欠陥色の転生魔王 ~五百年後の世界で勇者を目指す~

十本スイ

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第十一話

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 ――翌日、早朝。

 まだ日が昇って間もない時刻、オレは屋敷の裏庭で自主練を行っていた。
 軽くジョギングをしたあと、筋トレをするのだが、上半身裸のオレの両腕、腹部、両足、首には魔法で構築した重りをつけている。

 全部で成人男性が五人分ほどあろうか。
 腕立て、腹筋、背筋、ジャンプスクワットなど、自分の身体に負荷をかけての鍛錬だ。

「――アンタ、そんなことしてたの?」
「あ?」

 突然声を掛けられて顔を向けると、そこにはラフなトレーニングウェアを着込んだヒナテが立っていた。

「何だ、お前か」
「……それ、もしかして重り?」

 オレの腹部に巻かれた黒い物体を指差してくる。

「別に何でもいいと思うが」
「っ……気になるから聞いているのよ! 答えなさい!」

 随分と上から物を言う奴だ。

「朝から喧しい奴だな。そんなに欲しけりゃ、ほら」

 オレは新たに魔法で重りを作って、それを彼女に向けて投げてやった。

「ちょっ、んんっ! な、何よこれ! 重過ぎじゃない!?」

 ……へぇ。

 両手でガッシリと受け取ってはいるものの、落とさずに受け止められるとは少し驚きだった。見れば彼女の全身から薄くだが魔力が滲み出ていた。
 咄嗟に魔力を纏って身体強化をしたのか。なかなか素早いな。
 彼女本来の筋力では、恐らく受け止め切れないはずだ。しかしヒナテは受け取った瞬間に、自分の地力では落としてしまうことを察し魔力を纏い身体能力を強化したのである。

 魔力を纏うことなど誰にでもできるが、基本痛の基本だからこそ、その練度を見れば、どれほどの鍛錬を行ってきたかが分かるものだ。
 最早呼吸するように自然と、そしてあれだけ早く行えるというのは、普段から基礎を怠らず錬磨していることに繋がる。

 まあオレと同じように、早朝に鍛錬をしていたのは知っていたが。
 ただこうして話しかけてくるとは思わなかった。

「ア、アンタ……こんだけの重りをそんなにつけてよく動けるわね……!」
「……鍛錬の賜物だ」

 オレの言葉を受け、「鍛錬の賜物……」と考え込むように呟くヒナテ。
 そして驚くべき言葉を投げかけてきた。

「ね、ねえ……私と模擬戦をしなさい!」
「……模擬戦?」
「そ、そうよ! ルールは近接戦闘のみ!」

 さて、どうしたものか。ハッキリ言って面倒臭い。
 だがあのクーの娘ということもあり、その実力に興味があるのもまた事実だった。
 それに他人の空似といえど、アイツとよく似た存在であることも気になっている。

「……身体強化は?」
「当然ありよ!」
「ふむ。……いいだろう。少しばかり遊んでやろう」

 オレは鋭い視線とともに彼女を威圧する。

「っ……その上から目線を後悔させてあげるわ!」

 それはまんまブーメランだと思うが……。
 しかしオレの威圧を受けても怯まないとは、やはり少なくとも気概だけは十二分に備わっているようだ。
 このままでは不格好ということもあって、オレは重りを消失させる。
 互いに一定の距離を保ったまま睨み合う。

「……どうした、来ないのか? このままだと朝食の時間が来てしまうぞ?」
「くっ、バカにして!」

 挑発に負けたように、ヒナテが大地を強く蹴り出し距離を潰してきた。
 あっという間にオレの懐へと飛び込んで真っ直ぐ拳を放ってくる。
 拳の弾道を見極め、オレはサッと左足を退く。
 彼女の拳は紙一重のところで止まっている。

「!? こ、このっ!」

 今度はハイキックを放ってくるが、それも頭を引いて回避し、続けてミドル、ローとリズム良く攻撃してくるものの、そのすべてにオレは紙一重でかわしている。

 へぇ、一撃一撃に大した魔力が込められてるな。

 まともに受ければ確かに小さくないダメージを負いそうだ。岩くらいなら砕くことすらできるかもしれない。

「はっ、たぁっ、えいっ、てやっ!」

 烈火のごとき連撃を次々と放ってくるが、どれもオレには掠りすらしない。
 すると彼女は何を思ったか、一足飛びで後ろへと向かい距離を取った。

「はあはあはあ……アンタ、一体何者よ?」
「知っていると思うが?」
「ギルバッド様の孫っていうのは知ってるわ。けど……」

 悔しそうにキッとオレの右足を睨みつけてくる。

「その場から一歩も動かせないなんて……冗談じゃないわ」

 ……気づいていたか。

 オレは右足を軸にして彼女の攻撃をすべて回避していたのだ。
 それに気づいたことは及第点だが、それはつまり圧倒的な実力差があるということを突き付けられていることでもある。

