欠陥色の転生魔王 ~五百年後の世界で勇者を目指す~

十本スイ

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第十六話

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 ――授業が始まってから三日後。
 オレが所属している【ジェムストーン】のクラスでは、今日もハクイによる座学が行われていた。
 基礎的な魔法の知識はすでに収めているので、聞くだけ退屈ではあったが、人類の歴史や魔石学という学問は面白い。

 この五百年で何が起きたのかなど、詳しく学ぶ機会などなかったので、先人たちの偉業なども含めて学ぶのは楽しかった。
 また魔王時代には存在しなかった魔石学というのも未知の経験で興味があった。
 ただ実習はまだ行っていないのは残念だったが。

 そしていつものように、午前の部が終わり昼休憩の時間がやってくる。
 学院には食堂が設置されてあり、多くの者はそこで昼食を取るのだ。
 ただオレは、ケーテルが毎日弁当を作ってくれるので、わざわざ食堂に行くことはない。
 今日も弁当箱を持って、日当たりの良い場所で過ごそうと、学院の敷地内にある竹林エリアへと足を延ばす。

 そこは吹いてくる風も心地好く、笹が風によって奏でる音もまた風情があって良いのだ。
 それに中にはベンチが設置されているところもあり、最近はそこで昼食を取っている。

「……む?」

 いつものベンチに座ろうとしたが、そこには先客がいた。
 日射しを浴びながら、ベンチの上で猫のように包まって寝ている。
 というかネコミミフードを被っている上、体格もかなり小柄なので本当に猫のようだ。

 ……ん? コイツどこかで……。

 そこで思い出す。《魔色》の判別のために集められた講堂で、ふと視線を感じて意識を向けた時に視界に入った女子生徒だった。まあそれだけで、接触などは今までなかったが。
 しかしこれでは座れない。オレは舌打ちをしながら肩を落とし、そこから去ろうとしたその時である。

「……みにゅ?」

 件の猫娘がそんな柔らかな声音を出すと、大きな欠伸をしながら上半身を起こした。

「ふにゃあぁぁぁ~…………ん? ……強姦魔?」
「いいだろう、その喧嘩買ってやろう」

 いきなり不躾にも犯罪者呼ばわりしてきた小娘に、キツイお仕置きが必要だと判断した。

「にゃはは、めんごめんご。冗談にゃ~」
「お前、これでもかってくらい猫っぽいな」
「うにゃ? や~そんにゃに褒めると照れるにゃ~」
「別に褒めてないが……」

 どうにも調子の狂う奴である。
 だがしかし、オレはコイツがただの生徒ではないことはすでに察していた。

 ……《銀魔》か。

 彼女の制服の左肩から伸び出ている線は――銀色。
 それに右肩には〝Ⅰ〟と、オレと同じ記号が刻まれている。つまりコイツは、今年入学した新入生であり、噂の四人の《銀魔》のうちの一人ということだ。

「んにゃ? そんにゃにボクを見てなんにゃ? ……はっ、もしかして色気ムンムンのボクの身体に欲情し、その抑え切れない性欲を今まさに解き放とうと――ってぎにゃぁぁぁぁっ!?」
「……次は殺すぞ?」
「うぎにゃぁぁぁぁっ! ごめんにゃぁぁぁぁっ! 謝るからアイアンクローだけは止めてほしいのにゃぁぁぁぁぁっ!」

 オレは彼女の頭から手を離してやると、彼女は痛そうに頭を抱えながら涙目でオレを見上げてくる。

「うぅ……酷いにゃ。傷物にされたにゃ。もうお嫁に行けないにゃ」
「にゃーにゃー鬱陶しい。舌を切るぞ」
「し、しかも美少女に向かってこの仕打ち!?」

 よくもまあ自分で美少女なんて言えるもんだ。
 まあ確かに見た目は整ってはいるが。癖っ毛が強く、クリンクリンとしている水色の髪。大きな猫目で赤子のような艶のある肌をしている。

