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第八十七話 道を示す者
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「ふふふ、こんなにも楽しそうなアリアちゃんは久々に見たなぁ」
「……?」
「ああ見えてアリアちゃん、冒険者学校に通っていた時は結構ネガティブな子でね。何かしらの失敗をしたら、いつもここに来て愚痴を聞いていたんだよ」
へぇ、あのクールビューティのアリア先生がねぇ。
「自分には冒険者としての才能なんてあるんだろうか……って、いっつも思い悩んでたしね。だから冒険者になった時は、彼女以上に私も嬉しかったよ。まるで孫の夢が叶ったかのように思えてね」
マスターにとっては、アリア先生は可愛い孫のような存在らしい。
「冒険者になった頃は、アリアちゃんも楽しそうに毎日を過ごしていたよ。彼女の夢はいつか二つ名を持つような立派な冒険者になることだった。……でも、ある時からずっと辛そうにここで食事をするようになった。話を聞けば、冒険者としての限界を感じ始めたらしくて」
それはアリア先生からも何となく聞いていた。やはりその時期は、彼女にとってはもっとも苦しかったのだろう。
「彼女は毎日必死に鍛錬をして、勉強もして、頑張って頑張って冒険者であろうとした。でも日に日にボロボロになっていく彼女を見ていられなくてね。つい私は言ってしまったよ。そんなに辛いなら辞めなさい……ってね」
マスターは悲痛な表情を浮かべながら言う。孫のような存在だ。頑張ってほしいし、報われて欲しい。だからこそ、その夢の続きを諦めろと言うのは、マスターにとっても非常に辛いものだったろう。
「悲しいけど、人には向き不向きがある。特に冒険者なんてのは、実力主義の世界だよ。私はここで何人もの冒険者やその候補生たちを見てきた。だから……この世界がどんなに険しいものかも少しは理解している。このまま進めば、きっとアリアちゃんは壊れてしまう。だから私は……口にしてしまった」
そしてそのあとすぐにアリア先生は冒険者を辞めたのだそうだ。自分の発言で夢を諦めた事実に、マスターは酷く心を痛めたという。
「……後悔、してるんですか?」
俺は不意に気になったことを口にすると、マスターはトトリに説教をしているアリア先生を見て頬を緩めながら答えてくれる。
「いいや、今は正しいことを言ったと思っているよ。私はね、アリアちゃんには誰かを導く才能があると思った。だから冒険者学校の教師を進めたんだよ」
「マスターがアリア先生に教師を進めたんですか?」
「うん。冒険者に夢を見る者たちは多い。けれど必ず挫折する者や、道を見失ってしまう者が出てくる。そういったどん底に叩き落とされた者に手を差し伸べられるとしたら、同じようにどん底を味わった者だけだと私は思う」
なるほど。確かに他人の気持ちが分かれば、導きようはいろいろあるかもしれない。
逆に成功者がいくら手を差し伸べてきても、それは持っている者から見た同情でしかなく、素直にその手を掴むことなんてできないかもしれない。
同じ失敗、挫折を味わったアリア先生だからこそ、そういった時に救いとなれる可能性は高い。
「残念だけれど冒険者学校に通ったからといって、全員が冒険者になれるわけじゃない。でも落ちた者たちに何の才能もないというわけでもない。アリアちゃんは教師として、そういう生徒たちの才能を見極め、別の道を選ぶという選択肢を与えることもまた必要だって、今も頑張ってるんだよ」
マスターが感慨深そうに発言した直後、店の奥から一人の少女が出てきた。
「マスター、魚の在庫がそろそろ切れそうなんだけど……」
「ああ、ちょうど良い所にきてくれたね」
「へ? なになに?」
少女は目をぱちくりしながら、マスターに背中を押されて俺の前に立たされる。
「紹介するよ。彼女は君の先輩でね。アリアちゃんの教え子でもあるんだよ」
「あー君が『竜殺し』くんだね! 噂は聞いてるよー! もうすっごい逸材が現れたって! あ、私はこの店で働いてるシャリーだよ! よろしくねー!」
表情が豊かで、可愛らしい女の子だ。とはいっても俺よりは二つくらい年は上だろうが。
「このシャリーちゃんもね、アリアちゃんのお蔭で自分の道を見つけた子なんだよ」
「この人が、ですか?」
聞けばシャリーもまた冒険者学校に通っていたが、残念ながら資格試験には落ちてしまったのだという。
