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第一話
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――ハッとなって突如意識が覚醒する。
…………これはどういうことだろうか。
何故――何故目の前に見知らぬ天井があるのだろう……?
先程まで戦場に立っていたはずだ。
最後の足掻きに思う存分に暴れて、そして……死んだ。
あれだけの銃弾が乱れる中、生きているわけがない。それなのに……。
「……生きてる、だと?」
右手を目の前まで持ってきて、開いたり閉じたりして感覚があることを実感する。痛みすら消失しており、表情には出さないが頭の中は稀にしか見ないほどにパニック状態だ。
目線だけ動かして周囲を確認してみるが、見覚えのあるものが一切ない。
自分が木造住宅の一室にあるベッドらしき寝台に横たわっていることと、飾り気はないがそこそこ大きな部屋だということくらいは分かった。
「――――おおっ、セカイッ!」
部屋中に反響するその声は、世廻の耳が慣れ親しんだ音を響かせていた。
ドタドタと慌ただしく駆け寄ってきた人物は、紛れもなくミッド・ヴェーチその人である。
「ミッド……?」
「おう、ミッドさんだぜ! よっしゃよっしゃっ、ようやく目が覚めたみてえだなっ!」
普段と変わらない彼の豪快な笑みと、顔をしかめてしまうほどに喧しい声。見れば彼もまた無事なようで、どこにも傷らしきものは見当たらない。
そこへ――。
「大声を出して一体どうしたって……っ!? 目が覚めたんですね、セカイッ!」
ミッドの後ろからやってきたのはエミリオ・パヴォーネである。彼もまた、とても先程まで戦場にいたとは思えないほどクリーンな風貌だ。血の一滴すら発見できない。
そもそも着用している服が、直前のものとは違い、武器らしい武器も装備せずに、どこか質素で、まるで平時に家で過ごしているかのような格好である。
嬉しそうな笑顔を浮かべながら近づいてきた二人の態度に違和感を覚えつつも、ただ一つ理解できたことはあった。
それは、自分たちが生きているということである。しかもどうやら無傷で。
身体にもちゃんと熱は通っているし、幽霊になって彷徨っているというわけではなさそうだ。
しかしあの状況からどうやって逃げおおせたのか。また何故無数の銃弾で受けたであろう傷が完治しているのか、どれだけ頭を捻っても答えは見出せない。
ならば現状を把握しているであろう者たちに聞くしかないだろう。
世廻はゆっくりと上半身を起こす。少し身体は気怠い感じではあるが、やはり痛みや傷は見当たらない。服も二人と同じく着替えさせられたのか、身綺麗になっている。
そこで初めて気づくが、部屋には他にも数台のベッドが並んでいた。まるで宿か、医院の一室のように感じられる。
「お、おい、いきなり起きて大丈夫か?」
「そうですよ、セカイ。話なら横になりながらでもできますから」
「いや、問題ない。それよりも……聞かせてもらうぞ?」
世廻のその言葉だけで二人は意味を悟ったようで頷きを見せた。
だがエミリオが喋りかけようとしたその時、
「――――おや、男三人だけでヒソヒソ話かい?」
二人に引き続いて部屋に入ってきたのは、見知らぬ女性だった。
パーマをかけたような薄緑色の髪を持ち、小さな丸眼鏡がキラリと光を反射している。また着用している白衣の下は、ミニスカートに黒タイツ、そしてかなり豊満な胸が零れ落ちそうに存在感をアピール中だ。
二十代後半ほどに見える彼女であるが、男性の目に毒ともいえるくらいに色っぽい。
(日本語……? とても日本人には思えないが)
しかし彼女が喋ったのは確かに日本語として世廻の耳に入ってきたのも確かだ。
そしてそんな彼女の存在に気づいたエミリオが、すぐさま世廻から距離を取り、薄く口角を上げながら流れるように女性の傍までいくと、そっと彼女の手を取る。
「これはこれはリーリラ先生、このような男どもしかいないむさ苦しい場所まで足を運んで頂き感謝致します。お礼に今夜、どうでしょうか?」
場の流れなどお構いなしに女性を口説くエミリオ。
世廻とミッドにとっては驚くような変わり身ぶりではない。
そこに美女がいるなら口説くのが礼儀――というポリシーをエミリオが掲げていることを知っているし、すでに何十、何百と見てきた光景だからだ。
だから「あ~またか」と逆にいつもの彼を見られてホッとさえする。
「フフフ、何度も言うが私は軽い男が好かんのだよ。それにここは私の診療所。むさ苦しいとは傷つくじゃないか」
