ただ一人、男なのに動かせるロボット戦記 ~女嫌いな少年傭兵~

十本スイ

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プロローグ

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 周りから人の怒号や悲鳴、建物の倒壊音や爆弾の炸裂音などが聞こえてくる。
 他にもそこかしこから乱雑に銃の音がひっきりなしに響く。建物の幾つかは火を放たれていて、その中には人間も数多く倒れ焼かれていた。
 鼻に意識を集中しなくとも、嗅ぎ慣れた火薬や人が焼ける異臭、そして強い血のニオイがしてくる。

 ――戦場。

 幾度となくそこへ立ち、多くの傷を負いながらも生き永らえてきた。
 幼い頃から……浦島世廻という名を与えられてから気が付けば、全身には火薬と血のニオイがこびりつき取れなくなっていた。
 何故戦場へ立ち、人と命を懸けて争わなければいけないのかという疑問すら持たないほどの小さな頃からの日常だったため、今までただ目の前の敵を倒すだけに必死になってきたのである。

 それが世廻の中の常識であり、守るべき世界であった。
 だがそれも……。

(そろそろ限界……か)

 瓦礫を背にしながら、右手には軍用ナイフを持ち、左手で左腹部を抑えていた。そこからは所属している傭兵部隊に支給される服を真っ赤に染めるほどの血が流れ出ている。
 油断はしたつもりはないが、どうもかわし切れずに銃弾を一発受けてしまったらしい。

 チラリと横を見れば鬱陶しいほど毎日顔を合わせている二人の顔なじみが、強張った表情のまま周囲を伺っている。彼らもまた決して浅くない怪我を負っていた。
 一人は短く刈り上げた銀髪と無精ひげが特徴で、ボディビルダーも真っ青なほどのガタイを持つ『筋肉バカゴリラ』こと――ミッド・ヴェーチ。

 齢は三十三と前に聞いたが、少し老けて見えるのがコンプレックスでもあるらしい。実際には四十代くらいに見える。

 そしてもう一人は、長い金髪をオールバックにして後ろで結っている長身の人物。丸眼鏡に垂れ目、また線の細い身体だということで、初見ではいつも弱々しい奴と印象付けされるが、柔道と空手では段を持っているし、医師免許も持っている三十歳の男だ。

 名前を――エミリオ・パヴォーネといい、また美形な顔立ちで女性にもモテるので、仲間からは『ハンサムクソ眼鏡』と妬まれている。

「ヘイ、セカイ。傷の具合はどうだ?」

 ミッドがチラチラと世廻を見てはそう声をかけてきた。

「……問題ない。任務は続行できる」
「バカを言っちゃいけませんよ、セカイ。君のは明らかに深手です」
「血は止まっている」
「ノンノン、ウソはダメです。その傷、君じゃなければ死んでてもおかしくありません」

 さすがに医者は騙せないようだ。しかしだからといって、ここで治療などできない。

「クッ、奴らまた撃ってきやがったぜ!」

 前方にいる敵兵からの射撃が、世廻たちが身を隠している瓦礫を徐々に削っていく。
 相手の戦力数は膨大、その上、こちらの武器もほぼ尽きた。
 仲間も軒並み殺されてしまい、残っているのは世廻たちを含め少数だ。もう勝敗は明らかである。

 しかし白旗を挙げることはできない。相手は過激派組織であり、やれ革命だクーデタだと口にして、罪もない人々を惨殺してきた狂った連中だ。
 戦いの舞台となっているこの廃墟化した町に、過激派組織の一部が潜伏しているので殲滅してほしいという国家上層部からの依頼を引き受け、奴らを討とうとしたのはいいが、どうも情報に誤りがあったようで、逆に返り討ちに遭っているというわけだ。

「チィッ、にしてもここまで奴らの数が多いとはな。やってられねえぜ、ったく」
「落ち着いてください、ミッド。イライラしても状況は変わらないですよ」
「けどよぉ、情報じゃターゲットはたかが数十人程度の話だっただろ? けど蓋を開けてみりゃ一千人は超えてるしよぉ」

 彼の言う通りだ。
 上層部の情報では、五十人程度が町に潜伏し仲間を募っているとあったので、こちらは二百人の部隊を率い、仲間が集まる前に叩こうとしたが、結果数の暴力で追い詰められているのはこちらである。

