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第二十九話

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「ヨーリ・ファウスト。我が国が誇る最高の技術者さ」

 つまりこの国の量産機や、あの《トリスタン》を生み出した母たる存在らしい。
 見た目は藤色のボサボサ頭を無理矢理後ろで二つに結っており、その身には白衣を纏っている。

 顔の上半分を覆うくらいに大きなグルグル眼鏡をし、頬にはそばかすがちらほら確認できた。
 遠目なのでハッキリしたことは分からないが、まだ若そうな印象を受ける。

 そんな彼女が何故叫んでいるのか……。

「あぁぁうぅぅ~、な、何でですぅ……! 早朝にちゃんと整備したですのにぃ、何で脚部ユニットにこんなダメージがぁ……特にアクチュエータが酷く破損してるんですけどぉ……」

 かなりショックを受けているようで、脚部の関節部分を見ながら涙を流している。

「うぅ……それにぃぃ……」

 今度はテトアが乗っていた《ドヴ》に視線を送るヨーリ。

「あっちは頭部と左右のアームが欠損……これもうどっちも一度分解しないとダメかもですぅ……はぁぁぁぁ~」

 とてつもなく長い溜め息を吐いている。
 やはり生みの親からしたら、子供のような機体を壊されて良い気はしないだろう。
 しかしテトアの機体の方はともかく、自分の方はダメージを負っていない自信があったのだが……。

「ヨーリ、どういうことか説明を求めるぞ。ウラシマの機体が傷ついているのか?」
「あ、はいです、陛下。いいえ、ダメージ具合でいえば、もしかするとウラシマさんの乗っていた機体の方が損傷度は激しいかもです」
「む? どういうことだ? 見たところ無傷のように見えるが」
「外見上は確かに、ですが。しかし内部損傷がえげつないですぅ」
「内部損傷?」
「正確なところはジックリ調べてみないとハッキリしないかもですが、恐らく全身の内部骨格に微細な亀裂が走っていますし、それが特に酷いのは脚部の関節部分ですぅ」

 彼女が言うには、機体に無理な動きを要求し過ぎたために多大な負荷がかかったとのこと。
 あれではもう満足に走ることすらできない。そんなことをすれば、足元から大破してしまうらしい。

「確かにウラシマの動きは常軌を逸していた。それこそ専用機でしか耐えられないような稼働を見せていたな」
「ですです。そうなんですよぉ、リューカ様ぁ」
「しかしよくもまあ量産機であのような多彩な動きができるものだと感心するが」
「考えられるのはですね、ウラシマ様の《マージ率》が異常に高いために起こった現象かと」

 聞き慣れない言葉が聞こえてきたので、世廻は「マージ?」とリューカを見ながら発言した。

「ああ、《マージ》とは別名《同心》といい、簡単にいえば《精霊人機》に搭載されている疑似精霊との統合率のことさ。簡単にいえば相性、だろうな。これが高ければ高いほど機体は性能を存分に発揮してくれる」
「ですです。しかしあなたと疑似精霊の相性が良過ぎたためか、激しく限界突破しちゃってるんですよねぇ。目算じゃ多分《レベル3》の後期くらいは出てたかと」
「そ、それは凄いな……確か計算では《ドヴ》は《レベル2》が限界だったのではないか?」

 この《マージ》というのは、レベルで区分けされているらしい。
 基本的に20%に届かなければ起動すら覚束ないという。

 その20%~40%を《レベル1》、41%~60%を《レベル2》、61%~80%を《レベル3》、80%から上を《レベル4》と設定されている。
 そして現状、《レベル3》以上は専用機のみ可能とされ、100%の状態を《パーフェクトマージ》と呼ぶのだそうだ。
 レベルが上がれば当然相応に性能は発揮されるが、量産機ではエネルギーの出力に機体が耐えられないのである。

「疑似精霊もあれだろ、一応『精霊幼女』の力を模したもんだよな。だからだな。セカイと相性が良いのは」
「そうでしょうね。幼女との相性は抜群ですから、我が隊長殿は」

 ミッドとエミリオが勝手なことを言っているが、世廻的には反論する理由はない。
 相性が良くて万々歳だからだ。

「どうも制御システムも、無理矢理解除モードになってるみたいですしぃ。これは技術者泣かせなパイロットですねぇ」

 とは言っているものの、何故かヨーリは楽し気に笑みを浮かべている。難題を前にいち技術者として興味を惹かれているのかもしれない。

「とくにかくこれでは下手に機体を操縦しない方が良いか。仕方ない、私が運ぶとするか」
「お願いしますです、リューカ様! あ、慎重にですよ! 特にウラシマさんが乗った機体は!」

 そんなに深刻なダメージを負っていたのか。
 感覚ではまだ一戦くらいできそうだったが、これでは《マージ率》が良いというのも考えものである。
 専用機を呼び出したリューカによって、《ドヴ》たちは格納庫へと運ばれていく。

