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「ほらよ! 持ってきてやったぞ! さっさと笹時を出せ!」
「そう慌てるなよ、海谷。まずは鑑定してからだ。おい、磯部」

 SPのように彼の背後に黙って立っていた磯部が、袋に向かって右手をかざし偽札ではないか確かめていく。

「―――どうやら全部十万ギラ札のようですね。一つの袋に十万ギラ札を百枚ずつ束ねたものが……五十ずつ入ってますね」

 そんなことまで分かるとは、磯部のスキルはかなり便利なようだ。
 中身を実際に確認しなくても分かるのだから。
 十万ギラ札を百枚ずつ束ねた金を五十束。

 つまり一つの袋には五億ギラが入っているわけだ。
 ここにあるのは六つの袋。全部で三十億ギラ。

「――――どれも本物の金です。三十億きっちり」
「…………お前ら、一体どうやってこれほどの金を集めたんだ?」
「そんなことどうでもいいはずだ。どんだけ汚い金でも、金は金だ。そういう考えだろ、お前も?」
「…………ククク、やはりお前は俺に似てる」

 だから一緒にするなと言いたい。言えないだろうが。

「おい、笹時を連れてきてやれ」

 磯部が部屋から出て行くと、しばらくして織奈と一緒に戻ってきた。
 まだ不安気な表情ではある。本当に助かるのか半信半疑なのだろう。

「さっさと首輪を外してやってくれ」
「む? 何だ、コイツをこのまま奴隷として飼わないのか?」

 その言葉に真悟が手を出そうとしたが、天満がスッとソファから立ち上がり、それを手で制した。
 そのまま凍りのような無感情の表情を鍵森へと向ける。

「いいからさっさとやれ。これは契約だろ」
「…………」

 やれやれといった感じで立ち上がった鍵森が、指を噛んで血を流し、織奈の首輪に噛んだ指を触れさせ〝アルバ〟と唱えた。
 瞬間――以前のウツワの時のように、首輪が音を立てて外れる。

 これで晴れて彼女は奴隷から解放されたというわけだ。
 自分の首を擦りながら、まだ実感がないのか呆けてしまっている織奈。

「笹時、こっちに来るんだ」
「…………」
「笹時!」
「っ!? え……あ」
「早くこっちに」
「う、うん」
「真悟、頼んだぞ」
「おうよ」

 そう言って、真悟がウツワと一緒に織奈を連れてその場から退出した。
 天満はまだ鍵森に話があったので残ったのである。
 鍵森は磯部に金を持っていけと指示を出して、部屋から出て行かせた。

「……すんなり手放すんだな」
「対価はもう十分だしな。アイツは金になった」
「……聞きたかったことがある」
「何だ? 今は気分が良いから答えてやるぜ」
「木村はどうした? まだ見つけていないのか?」
「いいや、俺がこの時代に来てすぐに見つけた」
「何故いない?」
「金に困ってたんでな。アイツを奴隷商人に売りつけて金にしてやった」

 もしかして、と思っていたが、まさか自分の取り巻きも平気で捨てるとは……。

「その割には磯部は重宝してるようだな」
「アイツの能力は使えるからな。今回のように」
「……鑑定のスキル、か?」
「へぇ、分かってたのか。さすがだ」

 嘘発見器なら、最初から鍵森は天満自身に、その力を使うように指示をしていただろう。
 しかしそれをしない。だからこそ磯部のスキルは金を鑑定して、本物の金だと鑑定結果を認識するものだと推察したのだ。

 恐らく偽札なら、〝偽札である〟という情報が得られるのだろう。
 しかし複製とはいえ、本物の金を復元したものなのだから本物ともいえる。だから鑑定結果としては本物と断ずることしかできなかったはず。

 天満のようにすべての情報を読み取れるという能力ではないようだ。
 まだレベルもそう高くはないのかもしれない。もしかしたら〝天満が復元させた金〟という情報が出た可能性もあったので、そう考えると肝が冷える。
 どうやら賭けには勝てたようだ。

「なあ花坂、お前……俺の下につけ」
「断る」
「甘い蜜を山ほど堪能できるぜ?」
「オレは悪党かもしれないが、お前みたいにどん底に落ちるつもりはない」
「ククク、そういう反発力も欲しいところだ。その方が面白いしな」

 マゾ……でホモセクシャルなのだろうか。背筋が別の意味で寒くなるから止めてほしい。

「何か失礼なことを考えてないか?」
「別に。それよりもお前は未来についてどう考えてる?」
「未来? ああ、十年後のアレか?」

 大げさに肩を竦めて鍵森は続ける。

「なるほど。お前が仲間集めをしてるのは、どっかにいるかもしれない〝腐蝕の王〟とやらを今のうちに討とうってことか。あの未来を防ぐために」
「だとしたら何だ?」
「そもそもここが本当にあの未来に続く過去だって証拠がどこにある?」

 確かに証拠などはない。

「そんな不確定な未来に不安を覚えて人生をつまらなくさせるよりは、今を楽しむ方が利口だと思うがな」
「だがあの未来に続いてる可能性だってある。何もしなければ、いずれオレたちも死ぬかもしれないんだぞ」
「ククク、まあ俺も考えていないわけじゃない。だからこそ多くの金を集めてるってわけじゃないが、無関係ってことでもない」
「……食糧などを買い占めて自分だけが助かろうってか?」
「結局人ってのは自分が可愛いもんだ。違うか? お前の周りにもそんな奴がいただろ?」

 ……いる。

 いや、いたというべきだろう。他ならぬ両親がそうだった。

「もっと好きに生きるべきだと思うがな、俺は。そんで死ぬならそれはそれで本望だ」

 コイツにも自分なりの正義があるのかもしれない。譲れない生き方を正義と呼ぶなら。

(何を言ったところでコイツが本気で誰かと手を組むことはないんだろうな)

 何とかして鍵森に触る方法を考えるが、絶妙な距離感でかなり難しい。相手もどこか近付けさせないようにしている節もあるし。
 どうやらこれ以上粘っても仕方ないようだ。

「……行くのか、残念だ」
「何度勧誘したって、オレがお前の部下になることはないぞ」
「なら宣言しておこうか。いつかお前は俺が顎で使ってやる」

 互いに視線を数秒ぶつけ合ったあと、先に天満が視線を切り、扉から外へと出て行った。


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