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第19話 それぞれの戦いへ

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「おい……今度は止めるなよぉ、及川ぁ」

 ギリギリと歯ぎしりをしながら、明らかに怒りのボルテージをマックスにしている海東。

 だが、それでも比較的冷静な及川が止めに入るのかと彼を見ると――。

「……止める? ふざけているのか? 俺にも我慢の限界というものはあるんだぞ」
 …………どうやらこちらも完全にブチ切れているらしい。
「そうねぇ、こんなにも腹が立ったのは久しぶりだわよ」

 続いて鈴村。美人が台無しになるくらいに目が怖い。

「はぁ……やっぱりこうなったかぁ。まあでも、しょうがないですよね。……アイツらは、どうも人間のクズみたいですし?」

 細井もまた、静かに憤怒を露わにしている。

「き、君たち……!?」

 それでも止めようと井狩が声を上げるが、

「悪いな、井狩さん。もう止まらねえよ。てか、リーダーを散々バカにされて、これ以上黙ってられるかってんだよ!」

 と、代表して海東が答えた。他の連中も賛同するかのように頷く。
 皆の気持ちをハッキリと感じた井狩は、諦めたように溜息を吐きながら立ち上がる。

「やれやれ、穏便にいきたかったんだけどねぇ。どうやら血の気の多い連中を連れてきてしまったみたいだ」

 だが、どこか嬉しそうに頬を緩めている。慕われている事実には変わりないからだろう。何せ、彼らは自分のために怒っているのだから。

「おいおい、たかが六人程度で、俺らとやり合うってか? いいぜぇ、返り討ちにして、てめえらの身ぐるみをすべて剥いでやるよ。ついでに、てめえらの〝ベース〟も俺らの狩場にしてやるぜ!」

 敵はこちらよりも明らかに数が多い。だからこそ勝利を確信している笑みを浮かべている。

「……すまないね、咲山くん。いきなりの任務でこんなことになって」
「あーまあ、仕方ないんじゃないですかね」

 十束も、ここで「勘弁しろ」といって逃げるわけにはいかない。せっかく手に入れた情報収集の場を、二度と使えなくなりそうだし、それに……。

(何よりも、俺もアイツらのことムカつくしな)

 そもそも狩場に独占権などないし、こうやって下手に出ているのだから、少しくらい交渉を考えてもいいだろう。モンスターは定期的にリスポーンし、狩り尽くされることはないから、共同で使用したって問題ないはずだ。

 そうでなくとも、一度くらい自分たちのリーダーに話を通すことくらいしてもいいと思う。 
 最初から戦争する気満々だった相手に対し、さすがに十束も苛立つものを感じていた。

「交渉決裂ということで、ここからは実力行使だね。皆さん、できるだけ無理をせず、それでいて思い知らせてやろうじゃないか。追い詰められている者たちの牙の怖さを」

 温和な口調からは想像もできないほどの威圧感を発する井狩に、相手もまた臨戦態勢に入った。

「我々は【アンダーガイア】。全身全霊を以てお相手しよう」
「フン! 来いよ! 全員、俺ら【ブラックハウス】が蹴散らしてやるよ!」

 ここに、それぞれの〝ベース〟のメンバーたちがぶつかり合う。
 これぞ〝ベース戦争〟と、ゲームで名付けれた衝突である。

 戦争には、幾つか種類が存在する。
 こんな感じで、衝動的に始まる戦争には、明確なルールなどなく、基本的にはどちらかが殲滅するか、降参するかで勝敗が決まり、勝っても特に褒賞などがあるわけでもない。

 いってみれば規模の大きな喧嘩のようなもの。
 だからゲームシステムのことを熟知している十束にとっては、これは本物の〝ベース戦争〟とは言い難い。

 〝ベース〟の代表者である『ベースマスター』同士が、互いにルールを決め、その結果に得られるものを選定する。
 そうして互いにルールに則って争いを繰り広げ勝敗を決める。それが〝ベース戦争〟だ。

 いうなれば試合みたいなものだろうか。これは遊び心として設定されたものであり、こんな感じで戦うのは、十束にとってはただの喧嘩みたいなものでしかない。

(まあそれでも負けたら死ぬか、すべてを奪われるかだから、戦争という意味では、こっちが正しいだろうけどさ)

 試合では、ルールが守ってくれるが、当然これから始まる戦いにそんなものはない。故に、これは何が何でも負けるわけにはいかない死線の一つだ。

「これでそれぞれ二対一。卑怯なんて言うんじゃねえぞ? 喧嘩を売ってきたのはてめえらの方なんだからぁ!」

 相手の数は十二人。こっちは六人で、つまり単純計算でいえば、一人で二人を相手にする必要がある。今、十束たちそれぞれの目前には、敵が二人ずつ立ちはだかっていた。

(男が二人……一人は剣、一人は斧……ね)

 武器から察するに、『剣の勇者』と『斧の勇者』といったところか。狩場に出てくるくらいだから、『民』ではないはずだ。

「できるだけ連携して対応するんだよ!」

 井狩が言うと、皆が返事をして固まるが、十束は反論した。

「すみません、井狩さん。俺はまだ皆さんと連携は取れないですし、単独で撃破を狙いますね」

 そう言い放つと同時に、十束はその場から駆け出す。十束についた二人もまた逃がすまいと追ってくる。走り出した理由は、連携を取れないということもあるが、できれば自分が戦う姿はあまり他人には見せたくないのだ。

 通常攻撃で倒せればいいが、仮に能力を使うのであれば、それを見られるのは困るから。

「あ、ちょ、おい咲山!」

 走り出した十束を止めようと声を出した海東だが、聞く耳を持たずに去って行く十束を見て舌打ちをする。

「仕方ないよ、海東君。ここは彼を信じようじゃないか」
「ちっ……わーったよ、井狩さん。よっしゃ、お前ら気合入れろよ!」
「何を偉そうに。お前こそ、さっさとくたばってみろ。許さないからな」
「うっせえわ、及川! てめえこそ、死んだら殺してやっからなぁ!」

 こんな状況でも日常運転の二人。そんな様子に頼もしさを感じたのか、井狩の口元が綻ぶ。

「さあ、油断せずに勝ちに行こうか」

 井狩の言葉に、皆が力強く首肯した。



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