31 / 47
30
しおりを挟む
宿へ帰ると、天満はさっそくウツワに「首を出してくれ」と頼んだ。
頼み方が悪かったのか、ブルブルと震え出して「首を落とさないでぇ!」と泣きながら嘆願してきた。
「あー悪い悪い。そういう意味じゃない。今から首輪を外すから見せてくれって言ったんだ」
「へ……ど、どうやってですか?」
首輪はかけた本人にしか外せないようになっているので、この場にブルックがいない以上は不可能なのだ。
――普通なら。
「――復元・ブルック」
刹那、天満の目の前にブルックが出現したことで、
「ひゃあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
驚いたウツワが、逃げ出した猫のようにベッドの下へと潜ってしまった。身体を抱えてブツブツと「ごめんなさいごめんなさい」と震えている。
「おい天満、さすがに何の説明もなしじゃ、お前のスキルは心臓に悪いから」
仕方ないなと思い、天満は軽く自分の能力をベッドの下で怯えるウツワに説明した。
「シュ……シュキル……でしゅか?」
もう完全に恐怖にかられてしまい舌が回っていない。
「そうだ。ここにいる奴隷商人は本物じゃないから安心しろ」
「わ、分かりました……」
まだ半信半疑という感じでベッドの下から這い出てくる。
「ムカつくなら一発殴ってみてもいいぞ」
「い、いや……気持ち悪いから絶対やだ!」
さすがの嫌われようだ。脂ぎった身体に触れたくないのかもしれない。
「その《隷属の首輪》には、コイツの血液と呪文が必要になるんだ。おい、このナイフで指を切れ」
ナイフをブルック人形に手渡すと、躊躇なく自らの指を切って血を流した。
「その血をウツワの首輪に付着させて――〝アルバ〟と唱えろ」
ブルック人形がゆったりとウツワに近づくと、彼女は頬を引き攣らせて助けを乞うように見つめてくる。
「我慢しろって。嫌なのは分かるけどな」
でもそうしなければ一生そのままである。
ウツワもそう思い覚悟したのか、強く瞼を閉じて固まった。
ブルック人形が血のついた人差し指で、ウツワの首輪に触れてから、何の感情も込められていない言い方で「アルバ」と唱える。
直後――パキンッと乾いた音とともに、《隷属の首輪》が外れて床に落ちた。
天満が「もういいぞ」と言うと、ウツワが震える手で首に触れて、
「あ……ほ、本当に……無い……っ!?」
やっと天満の言うことを信じることができたのか、膝を突いて泣き出した。
「よがっだぁぁ……っ、よがっだよぉぉぉ……っ」
天満と真悟は互いに顔を合わせて顔を綻ばせる。
ひとしきり泣いた彼女は、そのままぐっすりと眠ってしまっていた。
「けどま、奴隷商人をリードするって考えたもんだよなぁ」
「そうすれば首輪の解除の仕方も分かるって思ったからな。上手くいけば金もかからずに済むし」
「やっぱ天満は賢いよなぁ。俺だったら殴り込んで力ずくで解除させる方法しか思いつかなかったわ」
それも考えなかったわけではないが、いかんせんリスクが高い。
「手に入れた情報はそれだけか?」
「…………」
「どうした天満?」
「……奴隷商人ブルックは、根っからの悪人だ」
手に入れたブルックの本性を真悟に話す。
「――するってえと何か? アイツが手に入れた奴隷は全部不正ってことかよ」
真悟は怒りに震えている。真っ直ぐな彼ならば当然の感情だろう。
「……なあ天満」
「分かってる。他の奴隷も助けたいって言うんだろ?」
「……ああ」
「できないことはない。でもアイツが更生しなきゃ、たとえ現状の奴隷を解放しても、またいつかは犠牲者は出るぞ?」
それこそあんな悪党はどこかに閉じ込めるか殺さなければ、きっと止まらないだろう。
「…………それでもだ。聞いちまった以上は、見過ごせねえ」
「……はぁ。やっぱりお前ならそう言うと思ったよ。けどやるなら徹底的にだ。アイツをこの街から追い出してやる」
「! そ、そんなことができるのか?」
「何言ってんだ真悟? オレの頭の中には、アイツのすべてが詰まってるんだぞ」
フッフッフと笑う天満を見て、真悟は一歩後ずさる。
「あ、相変わらず黒い考えをする時のお前の顔は怖えーよ」
失礼な奴である。
※
――二日後、早朝。
奴隷商人であるブルックの朝は早く、すぐに食事を摂ると地下へと赴き、奴隷たちの絶望に歪む顔を見ていくらで売れるか金勘定をするのが日課となっている。
そうして今日もまた気分良く一日を始められるのだ。
しかしその日は、ブルックにとって最悪の一日となる。
手に持ったパイプをポロリと床に落とし、これでもかというほどに広げられている双眸。
「な、ななななななななっ!?」
彼が何故愕然としたまま全身を震わせているのか、その理由は――。
「な、何故奴隷たちがおらんのだぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
檻の中に閉じ込めて飼っている奴隷が、一人もいなかったのである。
「ど、どどどどどうなっておるのだこれはぁっ!? 何故!? 何故!? 奴隷どもがおらんのだ!? 何故ぇぇぇっ!?」
檻の隅々まで凝視して探すが、人っ子一人見つからない。
すると一つの檻に貼られた紙を発見する。そこに一言書かれてあった。
〝天は真実を見ている! by 天真爛漫〟
「ぬわぁにが天真爛漫どぅわぁぁぁぁぁぁっ!?」
ブルックの怒りが頂点を迎えたその時、上からドタドタと騒がしい足音が聞こえた。
「だ、旦那様っ! 警備兵たちが攻め込んできましたぁ!」
メイドの悲鳴に似た叫びで、生来の気質からすぐにその場から逃げねばという衝動に駆られたブルックは、地下通路の奥へと走る。
それは何故か?