その際に、アリア先生から自分の進むべき道を指し示してもらったらしい。
「えへへ、私って料理が大好きでね! それでここをアリア先生に紹介してもらたんだよー! 最初は冒険者になれなくて落ち込んでたんだけどさ。でもここで働いて、いろんな人たちと接してるうちに、どんどん元気になれた。だってさ、私が作る料理で笑顔になってくれる人がこ~んなにもたっくさんいるんだもん!」
テーブルの上に置かれている料理の数々は、シャリーが中心で作ったものだという。
「……私ね、強くなって困ってる人たちを救いたいって思って冒険者学校に通ってたの。でもダメだった。私よりも才能のある人なんていっぱいいた。そして……資格試験に落ちた。そんな私にね、アリア先生が言ってくれたんだ。私には人を笑顔にできる才能があるって」
「笑顔……?」
「うん! こうやって料理を振る舞うことで、人を笑顔にすることができる。これもまた救うってことだって教えてくれたんだ!」
「…………冒険者になれなかったことに後悔はないんですか?」
「あるよ! めっちゃある!」
「え?」
「だって冒険者も夢だったんだもん! それが叶わなかったんだからめっちゃ辛かったよ! ……けどね、今は別の夢が見つかったの」
「別の夢?」
「うん! 今の私の夢はね、いつか自分のお店を持つこと! そんでもっとも~っと、たくさんの人に私の料理を食べて笑顔になってもらうの!」
満面の笑みを浮かべるシャリー。そこには一点の曇りもない晴れやかな表情だった。
そうか。アリア先生が才能を大事にする理由が分かった気がする。
誰もが必ず夢を叶えられるわけじゃない。でも誰もが夢を一つしか持ってはいけないわけでもない。
夢は幾つだって持っていいのだ。そして道を示すことにより、その先にまだ見ぬ夢が待っていることもある。
アリア先生は、その者に見合ったいろんな道を教えることで、夢の可能性を広げているのだ。
才能に屈し敗れてしまった者には、別の才能を活かす道を指し示す。だからこそ大きな才能を持っている者には、その才能に見合った道を突き進んでほしいと願っているのだろう。
俺は正座をさせられているトトリを見て、そのまま説教中のアリア先生に視線を移す。
言葉数が少ない人ではあるが、俺の思っている以上に良い教師なのかもしれない。
そして俺は思った。
彼女もまた、ある意味では『導師』なのだろう、と。
「……?」
「ああ見えてアリアちゃん、冒険者学校に通っていた時は結構ネガティブな子でね。何かしらの失敗をしたら、いつもここに来て愚痴を聞いていたんだよ」
へぇ、あのクールビューティのアリア先生がねぇ。
「自分には冒険者としての才能なんてあるんだろうか……って、いっつも思い悩んでたしね。だから冒険者になった時は、彼女以上に私も嬉しかったよ。まるで孫の夢が叶ったかのように思えてね」
マスターにとっては、アリア先生は可愛い孫のような存在らしい。
「冒険者になった頃は、アリアちゃんも楽しそうに毎日を過ごしていたよ。彼女の夢はいつか二つ名を持つような立派な冒険者になることだった。……でも、ある時からずっと辛そうにここで食事をするようになった。話を聞けば、冒険者としての限界を感じ始めたらしくて」
それはアリア先生からも何となく聞いていた。やはりその時期は、彼女にとってはもっとも苦しかったのだろう。
「彼女は毎日必死に鍛錬をして、勉強もして、頑張って頑張って冒険者であろうとした。でも日に日にボロボロになっていく彼女を見ていられなくてね。つい私は言ってしまったよ。そんなに辛いなら辞めなさい……ってね」
マスターは悲痛な表情を浮かべながら言う。孫のような存在だ。頑張ってほしいし、報われて欲しい。だからこそ、その夢の続きを諦めろと言うのは、マスターにとっても非常に辛いものだったろう。
「悲しいけど、人には向き不向きがある。特に冒険者なんてのは、実力主義の世界だよ。私はここで何人もの冒険者やその候補生たちを見てきた。だから……この世界がどんなに険しいものかも少しは理解している。このまま進めば、きっとアリアちゃんは壊れてしまう。だから私は……口にしてしまった」
そしてそのあとすぐにアリア先生は冒険者を辞めたのだそうだ。自分の発言で夢を諦めた事実に、マスターは酷く心を痛めたという。
「……後悔、してるんですか?」
俺は不意に気になったことを口にすると、マスターはトトリに説教をしているアリア先生を見て頬を緩めながら答えてくれる。
「いいや、今は正しいことを言ったと思っているよ。私はね、アリアちゃんには誰かを導く才能があると思った。だから冒険者学校の教師を進めたんだよ」
