欠陥色の転生魔王 ~五百年後の世界で勇者を目指す~

十本スイ

文字の大きさ
18 / 44

第十七話

しおりを挟む
 午後の授業は、初の実習ということで、楽しみで浮き足立っている者たちも多い。
 オレも他の連中ほどではないが、どのような訓練を行うのはか興味があった。

 現在オレたち【ジェムストーン】の生徒たちは、演習場とされているグラウンドへとやってきている。
 そこには射撃場のように的が設置されていたり、岩など障害物が置かれたエリアや、地面に白線で大きな円が描かれているエリアなど、様々な用途に応じて使用できる造りになっていた。

 そしてオレたちはその中で円が描かれたエリアにいる。

「え~ここではこの円の中で模擬試合を行います。当然円から外に出たり、戦闘不能、あるいは降参をすれば敗北となります」
 円はそれなりに広く、直径三十メートルほどであろうか。

「試しに模擬試合をしてもらいたいんですが……誰かいませんか?」

 ハクイの言葉に対しては、生徒たちの反応は一喜一憂である。
 ニッグやバッザなどはやる気に満ちているが、中にはオレのように面倒だと思っている者や、戦うのが嫌なのか不安そうな顔をしている者たちがいる。

 そしてそんな中、誰よりも先に手を挙げたのは、やはりというべきかヒナテであった。
 そんな彼女がオレを睨みつけてくる。
 さっさと前に出て来いとでも言っているかのように。
 だが彼女の思惑は外れ、ニッグとバッザがそれぞれ手を挙げた。

「ふむ……ではニッグくんと、ヒナテさん、お願いできますか?」

 バッザが「何でだよっ!」と不満げに怒鳴り、ニッグは選ばれたことに鼻を高くしている。
 ヒナテはヒナテで、オレを一瞥しつつも選ばれたことで息を飲み円内へと入っていく。
 二人が円の中で一定の距離を保ったまま、中央付近で睨み合う。

 ヒナテは徒手空拳だが、他の生徒たちと同じように、ニッグは自分専用の《法具》を持参している。
 彼が手にしている《法具》は、オーソドックスな杖である。ただし当然自分用にカスタマイズしているらしく、分類上は長杖に入るだろうか。彼の身長ほどの長さである。

「え~では、制限時間は十分。本来はポイント制などをルールとして加えるんですが、今回は別にいいでしょう」

 スッとハクイが右手を上げると同時に、ヒナテとニッグが身構える。
 そして皆が静かに見守る中、ハクイが腕を振り下ろす。

「――始め!」

 開始の宣言と同時に、まず動きを見せたのはヒナテである。
 全身に《白魔》を纏い、一気にニッグへと迫った。

「へぇ、なかなか速いじゃないか」

 同じように《緑魔》を纏うニッグは、完全に余裕綽々といった様子だ。ヒナテの動きを見極めて、彼女が突き出してきた拳を軽やかにかわす。
 だがヒナテの持ち味は、素早い連打というのはオレも知っている。

 案の定、一撃で終わらずにヒナテは避けたニッグを追い込み連撃を繰り出そうとした。
 しかしニッグはというと……。

「――《|風の守り(ウィンドウォール)》」

 杖に嵌め込まれた《魔石》が光ると同時に、彼の周囲を風の壁が包み込む。
 その結果、ヒナテの拳はニッグを目前にして届かずに、風に阻まれてしまっていた。

「くっ! たぁっ、てやっ、はあっ、とぁっ!」

 烈火のごとく勢いで拳や蹴りを繰り出すが、そのどれもがニッグには届かない。

「いやぁ、今日の風も元気があっていいねぇ」

 どうやらニッグが得意としているのは風を操る魔法らしい。
 自然を操作する魔法は、コントロールが難しいが、その分強力な効果を発揮する。

 しかしさすがに《法具》での魔法発動は早いものだな。

 オレはポケットに手を突っ込みながら、《法具》の有能さを認めていた。
 本来《風の守り》程度の魔法を発動するなら、数秒ほどの詠唱が必要になる。それが魔力を注ぎ込んだ瞬間に発動するのだから、時短という部分では優秀なのは確かだ。

 また魔法の強度は、魔力値という魔法に込められる魔力の質や量によって決まる。
 同じ魔法を扱うのでも、当然魔力値が低ければ脆くなり、発動すら叶わない場合もあるのだ。
 故に昔は、魔力値に重きを置き、魔力コントロールを必死に磨く者たちが多かった。