奥に一つ用具室として使用している部屋があるのだが、その奥が隠し通路になっており外へと脱出できるようになっているのだ。
万が一、不正がバレて追い込まれてもこうして逃げ道を作る周到さは持ち合わせている。
ただブルックの誤算は、用具室の扉が持っている鍵では開かなかったことだ。
「な、何故だ!? この鍵で開くはずなのにィィィッ!?」
そうこうしているうちに、ゾロゾロと地下へ押し入ってくる兵たち。明らかに友好を深めようという雰囲気ではない。
「こ、ここをどこだと思っておるのだ貴様らぁぁ!」
すると兵たちの中から、隊長らしき男が一歩前に出る。
「ブルック・アドニーだな?」
「だ、だったら何だ!」
「これからお前を違法薬物の所持と売買の容疑で連行する」
「な、何故それを……っ!?」
「ふっ、分かり易い奴め」
「し、知らん! 知らんぞそんなこと!?」
「ここに証拠がある!」
そう言って兵が取り出したのは薬物が入った袋と、黒いファイルだ。
「な、なななな何故それがそこにあるのだっ!?」
黒いファイルには、これまで売り捌いた者のリストや契約書が挟んでいる。無論ブルックのサイン入りで、だ。
「そ、それは私しか知らぬ場所に隠しておったはずなのにィィィッ!?」
不意に檻に貼られてある先程の紙に目が行く。
「て、天真……爛漫……っ!? い、一体何者……!?」
「お前たち、奴を連行しろ!」
「は、放せぇぇっ! 放してくれぇぇぇぇっ!? 嫌だぁぁぁぁぁっ!?」
こうしてこの街に蔓延る害虫が駆除されたのだった。
頼み方が悪かったのか、ブルブルと震え出して「首を落とさないでぇ!」と泣きながら嘆願してきた。
「あー悪い悪い。そういう意味じゃない。今から首輪を外すから見せてくれって言ったんだ」
「へ……ど、どうやってですか?」
首輪はかけた本人にしか外せないようになっているので、この場にブルックがいない以上は不可能なのだ。
――普通なら。
「――復元・ブルック」
刹那、天満の目の前にブルックが出現したことで、
「ひゃあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
驚いたウツワが、逃げ出した猫のようにベッドの下へと潜ってしまった。身体を抱えてブツブツと「ごめんなさいごめんなさい」と震えている。
「おい天満、さすがに何の説明もなしじゃ、お前のスキルは心臓に悪いから」
仕方ないなと思い、天満は軽く自分の能力をベッドの下で怯えるウツワに説明した。
「シュ……シュキル……でしゅか?」
もう完全に恐怖にかられてしまい舌が回っていない。
「そうだ。ここにいる奴隷商人は本物じゃないから安心しろ」
「わ、分かりました……」
まだ半信半疑という感じでベッドの下から這い出てくる。
「ムカつくなら一発殴ってみてもいいぞ」
「い、いや……気持ち悪いから絶対やだ!」
さすがの嫌われようだ。脂ぎった身体に触れたくないのかもしれない。
「その《隷属の首輪》には、コイツの血液と呪文が必要になるんだ。おい、このナイフで指を切れ」
ナイフをブルック人形に手渡すと、躊躇なく自らの指を切って血を流した。
「その血をウツワの首輪に付着させて――〝アルバ〟と唱えろ」
ブルック人形がゆったりとウツワに近づくと、彼女は頬を引き攣らせて助けを乞うように見つめてくる。
「我慢しろって。嫌なのは分かるけどな」
でもそうしなければ一生そのままである。
ウツワもそう思い覚悟したのか、強く瞼を閉じて固まった。
ブルック人形が血のついた人差し指で、ウツワの首輪に触れてから、何の感情も込められていない言い方で「アルバ」と唱える。
直後――パキンッと乾いた音とともに、《隷属の首輪》が外れて床に落ちた。
天満が「もういいぞ」と言うと、ウツワが震える手で首に触れて、
「あ……ほ、本当に……無い……っ!?」
やっと天満の言うことを信じることができたのか、膝を突いて泣き出した。
「よがっだぁぁ……っ、よがっだよぉぉぉ……っ」
天満と真悟は互いに顔を合わせて顔を綻ばせる。
ひとしきり泣いた彼女は、そのままぐっすりと眠ってしまっていた。
「けどま、奴隷商人をリードするって考えたもんだよなぁ」
「そうすれば首輪の解除の仕方も分かるって思ったからな。上手くいけば金もかからずに済むし」
「やっぱ天満は賢いよなぁ。俺だったら殴り込んで力ずくで解除させる方法しか思いつかなかったわ」
それも考えなかったわけではないが、いかんせんリスクが高い。