「おっと、これは失礼。ではお詫びに今夜食事を御馳走させてください」
何があっても彼女を口説きたいようだ。さり気なく〝お礼〟→〝お詫び〟に変わっていることが実に彼らしい手口だ。
というよりも何度も言っているということは例の如く、何度も口説いて断られているということである。それなのに諦めないエミリオの心の強さに脱帽だ。
するとリーリラ先生と呼ばれた彼女の視線が世廻へと向くと、そのまま静かに近づいてきた。
スッと手を伸ばしてくるが、
「――っ!」
世廻は身を引いて距離を取った。
その行為にリーリラは手を止めて驚いた表情を浮かべる。
「……何をするつもりだ?」
「へ? えっと……」
睨みつけながら言う世廻に対し、明らかに困惑気味なリーリラ。
そこへ助力としてミッドが口を挟んで来る。
「あ~セカイ、この人は大丈夫だ。俺たちの恩人だしな」
「恩人……?」
視線はリーリラに集中させながらミッドに「説明しろ」と指示を出す。
「それは僕がしましょう。と、その前にリーリラ先生、セカイの不躾な態度に謝罪します。彼はその……基本的に見知らぬ他人を信用しませんので」
「……なるほど。確かに聞いていた通りの警戒色の強い子のようだね。こっちは熱が下がったか見たかっただけなんだけど」
得心したといった様子で伸ばしていた手を下ろすリーリラを見つめながら、静かにベッドから降りて世廻は警戒を保つ。
これでも敵が多い傭兵部隊に身を置いていたのだ。加えてそこそこに名も通っていたと自負もあるし、敵対勢力などに命を狙われたこともある。
故に気を置けない他人に対し警戒してしまうのは最早反射神経と化していた。
これが幼女が相手ならば進んでこの身を差し出すのだが……。
「いいですかセカイ、こちらにおられる絶世の妖艶美女はリーリラ・フリット先生といって、ここ一週間ほど僕たちの世話をしてくださっている方なんですよ」
「……一週間、だと?」
つまり自分は一週間眠り続けていたということになる。
「ええ。混乱するでしょうから順序立てて説明します。ですが念頭に置いてもらいたいのは、これから話すことは決して嘘でも冗談でもないということです」
「…………分かった」
エミリオはたまに人をからかう冗談を言うが、彼の真面目な表情を見て真実を話すのだと、それなりに長い付き合いから察した。
「まず、ここは――僕たちが住んでいた世界とは異なった世界です」
「……………………は?」
いきなり超弩級の戸惑いが思考を停止させた。
「……今何て言ったんだ?」
「ですから、ここは地球ではない異世界だと言ったんです」
どうやら聞き間違いではないようだが、と世廻はミッドにも視線を巡らせると、彼もまた真剣な眼差しで首肯した。
(異なった……世界? 異世界……だと? いや待て……どういうことだ?)
思考が定まらない。
これはやはり手の込んだ悪戯か冗談かもしれないと思ったが……。
「混乱するのは分かります。ですがそこの窓から空を見れば理解できるかと思います」
空? と首を傾げつつも、一応リーリラとは距離をさらに取りながらエミリオが指を差した窓へと近づき、目線だけをサッと窓の外へと向けて愕然とした。
青い空と白い雲。
それは別段、地球の空と何ら変わりはない。
だが確実におかしなものが存在している。
何故……山が空に浮かんでいるのだろうか……?
ここからどの程度離れているかは定かではないが、木々に覆われた楕円形の島というより山の形をした物体がプカプカと空中に漂っている。
しかも一つだけではなく、他にも遠目に幾つか同じような規模のものが浮かんでいるのを確認することができた。
いくら日進月歩の地球の科学力とはいえど、さすがに飛行機の何十倍もの規模の物体を飛遊させることには届いていないはずだ。
そんなことができていたなら、もっと話題にも上がっているだろう。しかしそのようなニュースを耳にした覚えなどない。
「……理解できましたか?」
後ろからエミリオの声が聞こえた。ずいぶん見入ってしまっていたようで、唖然として固まっていた世廻は、視線を浮かぶ山から仲間たちへと移す。
「言っておきますけど、CGとかじゃないですよ」
「それくらい見れば分かる。……だが異世界……か」
「まあ、信じられねえのも無理ねえよな。俺だって実際にこの目で見なきゃ信じられなかったしよぉ」
ミッドが大げさに肩を竦ませている。
世廻は視線を彼らからジッと黙り尽くしているリーリラへと向かわせた。
「続きを……聞こうか」
…………これはどういうことだろうか。
何故――何故目の前に見知らぬ天井があるのだろう……?
先程まで戦場に立っていたはずだ。
最後の足掻きに思う存分に暴れて、そして……死んだ。
あれだけの銃弾が乱れる中、生きているわけがない。それなのに……。
「……生きてる、だと?」
右手を目の前まで持ってきて、開いたり閉じたりして感覚があることを実感する。痛みすら消失しており、表情には出さないが頭の中は稀にしか見ないほどにパニック状態だ。
目線だけ動かして周囲を確認してみるが、見覚えのあるものが一切ない。
自分が木造住宅の一室にあるベッドらしき寝台に横たわっていることと、飾り気はないがそこそこ大きな部屋だということくらいは分かった。
「――――おおっ、セカイッ!」
部屋中に反響するその声は、世廻の耳が慣れ親しんだ音を響かせていた。
ドタドタと慌ただしく駆け寄ってきた人物は、紛れもなくミッド・ヴェーチその人である。
「ミッド……?」
「おう、ミッドさんだぜ! よっしゃよっしゃっ、ようやく目が覚めたみてえだなっ!」
普段と変わらない彼の豪快な笑みと、顔をしかめてしまうほどに喧しい声。見れば彼もまた無事なようで、どこにも傷らしきものは見当たらない。
そこへ――。
「大声を出して一体どうしたって……っ!? 目が覚めたんですね、セカイッ!」
ミッドの後ろからやってきたのはエミリオ・パヴォーネである。彼もまた、とても先程まで戦場にいたとは思えないほどクリーンな風貌だ。血の一滴すら発見できない。
そもそも着用している服が、直前のものとは違い、武器らしい武器も装備せずに、どこか質素で、まるで平時に家で過ごしているかのような格好である。
嬉しそうな笑顔を浮かべながら近づいてきた二人の態度に違和感を覚えつつも、ただ一つ理解できたことはあった。
それは、自分たちが生きているということである。しかもどうやら無傷で。
身体にもちゃんと熱は通っているし、幽霊になって彷徨っているというわけではなさそうだ。
しかしあの状況からどうやって逃げおおせたのか。また何故無数の銃弾で受けたであろう傷が完治しているのか、どれだけ頭を捻っても答えは見出せない。
ならば現状を把握しているであろう者たちに聞くしかないだろう。
世廻はゆっくりと上半身を起こす。少し身体は気怠い感じではあるが、やはり痛みや傷は見当たらない。服も二人と同じく着替えさせられたのか、身綺麗になっている。
そこで初めて気づくが、部屋には他にも数台のベッドが並んでいた。まるで宿か、医院の一室のように感じられる。
「お、おい、いきなり起きて大丈夫か?」
「そうですよ、セカイ。話なら横になりながらでもできますから」
「いや、問題ない。それよりも……聞かせてもらうぞ?」
世廻のその言葉だけで二人は意味を悟ったようで頷きを見せた。
だがエミリオが喋りかけようとしたその時、
「――――おや、男三人だけでヒソヒソ話かい?」
二人に引き続いて部屋に入ってきたのは、見知らぬ女性だった。
パーマをかけたような薄緑色の髪を持ち、小さな丸眼鏡がキラリと光を反射している。また着用している白衣の下は、ミニスカートに黒タイツ、そしてかなり豊満な胸が零れ落ちそうに存在感をアピール中だ。
二十代後半ほどに見える彼女であるが、男性の目に毒ともいえるくらいに色っぽい。
(日本語……? とても日本人には思えないが)
しかし彼女が喋ったのは確かに日本語として世廻の耳に入ってきたのも確かだ。
そしてそんな彼女の存在に気づいたエミリオが、すぐさま世廻から距離を取り、薄く口角を上げながら流れるように女性の傍までいくと、そっと彼女の手を取る。
「これはこれはリーリラ先生、このような男どもしかいないむさ苦しい場所まで足を運んで頂き感謝致します。お礼に今夜、どうでしょうか?」
場の流れなどお構いなしに女性を口説くエミリオ。
世廻とミッドにとっては驚くような変わり身ぶりではない。
そこに美女がいるなら口説くのが礼儀――というポリシーをエミリオが掲げていることを知っているし、すでに何十、何百と見てきた光景だからだ。
だから「あ~またか」と逆にいつもの彼を見られてホッとさえする。
「フフフ、何度も言うが私は軽い男が好かんのだよ。それにここは私の診療所。むさ苦しいとは傷つくじゃないか」
「おっと、これは失礼。ではお詫びに今夜食事を御馳走させてください」
何があっても彼女を口説きたいようだ。さり気なく〝お礼〟→〝お詫び〟に変わっていることが実に彼らしい手口だ。