 女性らしい肉付きさは足りないが、それでも愛らしい外見と言えよう。また袖が長く手が出ていないのが、あざとさを演出している。

「ていうか初対面でいきなり何するにゃ」
「初対面で暴言を吐くからそうなる」
「うっ……た、確かに」

 そこは認めるんだな。意外に素直な性格なのかもしれない。

「ていうか君は何しにここに?」
「言う必要はないだろ。ま、寝ていたところを邪魔して悪かったな。じゃあ」

 と、別の場所で昼食を取ろうと歩き出した直後……。

「おい、その手を離せ」

 何故か猫娘に服を掴まれていた。

「もしかして君もここで日向ぼっこする気だったにゃ?」

 しかし答えないでいると、めざとくオレの弁当に気づいたようで、

「おお~、ここでお弁当を食べるつもりだったにゃ? そうにゃ? そうでしかにゃいにゃ? それが絶対的真実にゃ!」

 マジでにゃーにゃー喧しい。しかもそこでテンションを上げる理由が分からん。

「はぁ……だったら何だ? 時間も無駄だからさっさと行きたいんだが?」
「よし! ここで一緒に食べるにゃ!」
「いや、オレは一人で静かに弁当を食べたいんだ」
「ボクもちょうど今からこの猫缶を食べる予定だったにゃ!」
「聞けよ人の話。ていうか……は? 猫缶食うのか、お前?」

 それって動物の猫にやる餌なんじゃ……。

 だがコイツはキラキラと目を輝かせながら、よだれをジュルジュルとすすっている。

「ほらほら、ともにお昼ご飯というイベントを楽しむにゃ!」

 …………どうもコイツには話が通じないらしい。
 問答無用で黙らせるか? いや、さすがにそこまでするのはやり過ぎか?
 だが……いや、今から場所を探し回るのも時間がかかるし。
 ……仕方ない。ここは妥協しておくか。

「では邪魔するぞ」
「邪魔するんにゃら帰ってんかー」
「……圧殺、刺殺、撲殺、この三つから好きなものを選べ」
「どれも救いがにゃいだとぉっ!? ご、ごめんにゃ! 軽いジョークにゃ! イッツ・ア・ネコジョーク!」

 どうでもいいが、そこはキャットジョークじゃないんだな。……どうでもいいが。

「とにかく座るぞ。時間の無駄だ」
「はいにゃー! ……はっ!?」
「今度は何だ?」
「か、か、缶切りを持ってくるの忘れたにゃぁぁ……!」

 この世の終わりかのような表情をして涙を流す猫娘。

「……はあぁぁぁぁぁ。……ほら」

 オレは魔法で缶切りを作って渡してやった。

「おおっ!? どこからともなく缶切りを! さては君ぃ! 名のある手品師で――」
「黙って食え。さもないと……」
「さあさあ、静かに缶を切るにゃ~」

 ようやく少しは落ち着いたようで、彼女も缶を切って中身を美味そうに食べている。
 ていうかマジで猫の餌を食べていることにビックリなんだが。
 オレもケーテルが作ってくれた弁当を広げて食べることにする。
 すると横から熱烈な視線を感じた。

「……何か用か?」
「……何でもにゃいにゃよ?」

 何でもないことなどない。何故なら彼女の視線は、真っ直ぐオレの弁当箱に入っている鮭に向かっていたのだから。

「やらんぞ?」
「……ジー」
「いくら見てもやらん。自分ので我慢しろ」

 オレはそう言いながら弁当を食べ始めるが、それでもなお奴が凝視してくる。

 …………食べにくいっ!

「……………………はぁ。好きなものがあったら食え」
「いいのにゃ!?」

 嫌だがずっと見られ続けるよりは良い。
 オレの許可をもらったことで、猫娘は満面の笑みでやはりというべきか、鮭を取って美味そうに食べ始める。

「もぐもぐもぐもぐ……んくん! にゃは~、君は良い奴だにゃ~」
「そうか、それは良かったな」

 オレもようやく静かに飯が食うことができ、弁当箱を綺麗に空にすると一服着いた。
 だがまた横から視線を感じる。

「……今度は何だ?」
「ん~君って名前は?」
「名を聞く時は自分から名乗るのが礼儀じゃないのか?」
「お~、それもそうだにゃ! ――ごほん! ボクは――」
「だが興味ないから名乗らなくても良い」
「何でにゃっ!? 今の流れはお互いに名乗って友情フラグを立てるとこだったはずだにゃ!」