「手に入れた情報はそれだけか?」
「…………」
「どうした天満?」
「……奴隷商人ブルックは、根っからの悪人だ」
手に入れたブルックの本性を真悟に話す。
「――するってえと何か? アイツが手に入れた奴隷は全部不正ってことかよ」
真悟は怒りに震えている。真っ直ぐな彼ならば当然の感情だろう。
「……なあ天満」
「分かってる。他の奴隷も助けたいって言うんだろ?」
「……ああ」
「できないことはない。でもアイツが更生しなきゃ、たとえ現状の奴隷を解放しても、またいつかは犠牲者は出るぞ?」
それこそあんな悪党はどこかに閉じ込めるか殺さなければ、きっと止まらないだろう。
「…………それでもだ。聞いちまった以上は、見過ごせねえ」
「……はぁ。やっぱりお前ならそう言うと思ったよ。けどやるなら徹底的にだ。アイツをこの街から追い出してやる」
「! そ、そんなことができるのか?」
「何言ってんだ真悟? オレの頭の中には、アイツのすべてが詰まってるんだぞ」
フッフッフと笑う天満を見て、真悟は一歩後ずさる。
「あ、相変わらず黒い考えをする時のお前の顔は怖えーよ」
失礼な奴である。
※
――二日後、早朝。
奴隷商人であるブルックの朝は早く、すぐに食事を摂ると地下へと赴き、奴隷たちの絶望に歪む顔を見ていくらで売れるか金勘定をするのが日課となっている。
そうして今日もまた気分良く一日を始められるのだ。
しかしその日は、ブルックにとって最悪の一日となる。
手に持ったパイプをポロリと床に落とし、これでもかというほどに広げられている双眸。
「な、ななななななななっ!?」
彼が何故愕然としたまま全身を震わせているのか、その理由は――。
「な、何故奴隷たちがおらんのだぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
檻の中に閉じ込めて飼っている奴隷が、一人もいなかったのである。
「ど、どどどどどうなっておるのだこれはぁっ!? 何故!? 何故!? 奴隷どもがおらんのだ!? 何故ぇぇぇっ!?」
檻の隅々まで凝視して探すが、人っ子一人見つからない。
すると一つの檻に貼られた紙を発見する。そこに一言書かれてあった。
〝天は真実を見ている! by 天真爛漫〟
「ぬわぁにが天真爛漫どぅわぁぁぁぁぁぁっ!?」
ブルックの怒りが頂点を迎えたその時、上からドタドタと騒がしい足音が聞こえた。
「だ、旦那様っ! 警備兵たちが攻め込んできましたぁ!」
メイドの悲鳴に似た叫びで、生来の気質からすぐにその場から逃げねばという衝動に駆られたブルックは、地下通路の奥へと走る。
それは何故か?
奥に一つ用具室として使用している部屋があるのだが、その奥が隠し通路になっており外へと脱出できるようになっているのだ。
万が一、不正がバレて追い込まれてもこうして逃げ道を作る周到さは持ち合わせている。
ただブルックの誤算は、用具室の扉が持っている鍵では開かなかったことだ。
「な、何故だ!? この鍵で開くはずなのにィィィッ!?」
そうこうしているうちに、ゾロゾロと地下へ押し入ってくる兵たち。明らかに友好を深めようという雰囲気ではない。
「こ、ここをどこだと思っておるのだ貴様らぁぁ!」
すると兵たちの中から、隊長らしき男が一歩前に出る。
「ブルック・アドニーだな?」
「だ、だったら何だ!」
「これからお前を違法薬物の所持と売買の容疑で連行する」
「な、何故それを……っ!?」
「ふっ、分かり易い奴め」
「し、知らん! 知らんぞそんなこと!?」
「ここに証拠がある!」
そう言って兵が取り出したのは薬物が入った袋と、黒いファイルだ。
「な、なななな何故それがそこにあるのだっ!?」
黒いファイルには、これまで売り捌いた者のリストや契約書が挟んでいる。無論ブルックのサイン入りで、だ。
「そ、それは私しか知らぬ場所に隠しておったはずなのにィィィッ!?」
不意に檻に貼られてある先程の紙に目が行く。
「て、天真……爛漫……っ!? い、一体何者……!?」
「お前たち、奴を連行しろ!」
「は、放せぇぇっ! 放してくれぇぇぇぇっ!? 嫌だぁぁぁぁぁっ!?」
こうしてこの街に蔓延る害虫が駆除されたのだった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
15
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる