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 ふんふんふんふ~ん。

 今、ロニカはす~っごく上機嫌なのだ。
 理由? だって傍にはいつもいつもいつもいつもい~っつも仕事をしろと言うバカペットがいないからなのさ~。

 フッフッフ、クロメの奴め。今頃慌てふためいているはず。ざまあみろ。

 ロニカの天国気分を台無しにした罰だ。

 そもそもアイツはペットしての自覚が足りない。もっとご主人様であるロニカを敬うべきだ。ああそうだ。だからもっと甘やかしてくれ!
 まあ、次に顔を合わすと多分雷が落ちるけど、今はこのまったり時間を有意義に楽しもうではないかぁ~。

 そう思いながら、フワフワで全身をゆったり包み込む緑色のソファに、目を閉じて身体を預け至福を感じている。

 はぁ~、こうして怠惰に身を任せるのは素晴らしいよねぇ~。

「…………のう」

 おや、目を閉じているロニカの耳に雑音が入ってきたぞ。

「……のうロニカよ」

 クロメの声じゃない。というか誰かは分かっている。
 何せ今ロニカがいるこの部屋の持ち主でもあるのだから。

「んもう、何さ? ロニカのまったり時間を奪う気?」

 やれやれと閉じていた目を開けて、声の主を見る。

 広々とした部屋には数多くの書物が収められた本棚が壁に沿うように幾つも設置されていて、部屋の入口から突き当たりにある大窓の前には黒塗りの高級感溢れるテーブルがあり、その上には見るだけで眉をひそめてしまうほどの書類などが重なっている。
 そんな書類を整理しながら判子を押している一人の男性。

 そう、この人が齢六十を超えた声の主。
 人前に出る時は年に似合わず威厳のある顔立ちと、その気品ある風格に誰もが平服するのだが、今は疲れ切ったような諦めたような情けない表情をロニカに向けている。

「いや、ここはお主の休憩室じゃなく、ワシの執務室なんじゃが……」
「えぇー」
「えぇーではない。さてはお主、また抜け出してきおったな?」

 くっ、鋭いな、この白鬚サンタクロースめ。

 ちなみにサンタクロースとはクロメの前世の世界にいた赤服で白髭が特徴の、トナカイに引かせたソリに乗って空を飛ぶ変なオッサンのことらしい。
 何でもクリスマスという日にたった一人で、自腹を切ってプレゼントをバカみたいに用意し、無償で配るってんだから良い人を通り越して逆に怖いわ。どんな精神状態になれば、そんなことができるんだろうか。

 プレゼントを配るならロニカだけにしてくれればいいのに。そうすれば一回で済むし、ロニカが嬉しい。二回言うがロニカはとっても嬉しい。

 まあそんな奇特な存在がこの世界にいるとは到底思えないけどね。クロメはちょっとそれに近いけど、アイツはロニカだけを特別視してくれてるし。
 え、そんな人を裏切って仕事をサボるようなことをしていいのかって? いいんだよ別に。だって根を詰め込み過ぎて倒れたらどうするの? 世話をするのはクロメだよ? その時は仕事もできないんだよ?
 だったら適度に……少しばかり多めに休みを取って常に体調を万全に保つ。それがロニカのあるべき姿なんだよ! いや、できればずっと休みが欲しいけども!

「はぁ、クロメに見つかったらまたどやされるぞい?」
「ふぅんだ。そっちが仕事を回すからいけないんじゃん? ロニカは働きたくないって言ってるのに」
「才能のある者は、それに見合う生き方をせんとな」
「うわぁ、それ偏見だし~」
「あのな……。ていうより本当に何故あれほど優秀かつ人格にも優れたクロメがお主の傍にいて世話をしておるのかいまだに理解できんわい」
「フッフッフ。アイツはロニカにぞっこんなのだ」

 自分で言っててちょっと照れ臭いが間違ってはない……はず。そうだよね? ちょっと自信が……あ、いや多分大丈夫……だと思っておこう。
 ガレブ王が椅子から立ち上がると、溜め息を吐きながら窓を少し開ける。

「いつか見切りをつけられても知らんぞい?」
「……それはないでしょ」
「ほう、その理由は?」
「アイツはロニカにぞっこ」
「二度も言わんでいいわい」

 ちっ、そこは言わせろよ。せっかくない胸を張ったのに。

 とはいうものの、彼の言うことも一理ある。クロメはロニカに恩を感じていると言ってずっと傍にいてくれるが、もうその恩など返し切って余りあるくらいに尽くしてくれていると思う。
 いつもいつも仕事をサボる自分を𠮟咤し、呆れ返り、それでも見捨てないのは異常だと感じる人もいるだろう。 

 そしてロニカもまた、怒ると怖いが、そんな彼の底知れない優しさに甘えている。
 当然感謝しているが、彼の知識と発明によってもたらされる怠惰が非常に気持ち良くて抜け出せずにいるのだ。
 それはもう蟻地獄に落ちた蟻がごとくただただ呑み込まれていくだけ。苦痛ならそれでもがくけど、地獄の中は天国と呼べる楽園が広がっているんだから、進んで呑み込まれるよね、普通。