 さらにいえば……。

「こちらの仲間だった五十人ほどが寝返っていたのは予想外でしたね……」

 エミリオが悔しげに顔をしかめている。そんな顔も絵になっていて、まるでドラマのワンシーンのようだ。さすがはイケメンである。
 だが彼の言ったことは事実で、どうやら元々過激派の連中の息がかかっていた者たちのようで、世廻たちは裏切りによって背後から襲い掛かられ、一気に部隊は壊滅した。

 すでに町は敵によって包囲されていて逃げることもできない。こうして瓦礫に身を隠していても、いずれは……。

「……しょうがねえ。おいエミリオ、確かあそこの建物の地下に水路があったよな」

 百メートルほど先に建っている建物を指差すミッド。

「ええ、情報では……ってミッド、君はまさか!」
「そのまさかだ。俺が奴らを引きつけっからよ、その隙にセカイをおぶって地下水路まで行け」
「いけません! 君だって足を怪我しているんですよ! 満足に走れないではないですか!」
「だから置いていけって言ってんだ、分かれよアホ!」
「ア、アホではありませんっ! ていうかバカの君だけには言われたくありませんよ!」
「誰がバカだうっせえな! いいから行け! まだエミリオの方が傷は浅え。セカイをおぶって逃げるくれえはできんだろうが」
「し、しかしですねっ……!」
「しかしもクソもねえ! それ以上ピーチクパーチクほざくなら鼻の穴にてめえの嫌いなマッシュルームを突っ込むぞ! つかそもそもセカイのその傷も俺を庇ったからできたもんじゃねえか! これ以上面倒をかけられっかよ!」
「くっ……ですが……」

 言い淀むエミリオ。確かにここから逃げるとしたら、地下水路を利用するのが現実的だ。
 しかし……。

(そこも爆破で壊されてる可能性がある)

 それをエミリオは危惧しているのだろう。ただ危惧しているとしても、万が一という可能性だってある。確かめてみないことには真実は分からない。
 もしまだ地下水路が無事なら、そこを辿っていけば生き残れるかもしれない。

 ただ三人一緒に向かうのは……無理だ。ミッドの言うように、誰かが囮になって敵を引きつけておかなければならない。

 ならその役目は――。

「…………オレがやる」

 スッと立ち上がった世廻を二人が同時に見つめてくる。

「お、おいセカイ……今何つった?」
「だから囮はオレがやる。お前らはその隙に例の建物へと急げ」
「バッ」
「バカを言ってはいけませんっ!」

 ミッドの言葉を遮るように大声を出したのはエミリオだ。

「いいですか! 君の傷がこの中で一番誰よりも深いんですよ!」
「だから何だ?」
「だ、だからって……」
「それでもオレは動ける。……あまりオレを舐めるなよ、エミリオ」
「セカイ……君は……」

 正直目眩はするし、気を抜けば激痛で蹲ってしまいそうだ。こうして立てていることが不思議である。
 だが自分が踏ん張れば、二人が生き残れる可能性があると考えたら自然に身体が動く。

「ダメだダメだ! お前はまだ若えんだぞ! 死ぬならオッサンの俺にしとけ!」
「黙れミッド。これは――命令だ」
「うぐっ……セカイ……ッ」

 世廻はこの中で一番若い。何といっても十七歳なのだから。
 しかし三人の中では誰よりも戦場を渡り歩いてきたし、彼らよりも立場が上なのも確かであり、自分は隊を預かる長の一人でもある。

 どこの隊長が、部下を囮にして逃げられるだろうか。少なくとも世廻には絶対にできない。
 今や自分が受け持つ部隊――『風の狼(ゲイル・ウルフ)』と呼ばれた我々も、たった三人だけになった。元々隊としては人数は少ない方だが、どの隊よりも迅速な仕事をこなすことから名付けられたのだ。

 その中で、ミッドとエミリオは初めての部下であり、世廻が心から信の置ける者たちである。そんな二人と自分だけが生き残っているこの状況は、何とも皮肉なことだ。

「隊長命令だ。今すぐ退避準備をしろ。――エミリオ」
「っ……何ですか?」
「必ずミッドと一緒に逃げろ。オレを顧みることは許さん」
「! …………了解しました、ウラシマ隊長」
「んなっ! お前エミリオ! マジで言ってんのかっ!」
「ミッド・ヴェーチッ!」
「――っ!?」

