようとしたのに……。主人公っぽい男は、こうやって脇役を困らせるから本当に勘弁してほしい。

「…………悪いね」
「あ? 何で謝って――」
「オレにはやりたいことができちゃった。――サイレントワープ」

 刹那、星馬の姿がその場から掻き消える。
 本当に地面の砂すら動かさない静寂な消失であった。

 ただ魔力の白い光の粒子だけは一瞬だけ残して――。

 当然、その場に残されていた者たちは一様に言葉を失って固まってしまっていた。




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