「マスターがアリア先生に教師を進めたんですか?」
「うん。冒険者に夢を見る者たちは多い。けれど必ず挫折する者や、道を見失ってしまう者が出てくる。そういったどん底に叩き落とされた者に手を差し伸べられるとしたら、同じようにどん底を味わった者だけだと私は思う」
なるほど。確かに他人の気持ちが分かれば、導きようはいろいろあるかもしれない。
逆に成功者がいくら手を差し伸べてきても、それは持っている者から見た同情でしかなく、素直にその手を掴むことなんてできないかもしれない。
同じ失敗、挫折を味わったアリア先生だからこそ、そういった時に救いとなれる可能性は高い。
「残念だけれど冒険者学校に通ったからといって、全員が冒険者になれるわけじゃない。でも落ちた者たちに何の才能もないというわけでもない。アリアちゃんは教師として、そういう生徒たちの才能を見極め、別の道を選ぶという選択肢を与えることもまた必要だって、今も頑張ってるんだよ」
マスターが感慨深そうに発言した直後、店の奥から一人の少女が出てきた。
「マスター、魚の在庫がそろそろ切れそうなんだけど……」
「ああ、ちょうど良い所にきてくれたね」
「へ? なになに?」
少女は目をぱちくりしながら、マスターに背中を押されて俺の前に立たされる。
「紹介するよ。彼女は君の先輩でね。アリアちゃんの教え子でもあるんだよ」
「あー君が『竜殺し』くんだね! 噂は聞いてるよー! もうすっごい逸材が現れたって! あ、私はこの店で働いてるシャリーだよ! よろしくねー!」
表情が豊かで、可愛らしい女の子だ。とはいっても俺よりは二つくらい年は上だろうが。
「このシャリーちゃんもね、アリアちゃんのお蔭で自分の道を見つけた子なんだよ」
「この人が、ですか?」
聞けばシャリーもまた冒険者学校に通っていたが、残念ながら資格試験には落ちてしまったのだという。
その際に、アリア先生から自分の進むべき道を指し示してもらったらしい。
「えへへ、私って料理が大好きでね! それでここをアリア先生に紹介してもらたんだよー! 最初は冒険者になれなくて落ち込んでたんだけどさ。でもここで働いて、いろんな人たちと接してるうちに、どんどん元気になれた。だってさ、私が作る料理で笑顔になってくれる人がこ~んなにもたっくさんいるんだもん!」
テーブルの上に置かれている料理の数々は、シャリーが中心で作ったものだという。
「……私ね、強くなって困ってる人たちを救いたいって思って冒険者学校に通ってたの。でもダメだった。私よりも才能のある人なんていっぱいいた。そして……資格試験に落ちた。そんな私にね、アリア先生が言ってくれたんだ。私には人を笑顔にできる才能があるって」
「笑顔……?」
「うん! こうやって料理を振る舞うことで、人を笑顔にすることができる。これもまた救うってことだって教えてくれたんだ!」
「…………冒険者になれなかったことに後悔はないんですか?」
「あるよ! めっちゃある!」
「え?」
「だって冒険者も夢だったんだもん! それが叶わなかったんだからめっちゃ辛かったよ! ……けどね、今は別の夢が見つかったの」
「別の夢?」
「うん! 今の私の夢はね、いつか自分のお店を持つこと! そんでもっとも~っと、たくさんの人に私の料理を食べて笑顔になってもらうの!」
満面の笑みを浮かべるシャリー。そこには一点の曇りもない晴れやかな表情だった。
そうか。アリア先生が才能を大事にする理由が分かった気がする。
誰もが必ず夢を叶えられるわけじゃない。でも誰もが夢を一つしか持ってはいけないわけでもない。
夢は幾つだって持っていいのだ。そして道を示すことにより、その先にまだ見ぬ夢が待っていることもある。
アリア先生は、その者に見合ったいろんな道を教えることで、夢の可能性を広げているのだ。
才能に屈し敗れてしまった者には、別の才能を活かす道を指し示す。だからこそ大きな才能を持っている者には、その才能に見合った道を突き進んでほしいと願っているのだろう。
俺は正座をさせられているトトリを見て、そのまま説教中のアリア先生に視線を移す。
言葉数が少ない人ではあるが、俺の思っている以上に良い教師なのかもしれない。
そして俺は思った。
彼女もまた、ある意味では『導師』なのだろう、と。
応援ありがとうございます!
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