 世廻の怒鳴り声にミッドが息を呑んで押し黙る。

「……お前にも叶えたい夢があるだろ」
「な、何だよ急に……?」
「いいから言え」
「…………いつか美味え酒と食い物を出す店をやりてえ」
「エミリオも言え」
「僕は……小さくてもいいから診療所を開き、美女の助手と末永くやっていきたいですね」

 傭兵にだってそれぞれ夢を持っている者たちはいる。彼らもそうだ。
 そしてもちろん世廻にも。

「オレもそうだ。いつか叶えたい夢がある」

 そう口にしたが、二人は何故か顔を引き攣らせた。

「セ、セカイの夢って……ま、まだアレ……なのか?」
「む? 夢は変わってないぞ」

 世廻はすうっと息を吸い込んでから噛みしめるように言葉を発する。


「オレの夢は――幼女で溢れた楽園に住み、死ぬまで幼女を愛で続けることだ。ああ……幼女成分が欲しい」


「「…………」」

 二人が犯罪者でも見るような冷たい目を向けてきている。

 ……真面目に答えてやったというのに失礼な部下たちだ。

「あ、相変わらず無表情でそんなアホらしい夢を本気で語るのは、きっとこの世でセカイだけでしょうね……ハハ」
「変態だ。変態がここにいるぜ……」

 エミリオが乾いた笑いを浮かべているのだが……。

 それにしても毎度自分の夢を語ると、いつもこんな空気になるのだけれど果てしなく心外である。それとミッド、決して自分は変態ではない。

(別に幼女に手を出すわけじゃないというのに。ただオレは幼女を守りそのまま純朴なまま育つまで愛でていきたいだけだ)

 そう、性的犯罪を犯したいわけではない。幼女を見ていると癒されるのだ。戦いばかりで血生臭い自分が、可愛らしい幼女の笑顔を見ると浄化される気分を得られるのである。
 何故同年代の年頃の女や年上の美女を守備範囲に入れないのかって?
 そんなこと決まっている。

(オレの中でアレらは女として認識できんしな)

 傭兵部隊にも女はいる。ただしいかんせん、世廻の周りにいた女性たちは暴力的で粗雑で可愛らしさの欠片もない者たちばかりだったのだ。
 そのせいか世廻は幼女以外の女は恋愛対象外となってしまった。

 いや、かといって幼女が対象というわけではない。
 あくまでも世廻の信条はイエスロリータ・ノータッチなのである。
 彼女たちが嫌がることを行うのは世廻の信念が許さない。

「オレらには夢がある。だからいつか叶える。そのためにも生きるべきだ」
「っ……けど囮は……」

 当然、囮になった者に待っているのは――高確率な死。

「安心しろ。仮に死んだとしても問題ない」
「は、はあ? どういうこった? 死んだら元も子も……」
「生まれ変わったあとに叶えればいい」
「「……………………ぷっ、アッハハハハハハハ!」」

 何かおかしなことでも言ったのだろうか。
 突然大笑いだした二人にムッとしてしまう。

「ヒーッハッハッハッハ! ああ腹いってえ。ったく、うちの隊長殿はマジでネジがぶっ飛んでやがんぜ!」
「フフフ、そうですね。きっと死んでも治らないでしょうね」
「…………それ以上笑うと、奴らに殺される前にコロスぞ?」

 殺気を込めて言ってやると、愉快気に二人は両手を挙げる。

「ヘイヘイ、わーったよ。逃げりゃいいんだろ逃げりゃ。おい、エミリオ」
「……はい」

 エミリオに肩を貸してもらい二人で立ち上がるミッドたち。
 世廻はミッドから、彼が持っていたハンドガンを一つ受け取る。

「じゃ、カウントを開始する、いいな?」

 世廻の言葉に二人が険しい顔のまま頷く。

 3……2……1……。

「――ミッション、スタートッ!」

 世廻が一人で瓦礫から飛び出し地下水路がある建物とは逆方向へ走り出す。
 当然その先にも敵がいて射撃してくる。
 腹部に強烈な痛みを抱えつつも、世廻は銃の弾道を見極めて回避し、さらには避け切れない時にはナイフで弾丸を弾いて前進していく。

 そんな神業を怪我を負いながらも行う世廻にギョッとしつつ、もっと弾幕を張って迎撃してくる敵。
 世廻もハンドガンで撃ち返し応戦するものの、さすがに距離が離れている敵は仕留められない。
 次第に弾数も底を尽き、武器はナイフだけになる。
 それでも弾幕の雨の中、数十秒もほぼ無傷だったのが神業に近い。

 そのまま真っ直ぐ前方の瓦礫を跳び越えると、そこに隠れていた三人の敵の首を一閃して撃退する。
 しかしすぐにその場を動き、次に近い敵の位置を確かめて接近していく――が、

(――上!?)