「ところでさぁ、王ってのも忙しいよね」
「今更じゃな、そのようなこと」

 そう言いながら椅子に座り直し書類に目を通し始めた。時折痛むのか目を開いたり凝らすように細めたりを繰り返している。しかもたまに溜め息まで吐く。
 そんなにしてまで仕事をするとは恐れ入る。

 まあこんな書類に四苦八苦してる爺さんでも一国の王っていう立ち場があるんだからしょうがないか。

 言ってなかった気もするが、彼はロニカが住んでいる国のトップ。
 名前は――ガレブ・ハイド・グーテ・モンストルム。

 この小さな島国である【モンストルム王国】の王様という立場にある者だ。
 ガレブっていかつい名前なのに、仕事にひーこら言ってる姿は見てるだけならとっても面白い。
 昔は危険なモンスターを狩って生計を立てる名うての冒険者だったらしいが……。

「あれ? この書類に誤字あるよ?」
「なぬ!?」
「あ、こっちは脱字。ちゃんと確認しなよ~」
「一目見ただけで分かるとは……やはりお主、正式にワシの側近として――」
「ふわぁ、何だか眠くなってきたよぉ」

 ちょっと気まぐれを働かせて、近寄ったのがいけなかった。もう放っておこう。
 そう思い、再びソファに身体を預ける。

 それにしても……。

「ひぃ~っ、これも今日中に終わらせんとぉ~!」

 敵がモンスターから書類に変わったらしいが、彼の場合は書類の方が手強いようだ。
 激しくペンを動かし仕事を進めていたガレブ王だが、不意に一枚の紙を手に取り目を細める。

「ふむ、これは遺跡調査の許可願いじゃな。遺跡……のうロニカよ」
「行かないからね」
「先手を打つでない。別にそういう頼みをしようとしてるわけじゃないわい」
「じゃ何さ」
「東の【ウンゴル遺跡】は知っとるな?」
「ウンゴル? ああ、あの上から見て蜘蛛みたいな形してる遺跡でしょ?」

 かなり古い建造物なので、ところどころ綻んでいるが、蜘蛛が八本の手足を伸ばしているように上空から見えるのだ。
 地下空間もあって、いまだ謎が多い遺跡で【モンストルム王国】の観光スポットの一つにもなっている場所でもある。

「今度その遺跡に調査チームを派遣するんじゃが、恐らく古代文字や魔術文字の解読に時間がかかるはずじゃ。その依頼を受けてもらいたい」
「えぇー、また仕事ぉー。さっきまで働いてたのにぃ。どんだけロニカを働かせるのさ。過労死で死んでもいいの?」
「過労死で死にそうなワシを目の前にして良い度胸じゃのう、相変わらず。そうは思わんか―――クロメよ」
「ふぁっ!?」

 王の目線がロニカへと向いていると思っていたが、よく見ればその後ろに……。

 ――ガシッ!

 へ……何か頭が掴まれましたけど?

「――よぉ、ずいぶんと楽しそうじゃねえかぁ……ロニカァ?」
「クククククククロメェェェェェェェッ!?」

 震える頭を力いっぱい振り向かせて後ろを見やると、そこには鬼や悪魔でも逃げ出すのではないかと思うくらい恐怖の権化と化した表情をしているクロメがいた。

「何で!? 何でここにいることが分かったのぉぉぉっ!?」
「ボッチのてめえの行き先なんて考えればすぐに分かんだよ」
「ボッチの何が悪っ、い、痛い痛い痛い痛いぃ! しまってるぅ! しまってるからぁぁぁっ! 何か頭からぷちゅって出そうだからぁぁぁぁぁっ!?」
「おお、それいいな。中身を総入れ替えしたら、少しはお利口さんになるかもなぁ。…………やってみるか?」

 いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?
 コイツのこの目、本気か!? マズイよ! ペットに殺される主ってどんだけ情けないのさ!?

「フォッフォッフォ、クロメや、元気そうで何よりじゃ」
「ガレブ王こそ。いきなりの訪問すみません。俺が入ってきやすいように窓を開けてくださっていたようで感謝致します」
「いやいや、お主のことじゃから開けておけば必ずここから入ってくると思うてのう」
「な、何だとぉ! 聞き捨てならないぞガレブ王ぎやぁぁぁぁっ、頭が割れるぅぅぅっ!」

 クロメの味方をしていたという発言に反論しようとしたが、万力のように絞められる力に頭蓋骨が悲鳴を上げる。

「ちょっとお前は黙っておこうか、愛しのご主人様?」
「そ、そんな大魔王みたいな顔して言われても嬉しくないぃぃぃぃっ」

 できれば天使か崇拝者が向けてくるような微笑みが良いに決まってる。

「ああガレブ王、そちらの解読のご依頼については問題なく引き受けさせて頂きます」
「~~~~~っ!?」

 何とか彼の独壇場を潰してやろうと身体を動かすが、このバカみたいな力を振りほどけない。
 さすがは亜人の中でも身体能力が高い獣人である。ていうかこれ、本当にロニカの頭大丈夫だよね? 何だか意識が朦朧としてきたんだけど……あ、お花畑が見えりゅぅ……。


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