というよりも何度も言っているということは例の如く、何度も口説いて断られているということである。それなのに諦めないエミリオの心の強さに脱帽だ。
するとリーリラ先生と呼ばれた彼女の視線が世廻へと向くと、そのまま静かに近づいてきた。
スッと手を伸ばしてくるが、
「――っ!」
世廻は身を引いて距離を取った。
その行為にリーリラは手を止めて驚いた表情を浮かべる。
「……何をするつもりだ?」
「へ? えっと……」
睨みつけながら言う世廻に対し、明らかに困惑気味なリーリラ。
そこへ助力としてミッドが口を挟んで来る。
「あ~セカイ、この人は大丈夫だ。俺たちの恩人だしな」
「恩人……?」
視線はリーリラに集中させながらミッドに「説明しろ」と指示を出す。
「それは僕がしましょう。と、その前にリーリラ先生、セカイの不躾な態度に謝罪します。彼はその……基本的に見知らぬ他人を信用しませんので」
「……なるほど。確かに聞いていた通りの警戒色の強い子のようだね。こっちは熱が下がったか見たかっただけなんだけど」
得心したといった様子で伸ばしていた手を下ろすリーリラを見つめながら、静かにベッドから降りて世廻は警戒を保つ。
これでも敵が多い傭兵部隊に身を置いていたのだ。加えてそこそこに名も通っていたと自負もあるし、敵対勢力などに命を狙われたこともある。
故に気を置けない他人に対し警戒してしまうのは最早反射神経と化していた。
これが幼女が相手ならば進んでこの身を差し出すのだが……。
「いいですかセカイ、こちらにおられる絶世の妖艶美女はリーリラ・フリット先生といって、ここ一週間ほど僕たちの世話をしてくださっている方なんですよ」
「……一週間、だと?」
つまり自分は一週間眠り続けていたということになる。
「ええ。混乱するでしょうから順序立てて説明します。ですが念頭に置いてもらいたいのは、これから話すことは決して嘘でも冗談でもないということです」
「…………分かった」
エミリオはたまに人をからかう冗談を言うが、彼の真面目な表情を見て真実を話すのだと、それなりに長い付き合いから察した。
「まず、ここは――僕たちが住んでいた世界とは異なった世界です」
「……………………は?」
いきなり超弩級の戸惑いが思考を停止させた。
「……今何て言ったんだ?」
「ですから、ここは地球ではない異世界だと言ったんです」
どうやら聞き間違いではないようだが、と世廻はミッドにも視線を巡らせると、彼もまた真剣な眼差しで首肯した。
(異なった……世界? 異世界……だと? いや待て……どういうことだ?)
思考が定まらない。
これはやはり手の込んだ悪戯か冗談かもしれないと思ったが……。
「混乱するのは分かります。ですがそこの窓から空を見れば理解できるかと思います」
空? と首を傾げつつも、一応リーリラとは距離をさらに取りながらエミリオが指を差した窓へと近づき、目線だけをサッと窓の外へと向けて愕然とした。
青い空と白い雲。
それは別段、地球の空と何ら変わりはない。
だが確実におかしなものが存在している。
何故……山が空に浮かんでいるのだろうか……?
ここからどの程度離れているかは定かではないが、木々に覆われた楕円形の島というより山の形をした物体がプカプカと空中に漂っている。
しかも一つだけではなく、他にも遠目に幾つか同じような規模のものが浮かんでいるのを確認することができた。
いくら日進月歩の地球の科学力とはいえど、さすがに飛行機の何十倍もの規模の物体を飛遊させることには届いていないはずだ。
そんなことができていたなら、もっと話題にも上がっているだろう。しかしそのようなニュースを耳にした覚えなどない。
「……理解できましたか?」
後ろからエミリオの声が聞こえた。ずいぶん見入ってしまっていたようで、唖然として固まっていた世廻は、視線を浮かぶ山から仲間たちへと移す。
「言っておきますけど、CGとかじゃないですよ」
「それくらい見れば分かる。……だが異世界……か」
「まあ、信じられねえのも無理ねえよな。俺だって実際にこの目で見なきゃ信じられなかったしよぉ」
ミッドが大げさに肩を竦ませている。
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