 何だそのフラグは。オレには一生無縁だろう。
 オレは弁当を持つと、そのままベンチから立ち上がる。

「うにゃ!? マジで興味にゃいにゃ!? マジで!?」

 ノリだと思ったのか……。しかし残念ながら名乗り合うほど興味があるかといえばNOである。
 オレがベンチから少し離れた直後、一瞬魔力の反応が背後からしたと思ったら、それが目前へと表れていた。
 オレの行く手を遮っていたのは、当然ながら猫娘だった。

 ……速いな、コイツ。

 表情には出さないが、今の動きだけでもコイツが並みの生徒ではないことは分かる。
 今はもう目視できないが、恐らく魔力で脚力を上げて、即座に先回りしたのだろう。
 その動きは、まさに電光石火と評すべきものだった。

「待つにゃ! せめてお礼を言わせてほしいにゃ!」
「礼だと?」
「お魚もらったにゃ!」
「気まぐれだ。別に構わん」
「そうはいかにゃいにゃ! ボクの一族じゃ受けた恩にはしっかりと礼儀でもって返すのが信条にゃ!」

 これは驚いた。礼儀とはかけ離れたような存在だと勝手に思っていたから。

「その前にちゃんと名乗るにゃ!」

 どうやら彼女が満足するまで離してはくれそうにない。
 オレは後の面倒臭さを避けて、彼女の提案に乗った。

「……だったらさっさと名乗れ」
「にゃん! ボクはウーナン! ウーナン・アミッツだにゃ! 君と同じ今年入学した【エメラルドタイガー】所属の勇者候補性にゃ!」
「ウーナン……ね」
「親愛を込めてウーニャって呼んでほしいにゃ」
「呼ぶわけがないだろう。オレはクリュウ・A・ユーダムだ。所属は【ジェムストーン】」
「クリュー? ……! リューちん!」
「そんな呼び方をしてみろ。その時点でお前の人生は終着点を迎える」
「そんなに嫌!? うぅ~……じゃあリューくん」
「まあ……それならギリギリ許可してやらんでもないがな。だから喜べ、猫娘」
「うわぁ、圧倒的な上から目線。てーか、ウーナンだし!」
「うるさい。それでもういいだろう? そろそろ昼休憩も終了だしな」
「あ、もうそんな時間にゃ? 楽しい時間はあっという間にゃ! おっと、そうにゃ! また今度、ここで一緒にお昼食べるにゃ!」

 ……超嫌だ。

「じゃ、約束にゃ! バハハーイにゃ~!」

 勝手に約束するな。

 本当に慌ただしい奴だ。元気に手を振りながら颯爽とその場から去って行った。

 しかしあんな奴が《銀魔》とはな……。

 ただ序列に相応しいほどの実力の一端を見たのは確かだ。
 緻密な魔力コントロールに、あの一瞬の動き。
 それだけでも、少なくとも【ジェムストーン】の生徒たちを圧倒できるだけの潜在能力を感じた。当然オレを除いて、だが。
 奇妙な出会いに辟易しながらも、オレは午後の授業に向けて教室へと向かった。


     ※


 竹林を歩きながら、ウーナンは上機嫌にスキップをしていた。

「ふんふふん、ふんふんふ~ん」

 陽気に駆けながら、そのまま竹林から出た。
 そしてピタッと立ち止まると、おもむろに竹林を振り返った。

「ふふーん、あれが噂の《黒魔》かぁ。それに〝あの人〟の――」 

 意味深に微笑む彼女の足元に広がる地面が、突如ボコッと盛り上がり、その亀裂から何か黒い物体が蠢くのが見える。

「にゃはは、この子とどっちが強いかにゃ~」

 その瞳は、先程までクリュウに見せていた愛嬌のあるそれではなく、まるで獲物を見つけた獰猛な獣そのものの輝きがあった。


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