 建物の屋根上から手榴弾が投げ込まれ咄嗟に跳び退くが、爆発した手榴弾の爆風によって吹き飛ばされてしまう。

(くっ、いつもなら手榴弾に気づけてたが……っ)

 平常時ならば、もっと早くに気づいて回避できていたが、やはり腹部の出血と痛みのせいか判断力と感知力が鈍ってしまっている。
 地面に転がった世廻はすぐに起き上がるが……。

「…………さすがに数が多い、か」

 気づけば周囲には目も眩むほどの数の敵が銃を突き付けていた。

(……ここまでか)

 だが十分敵の目を引きつけられたし、自分的には満足のいく行動ができたと思う。
 できれば最後に幼女の笑顔でも見たかったが、それは来世に期待しよう。
 もう、身体も動かない。完全に電池切れだ。
 このまま数秒後には、蜂の巣のようにされて死ぬのだろう。

 一人で死ぬ。孤独な死だ。
 分かってはいたが、意外に寂しいものだと感情が訴えかける。
 こんな世界にいるのだ。いつ死んでもいいように覚悟だけはしていた。

 だが無意味な死だけはしないと心に誓ってきたのだ。
 部下を守ってこの命を散らす。それもまた……一つの人生。

(できればアイツらが生き残ってくれればいいが……)

 部下であり、戦友の二人の顔を思い浮かべながら軽く溜め息を吐き、

(あと最後に幼女を一目見たかった……)

 人生最後の願望を祈ったその時、

「「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」」

 銃撃音とともに敵の中を突っ切って、二人の男たちが世廻の傍へとやってきた。
 当然何が起こっているのか分からず、世廻はキョトンとしてしまう。
 何故なら、駆けつけたのは逃げているはずのミッドとエミリオだったのだから。

「――っ、お前ら……どうしてっ……!?」
「フン、一人で死ぬなんて水臭えんだよ、このボケロリコンめ!」
「そうですよ、君の故郷には一蓮托生、呉越同舟という言葉があるじゃないですか、このボケロリコン」

 どうしよう……二人が容赦なく悪口を放ってくる。まあ、決して否定はできないが。

「お前らはバカか! せっかく逃げられたかもしれないのに!」
「かもしれねえなぁ。ハハハ、バカだから感情で行動しちまったぜ!」
「はい。囮にして見捨てるなんてこと、バカな僕たちにはできるわけがありません」

 そして二人が口を揃えて言う。

「「だって俺(僕)たちは、戦友(仲間)なんだから!」」

 戦場に相応しくないほど清々しい笑みを浮かべる二人。
そんな彼らを見て、怒りや呆れを通り越し、何故か嬉しさが込み上げてきた。
 きっとこの状況は、傭兵としては失格だ。間違いない。
 命令違反だし隊長としても嘆くべきだ。しかし……。

「ニッポンには死に花を咲かせるって言葉があんだろ! じゃあ最後まで男らしく足掻いて立派な花ぁ、咲かせてやろうぜぇ、隊長!」
「まあ、僕という花が枯れたら多くの美女(蝶)たちが悲しむでしょうが、それは来世で謝罪することにしましょう。死ぬ時は一緒ですよ、隊長!」

 どうしてか、冷たい感情が温められていく感じがした。
 もう何をどう言ったところで、結末は変わるまい。
 それに、隊長として部下に恵まれたと思うと嬉しくもある。

「…………はぁ。どうしようもないバカだな、お前らは」
「「お前にだけは言われたくない!」」

 口を揃えて隊長をディスるとは良い度胸である。

「……分かった。だが一つだけ忠告だ。お前ら、必ず来世でもオレに会いに来い。ちゃんと償わせてやるからな」
「「ハハハ! 怖い怖い!」」

 そこから三人は各々が攻撃を開始した。
 ただ当然数百人以上の包囲網から抜け出せるわけもなく、敵の攻撃は容赦なく世廻たちに放たれていく。
 それでも三人は、互いに背中合わせになりながら敵へと突っ込みつつも笑みを崩しはしなかった。
 最後の最後まで、世廻たちは全力を賭して戦ったのである。

 だがその時――戦場を眩い光が包んだ。
 



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