 しかし現代は、すでに《魔石》という器があるために、注ぎ込むことができる魔力値が定まっている。
 魔力コントロールはほぼ必要ない上、発動速度を向上させた便利な道具ではあるが、その分、威力の最大値が決められているので、火力という部分においては物足りない。

 さて、問題はヒナテもだが……。

 いまだに徒手空拳でしか攻撃をしない彼女。

 …………やはり中・遠距離魔法が使えない、か。

 魔法を扱える者と対峙した場合、まずは遠距離から牽制をして、相手の情報を集めるのがセオリーだ。
 いきなり突貫するなど無謀に等しいし、いくら近接戦闘専門とはいえ、普通はもっと慎重に行動をするのが当たり前だ。

 特に魔人や魔物との戦いなどにおいて、奴らの多くは罠を張っていたり、素手で触るのが危険な相手だったりする。
 だからこそ離れて攻撃する手段があれば、まずそれで様子見をするのが正しい。

 勇者であれば、そんな戦法は基礎の基礎なのだが……。

「ふふふ、いつまで殴るだけなのかな? そんな柔な拳じゃ、僕の風は消し飛ばせないよ?」

 それでもヒナテにはこの戦い方しかできないのだ。
 オレも最初に彼女と組手をした時、まさかと思ったが、どうやら本当に近接戦闘しかできないようだ。
 しかも彼女が行っているのは魔法ではなく、ただ魔力を纏って身体能力を強化しているだけ。それではレベルの高い魔法を打ち破れはしないだろう。

 魔法には魔法を――。

 それもまた世界の常識である。だが今のヒナテは恐らく――魔法が使えない。
 それがオレの見解だった。
 なるほどな。だからこその《魔装格闘》というわけか。

「それでよく代表者決定戦に出ようなんて思ったものだね! やはり《白魔》は『劣等色』でしかない! ――《|風玉(ウィンドショット)》!」

 ニッグの杖から放たれた風の塊がヒナテに直撃をして、彼女は数メートルほど吹き飛ぶ。

「っ……ぐ……うっ」
「おやおや、まだ諦めないとは。確か君の野望は『偉大な勇者』になって、かの『勇者王』を越える……だったかい? ……勘違いも甚だしいね。君に将来性はないよ」

 痛烈な言葉による攻撃。だがそれでもヒナテは起き上がろうとする。

「だから見苦しいって。――《|風の重圧(ウィンドプレス)》!」

 ヒナテの頭上から発生した風が、ヒナテを地面に押し付ける形で吹き荒れる。

「あっがっ!?」

 苦悶の表情を浮かべるヒナテだが、それでもまだ降参をしない。

「安心しなよ。代表者決定戦は僕が出るし、それに君の代わりにこの僕が『偉大な勇者』になってあげるから」

 風に押し潰されそうになりながらも、ヒナテは歯を食いしばりニッグを睨みつける。

「わっ……私は……っ、諦め……ないっ!」

 力強い宣言だった。
 しかしそれは彼女を後押しすることはなかった。
 ヒナテは風の圧力に耐えられずに、とうとう気を失ってしまったのである。

 無情にもハクイの「それまで」という言葉が響く。
 汗一つかかずにニッグは勝者の笑みを零している。
 《緑魔》相手でさえ、この実力差だ。
 圧倒的な才能の差をぶつけられ、ヒナテは今後も戦い続けることができるのだろうか。

 ……クーよ、思った以上にお前の娘のこれからは大変だぞ。

 普通の貴族の娘として暮らすならともかく、彼女が勇者の道を歩み続ける限り、きっととても辛い人生になってしまう。

「え~誰かヒナテさんを救護室へ……」

 仕方なくオレが名乗りを上げ、彼女とともに救護室へ向かうことになった。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

この度異世界に転生して貴族に生まれ変わりました

okiraku
ファンタジー
地球世界の日本の一般国民の息子に生まれた藤堂晴馬は、生まれつきのエスパーで透視能力者だった。彼は親から独立してアパートを借りて住みながら某有名国立大学にかよっていた。4年生の時、酔っ払いの無免許運転の車にはねられこの世を去り、異世界アールディアのバリアス王国貴族の子として転生した。幸せで平和な人生を今世で歩むかに見えたが、国内は王族派と貴族派、中立派に分かれそれに国王が王位継承者を定めぬまま重い病に倒れ王子たちによる王位継承争いが起こり国内は不安定な状態となった。そのため貴族間で領地争いが起こり転生した晴馬の家もまきこまれ領地を失うこととなるが、もともと転生者である晴馬は逞しく生き家族を支えて生き抜くのであった。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

処理中です...