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――五日後。
「はい! 《ボルト蟹のクリームスパゲッティ》二丁、畏まったでござる! そちらは《ザクロスムージー》でござりますな! 少々お待ちくだされ!」
客から注文を聞き、すぐにヒノデが紙に書いて厨房にいるオレのところまで持ってきてくれる。
「お願いするでござる、殿!」
「おう! 三番テーブル、《トン釜飯》ができたから持ってってくれ!」
「はいでござる!」
想像以上だった。
ヒノデは刀一本、真っ直ぐ突き進むような武人気質だと思ったら、柔軟な性格の持ち主でもあり、教えたことをスポンジが水を吸収するかのように覚えていった。
まだ五日しか経っていないというのに、すでにポアムと揃って看板娘と化している。
ま、まあ、本人は嫌がってるんだけどな。
彼女は……いや、彼は男なのだから。
「こっちお願い、ヒノデちゃん!」
「あ、こっちも注文頼むよ、ヒノデちゃん!」
「俺も俺も! おねが~い、ヒノデちゃ~ん!」
「ああもう! ちゃん付けで呼ばないでほしいでござるぅぅ~!」
客からの人気は見ての通り。それに女性からの人気も高く、
「せ、拙者は男でござるからぁ!」
と、ヒノデが真っ赤な顔をして言えば、
「きゃ~、照れた顔が可愛いわ~」
「こっち見てぇ、ヒノデく~ん!」
「ねえねえ、お酌してくれないかしらぁ」
ってな具合で、男性からも女性からも支持を得ているのだ。しかし本人は女性があまり得意な方ではないようで、彼女たちに近づくとすぐに顔を紅潮させてしまう。それがまたいいと、最近よく女性客に絡まれている。
「ほい! ポアム、こっち上がったぞ!」
「はい! ……それにしても、ヒノデくん、人気ですね」
「ははは、“ちゃん”でも“くん”でも大人気だよなぁ。ポアムも負けてらんねーんじゃね?」
「いえ、わたしはお店が繁盛するだけで嬉しいですから。それにヒノデくんが来てくれたお蔭で、オリク婆も休んでくれましたし」
そうなのだ。やはりお年寄りはいたわるもの。このまま激務が続けば、いつも元気なオリク婆とて、いつかは心身ともにやられてしまうはず。だから休みを取らせてやりたかったので、ヒノデの投入は【楽あり亭】には最適であった。
「むっほぉぉ~! この《トン釜飯》うんめぇぇぇ~っ! なめ茸を入れて混ぜたご飯に、炙ったトントロがすっげえ入ってるぅ! しかもはぐんぐんぐっ! ――んん~っ! このトントロの蕩けっぷりが半端じゃねえ! それに酸味の効いたなめ茸がまた合う!」
「こっちの《ボルト蟹のクリームスパゲッティ》だって美味しいわ~! 濃厚な蟹味噌が麺と絡んでいるし、少し舌を痺れさせるような刺激もまた癖になっちゃうぅ~!」
「っぷはぁ! この《ザクロスムージー》って何だよこれ!? 試しに頼んでみたけど、サッパリしてて、ひんやり喉越しも良くてうめえっての!」
《釜飯》、《クリームスパゲッティ》についてはこの世界にも元々あるもの。しかし《スムージー》はこの世界にはない。恐らく【楽あり亭】が初めてだろう。
《スムージー》とは、凍らせた果実、野菜などを使った、シャーベット状の飲み物である。
オレがいた日本じゃ、《グリーンスムージー》が流行ってたけどね。
グリーン(生の緑の葉野菜)とフルーツと水をブレンドしたものがそれに当たる。
オレが作った《ザクロスムージー》は、たまたま市場で手に入った《ザクロ》を主役に、ホウレンソウやレモンなどを加えて作ったもので、客が言ったように喉越しがとても心地好い飲み物だ。ポアムやオリク婆も大好きらしい。
ただヒノデはそういった飲み物よりは、熱い緑茶の方が良いという、何ともお年寄りみたいな子である。
「殿ぉ! オーダーいいでござるか!」
「オッケーだ! 何でもこいや!」
そうやって時間があっという間に過ぎて行き、気が付けば閉店間近にまで迫って来ていた。
最後の客が店から出たところで、店を閉めることにしたので、ポアムが看板を直しに外へ行くと、
「……あ」
彼女に、というよりも店に近づいてきた人物がいた。
「すみません、もう閉店時間で……って、あれ?」
ポアムがやって来た人物を見て目を見開く。
「どうしたんだ、ポアム。さっさと夕飯を食べるぞ……って、メルヴィス?」
「久しぶりですな、イックウ殿」
そこにいたのは、“ガラクシアース騎士団”に所属する“第三師団”の師団長――メルヴィス・オートリアだった。
「えっと……どうしたんだ?」
「実は、イックウ殿にお頼みしたいことがあり申してな」
何やらそこはかとなく嫌な予感しかしないのだが……。
だが、とりあえずここでは何だからと、彼女を店の中へと誘導。
初めて見る人物にヒノデは「客でござるか?」と首を傾げていたが、オレが「違うみたい」と言うと素直に納得してくれた。
「――どうぞ、お茶でござる」
「おお、すまぬ。……? お主……もしかして新しく入った従業員か何かかな?」
「で、ござる。拙者はヒノデと申す者。若輩なれど、目指すは最強の侍でござる」
「ほほう。なら私も名乗ろう。“ガラクシアース騎士団”、“第三師団”の師団長を務めさせてもらっているメルヴィス・オートリアだ」
「ええっ!? あ、あの有名な騎士団の方!? しかも師団長でござるか!?」
さすがに知っているようだ。