「お前も少しはやれていると思うぞ。まあ、《魔装格闘》に関してはまだまだだがな」
「くっ……! そんなこと分かっているわよ! ここからが本番なんだから!」

 するとヒナテの身体から《白魔》が溢れ出してくる。それが煙のように空へユラユラと昇っている。
 ヒナテがそのまま高く飛翔し、身体を回転させながら落下してきた。
 そして重力と回転力を融合させ、その勢いのままに踵落としを頭上に向けて放ってくる。

「たあぁぁぁぁぁぁっ!」

 恐らく彼女にとっての大技なのだろう。確かに膨大な魔力を込めた一撃は強力ではあるが……。
 オレは一切避けることはせずに、右手をヒナテの踵へと伸ばしそして――そのまま軽く受け止めた。

「んなっ!? う、嘘でしょうっ!?」

 相当自信があったのは明らかだ。
 実際に受け止めた際、オレが立つ地面に亀裂が走ったくらいなのだから。
 愕然とするヒナテをよそに、オレはそのまま彼女の足を掴みながら放り投げる。

「きゃっ!?」

 地面に落ちてゴロゴロと転がってしまう。

「う……ぐっ」

 それでもまだ諦めないのか、フラフラとしながらも立ち上がって身構える。
 これだけの差を見せつけられてもなお、まだ向かって来ようとする意志を保っているのは大したものだ。思った以上に、精神力が強い。

 普通恵まれた暮らしをしてきた貴族というものは、人の上に立つのが当たり前だと思っているからか、挫折を与えられた時は脆い。
 心が折れたら立ち直れない輩など何人も見てきた。

 対して平民は、メンタルの面においてなら貴族よりも強い場合が多い。日々の暮らしで鍛えられているからだろう。
 オレはそれを〝雑草根性〟と呼んでいるが、まさか貴族の娘がそれを持ち合わせているとは意外だった。
 そしてかのトーカもまた、誰よりも強い〝雑草根性〟の持ち主だとも言える。

「まだ諦めないか」
「当然よっ!」

 ヒナテがオレに向かって駆け寄ってくる。
 だがその途中でガクンッと膝を屈し四つん這いになってしまう。

「あっく……ど、どうして……っ!?」

 まだ体力には自信があったであろうセリフだ。それにダメージだって直接受けたわけではない。精々が地面に転がされただけ。
 それなのに膝が笑ってしまっていることが不思議で仕方ないといった様子だ。

 そこでオレは腕を組みながら、彼女が抱える謎の解明に移る。

「何故膝が震えて立てないか理解できないといった感じだな。だが無理もない。模擬戦が始まってからずっと、真正面からオレの魔圧を受けているんだからな」
「ま、魔圧……?」
「む? 知らないのか? 魔力による圧力のことだ。覇気や気迫といった概念と同じだと思えばいい」
「で、でもアンタは魔力なんて出してないじゃない!」

 そう、確かに彼女の言う通り魔力を纏っていない……ように見えるだろう。 
 しかしそれはただ単に、彼女の感知能力が杜撰なだけ。

 オレは彼女の攻撃を回避する瞬間、その一瞬の隙間にだけ魔力を放出し威圧を繰り返していたのである。あまりにも刹那的なことで、感知能力が不得意な彼女では感じ取れなかったというわけだ。
 オレはそれを説明してやると……。

「そん……な……っ、手も触れずに私を……!」

 自分の全身に、大量の汗がビッショリと纏わりついていることに気づいたヒナテは、驚愕しながらオレを見つめてくる。

「す……凄い……! アンタ……本当に何者なのよ!」
「それはもう言った。二度言うつもりはない」

 冷淡にそう告げると、オレは上着を肩にかけて屋敷に向かって歩き出そうとする。

「ちょっ、どこに行くのよ! まだ勝負は……うぐっ!?」

 立とうとするが、すぐにフラついてまた倒れてしまうヒナテ。

 ……この程度か。どうやら変に期待し過ぎたようだな。

 顔だけを振り返り、倒れた彼女を見て肩を落とす。
 だが決めつけはまだ早かった。

「こ、これっくらいでっ! 私はっ、諦められないっのよぉぉぉっ!」

 自分の両足を叩きながらも、歯を食いしばって見事に立って見せた。
 その刹那、オレは――息を飲んだ。別に立ったことについては驚きはない。
 オレが絶句したのは、彼女の両眼に突如として浮かび上がった翼のような紋のことだ。

 あの眼、まさかコイツ――っ!?

「さ、さあ……続きを……っ!?」

 しかし今度こそ力尽きたように膝を屈し、瞳の紋章も消失してしまった。

「……終了だ」
「ま、待って……!」

 そんな彼女を無視し、オレは今度こそ振り返らずに屋敷へと戻ったのであった。


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