「さて、ウラシマよ。そなたはこれからどうするのだ?」
「もう用がないのなら、このまま診療所に帰る」
「ん……そうか。できることなら余の配下として力を揮ってもらいたいのだが」
「……!」
「そなたほどの力があれば、この国の守護者として立派に立ってくれるはずだ」

 期待眼を向けてくるユーリアムだが、世廻は首を左右に振る。

「悪いが国なんてものに所属するつもりはない。オレは……オレたちは傭兵だ。信じるものは己の信念と金のみ」

 特に争いが関われば、という前提があってのことだが。
 すると今まで口を閉ざしていたクレオアが一歩前に出る。

「陛下直々の勧誘などそうはない。それに昨日の事件と、この模擬戦でお前の存在は他国にも知れ渡ることだろう。そうなればその身のみならず周りにも危険が及ぶやもしれんぞ?」
「……それは脅しか?」
「脅しなどではない。事実お前は自分のことを過小評価し過ぎだ。お前は今まで当たり前だった歴史を覆す存在なのだぞ。過激派の連中が手をこまねいているわけがない。だが陛下の配下になれば、他国の情報ももちろん量産機も与えてもらえるかもしれないぞ?」

 ……やはりコイツは食えない女だ。

 そう思いつつ内心で溜め息を吐き、自分に纏わりついているリィズたちを見る。
 世廻を手に入れようと、あるいは殺そうとするため、周りに手を出してくる可能性は極めて高い。
 守るためには力が必要になる。国が相手になるとしたら、当然同じ国家としての強さが。

「なら金を出せばいい。言ったはずだ。オレたちは傭兵だと」

 スッと世廻の後ろにミッドとエミリオが立つ。

「オレたちの力が欲しいなら、その能力を買えばいい。幸いなことに、今は手が空いているしな」

 それにそういう生き方しかできないのだから。
 しかし国のトップに対しての物言いに、下卑たものを感じたような表情を浮かべる女性は多い。

 クレオアやファローナなどの重鎮は何を思っているのか表情を一切変えていないが、他の兵たちの中には気分を害している者がいるみたいである。
 恐らく〝何様のつもりだ〟とでも思っているのだろう。

「むぅ、そうか。金銭での繋がりなどではなく、人と人との強い繋がりを得たいのだが」
「一つ忠告しておくと、傭兵相手にそんな感情を向けるのは止めておいた方が良い」
「ん?」
「傭兵ってのはどうしようもない連中の集まりだ。言ってみれば底辺のクズ。そんな輩を重宝すると国としての誇りが穢れるぞ」
「そ、そういうものなのか……?」
「当然だろう。金さえ与えれば喜々として戦争するような奴らばかりなんだからな」

 実際毛嫌いされて当然の商売である。

「しかし余はウラシマをそのような目では見れぬ。そなたが今までどのように生きてきたかは知らぬが、本当にどうしようもない人間ならば、そのように助言などせぬだろう?」

 ユーリアムが真っ直ぐに澄んだ瞳を向けてくる。
 それはまるで無垢な幼女たちと同等の輝きを感じさせた。

「…………はぁ。王なら安易な選択だけはするなよ。あんたを慕う者たちのためにも、な」
「うむ。肝に銘じておこう。だがそなたを配下にすることを諦めはせぬぞ」

 どうも子供だからなのか頑固なようだ。
 もし相手が幼女ならコロリと懐に転がってしまったかもしれないが、さすがに部下の命も背負っているのでおいそれと大切な選択肢を勢いで選んだりはしない。

「ではウラシマよ、此度は大儀であった。またいずれ呼びつけるやもしれぬが、その時は快く応じてくれたら嬉しい」

 ニコッと微笑むと、ユーリアムは護衛にクレオアを連れて城へと帰還していった。
 そしてその場に残ったファローナが、エリーゼへと近づく。

「エリーゼちゃん、無事で本当に良かったですよぉ」
「このような醜態を晒してしまい、誠に申し訳ございませんファローナ隊長」
「いいえ、あなたが無事だったのならそれが一番です。えっとぉ、ウラシマさん。改めまして、この子を助けて頂きありがとうございました」
「もう本人からも礼をされた。それでいい」

 憮然とした態度でそう言うと、ファローナは嬉しそうに破顔する。
 その笑顔は見る者を癒すような不思議な魅力があるような気がした。穏やかで、優し気な純朴な笑み。きっと普通の男なら、この表情だけで恋に落ちてしまうほどに。

「じゃあセカイ、俺たちも診療所に戻ろうぜ。もういいんだろ?」
「そうですね。ミッドの言う通り、そろそろリーリラ先生も助けが欲しいと嘆いているかもしれませんからね。あ~愛しのリーリラ先生、今すぐ私が行きますからねぇ!」

 軽くトリップ状態で足早に去って行くエミリオに対し世廻は呆れて肩を竦めると、そのまま懐かしき診療所へど戻っていく。
 だが世廻はこの時気づかなかった。

 数日後、再び戦場を駆けることになることを――。




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