「はい! 《ボルト蟹のクリームスパゲッティ》二丁、畏まったでござる! そちらは《ザクロスムージー》でござりますな! 少々お待ちくだされ!」
客から注文を聞き、すぐにヒノデが紙に書いて厨房にいるオレのところまで持ってきてくれる。
「お願いするでござる、殿!」
「おう! 三番テーブル、《トン釜飯》ができたから持ってってくれ!」
「はいでござる!」
想像以上だった。
ヒノデは刀一本、真っ直ぐ突き進むような武人気質だと思ったら、柔軟な性格の持ち主でもあり、教えたことをスポンジが水を吸収するかのように覚えていった。
まだ五日しか経っていないというのに、すでにポアムと揃って看板娘と化している。
ま、まあ、本人は嫌がってるんだけどな。
彼女は……いや、彼は男なのだから。
「こっちお願い、ヒノデちゃん!」
「あ、こっちも注文頼むよ、ヒノデちゃん!」
「俺も俺も! おねが~い、ヒノデちゃ~ん!」
「ああもう! ちゃん付けで呼ばないでほしいでござるぅぅ~!」
客からの人気は見ての通り。それに女性からの人気も高く、
「せ、拙者は男でござるからぁ!」
と、ヒノデが真っ赤な顔をして言えば、
「きゃ~、照れた顔が可愛いわ~」
「こっち見てぇ、ヒノデく~ん!」
「ねえねえ、お酌してくれないかしらぁ」
ってな具合で、男性からも女性からも支持を得ているのだ。しかし本人は女性があまり得意な方ではないようで、彼女たちに近づくとすぐに顔を紅潮させてしまう。それがまたいいと、最近よく女性客に絡まれている。
「ほい! ポアム、こっち上がったぞ!」
「はい! ……それにしても、ヒノデくん、人気ですね」
「ははは、“ちゃん”でも“くん”でも大人気だよなぁ。ポアムも負けてらんねーんじゃね?」
「いえ、わたしはお店が繁盛するだけで嬉しいですから。それにヒノデくんが来てくれたお蔭で、オリク婆も休んでくれましたし」
そうなのだ。やはりお年寄りはいたわるもの。このまま激務が続けば、いつも元気なオリク婆とて、いつかは心身ともにやられてしまうはず。だから休みを取らせてやりたかったので、ヒノデの投入は【楽あり亭】には最適であった。
「むっほぉぉ~! この《トン釜飯》うんめぇぇぇ~っ! なめ茸を入れて混ぜたご飯に、炙ったトントロがすっげえ入ってるぅ! しかもはぐんぐんぐっ! ――んん~っ! このトントロの蕩けっぷりが半端じゃねえ! それに酸味の効いたなめ茸がまた合う!」
「こっちの《ボルト蟹のクリームスパゲッティ》だって美味しいわ~! 濃厚な蟹味噌が麺と絡んでいるし、少し舌を痺れさせるような刺激もまた癖になっちゃうぅ~!」
「っぷはぁ! この《ザクロスムージー》って何だよこれ!? 試しに頼んでみたけど、サッパリしてて、ひんやり喉越しも良くてうめえっての!」
《釜飯》、《クリームスパゲッティ》についてはこの世界にも元々あるもの。しかし《スムージー》はこの世界にはない。恐らく【楽あり亭】が初めてだろう。
《スムージー》とは、凍らせた果実、野菜などを使った、シャーベット状の飲み物である。
オレがいた日本じゃ、《グリーンスムージー》が流行ってたけどね。
グリーン(生の緑の葉野菜)とフルーツと水をブレンドしたものがそれに当たる。
オレが作った《ザクロスムージー》は、たまたま市場で手に入った《ザクロ》を主役に、ホウレンソウやレモンなどを加えて作ったもので、客が言ったように喉越しがとても心地好い飲み物だ。ポアムやオリク婆も大好きらしい。
ただヒノデはそういった飲み物よりは、熱い緑茶の方が良いという、何ともお年寄りみたいな子である。
「殿ぉ! オーダーいいでござるか!」
「オッケーだ! 何でもこいや!」
そうやって時間があっという間に過ぎて行き、気が付けば閉店間近にまで迫って来ていた。
最後の客が店から出たところで、店を閉めることにしたので、ポアムが看板を直しに外へ行くと、
「……あ」
彼女に、というよりも店に近づいてきた人物がいた。
「すみません、もう閉店時間で……って、あれ?」
ポアムがやって来た人物を見て目を見開く。
「どうしたんだ、ポアム。さっさと夕飯を食べるぞ……って、メルヴィス?」
「久しぶりですな、イックウ殿」
そこにいたのは、“ガラクシアース騎士団”に所属する“第三師団”の師団長――メルヴィス・オートリアだった。
「えっと……どうしたんだ?」
「実は、イックウ殿にお頼みしたいことがあり申してな」
何やらそこはかとなく嫌な予感しかしないのだが……。
だが、とりあえずここでは何だからと、彼女を店の中へと誘導。
初めて見る人物にヒノデは「客でござるか?」と首を傾げていたが、オレが「違うみたい」と言うと素直に納得してくれた。
「――どうぞ、お茶でござる」
「おお、すまぬ。……? お主……もしかして新しく入った従業員か何かかな?」
「で、ござる。拙者はヒノデと申す者。若輩なれど、目指すは最強の侍でござる」
「ほほう。なら私も名乗ろう。“ガラクシアース騎士団”、“第三師団”の師団長を務めさせてもらっているメルヴィス・オートリアだ」
「ええっ!? あ、あの有名な騎士団の方!? しかも師団長でござるか!?」
さすがに知っているようだ。
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