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第三十話

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「何ともまあ、一夜にして歴史を変える人物になるとは。驚き過ぎてどうしていいか分からないよ」

 診療所に帰り、世廻は自分の身に起こったことを改めて皆に伝えた。
 やはりというか、リーリラはその話を聞いて疲れたような表情を浮かべている。
 成り行きだが拾って世話をすることになった異世界の住人が、まさかの稀少存在になるなどと思ってもみなかったのだろう。

「それで? 陛下に異世界から来たことは伝えたのかい?」
「いや、言ったところでどうしようもないしな。この話を知ってるのはここにいる者だけだ」

 リーリラ、リィズ、ロク、ストリの四人だけである。

「確かに異世界から来ましたなんて言っても、普通は一笑にふされてしまうだけか。ところで気になったことがあるのだけど」

 リーリラが言うには、世廻が《精霊人機》を動かせたのは、異世界人という理由も大きいのではと疑問を投げかけた。
 そこで調べてみたいと前に見せてくれた一枚のカードを取り出す。
 それに触れてとミッドとエミリオに言い、二人は言葉に従ってみたのだが……。

「ふむ。反応は無し、か」
「リーリラ先生、どういうことでしょうか?」

 世廻も思い浮かべた言葉だったが、先にエミリオが口にした。
 するとリーリラが、目一杯腕を伸ばしてカードを世廻の前に差し出してきたのだ。
 少し近いと思い若干引いてしまう。

「触れたくないのにすまないな。しかしどうかカードにだけ触れてみてほしい」

 皆の視線が〝空気を読め〟的な感じなので、世廻は意を決して歯を食いしばりながら恐る恐るカードに触れた。

 ――直後、カードが淡く発光したのである。

「これは《精霊力》の光。私の《精霊力》に呼応して、セカイくんの《精霊力》が反応しているんだよ」
「つまり……どういうことだ?」
「あなたはバカですかミッド。セカイの中には何故かこの世界の女性しか持っていないとされる《精霊力》があるということですよ」
「バカって言うなよ。あーつうことは俺たちにはそいつがねえから光らなかったってわけか」
「そうみたいですね。残念です。僕も《精霊人機》に乗ってみたかったのですが」

 世廻はカードから手を離し「ふぅ」と息を吐く。リーリラの手には触れていなかったが、それでも近かったことから少し緊張してしまっていたようだ。

「そういえばあのリューカもあんたと同じカードを持ってた。もしかしてあんたも《精霊人機》を呼び出せたりするのか?」

 だとするとどんな機体なのか興味がある。
 しかしリーリラは「ははは」と空笑いしながら首を左右に振った。

「残念ながら私にはその資格がないみたいなんだよ」
「資格が……ない? どういうことだ?」
「確かに専用機――唯一無二の《精霊人機》を持つことができるのは『精霊幼女』と契約した者だけ。しかし《宿主》が皆、《精霊人機》を創り出せるわけじゃないんだ」

 彼女は言う。契約にも段階というものがあると。
 第一段階は、『精霊幼女』と契約し彼女たちが持つ力を発言させられること。
 それはこの前見せてくれた治癒の力のことだと教えてくれた。

 そして第二段階が、《精霊人機》の創造である。
 これは言うなれば《宿主》の資質。つまりは才能に寄るところが大きいらしい。
 また契約して後天的に第二段階が発現するわけではなく、もし第二段階まで昇ることができる才があるのなら、契約した直後に二枚のカードが顕現するのだという。

 一枚には『精霊幼女』の絵が、もう一枚には《精霊人機》の絵がそれぞれ描かれている。

「なるほど。リーリラはリア……だったか、あの子と契約はできたが、一枚しかカードは出なかったというわけか」
「ん、そういうことだね」

 大げさに両手を挙げて肩を竦めるリーリラ。

「後天的に発現することは本当にないのですか?」
「そんな事例がないものでね。ただ何事も例外があるようだし……」

 エミリオに問いに対しそうリーリラは言いながら世廻を見て「可能性はあるかも、しれないね」とだけ言った。

「じゃあリィズたちも誰かと契約すれば、もしかしたら《精霊人機》を創り出せるかもしれないというわけか……ん? どうしたんだお前たち?」

 何故か世廻の言葉を受けてリィズたちは悲しげに顔を俯かせてしまった。
 何かマズイことでも言ったのかと思い、表情には出さないが内心ではかなり動揺してしまう。

 そこへ苦笑いを浮かべているリーリラが説明してくれることになった。

「実は彼女たちは……ちょっと特殊でね」

 世廻は「特殊?」と聞き返す。

「実はね、元々この子たちも王城に引き取られた『精霊幼女』だったんだよ」

 そもそも『精霊幼女』は稀少。
 先代の国王が遠征先でリィズたちを見つけて保護したのだそうだ。
 当然三人もの『精霊幼女』を入手できたことに国は喜んだが、そこで問題が発生した。

 リィズたちは誰とも契約できなかったのである。
 膨大な《精霊力》を持っていたリューカやクレオアにしても、リィズたちは一切反応を示さなかったという。

「たまにね存在するんだよ。契約する力のない『精霊幼女』がね。この子たちはある研究施設の地下で発見されてね、そこを先代が助けたのだけど……」

 言い難いことなのか、リーリラが険しい顔つきになる。
 そのまま彼女が口を開くまで待っていると、ようやく続きが発せられた。

「リィズたちは発見された当初、記憶を失っていたのだよ」
「!? き、記憶を……!」
「おいおい、マジかよ」
「どうも穏やかじゃなさそうですね、その施設。考えたくはありませんが、まさかその施設は表沙汰にできないような研究をしていた、とか?」
「察しが良いね、エミリオさん。その通り。そこは『精霊幼女』という存在を非合法な方法で解明しようとしていたらしい」
「非合法……だと?」

 思わず剣呑な口調になってしまう。

「まあ、あまり口にしたくない手段を用い実験したりしていたってことさ」
「そんな場所にリィズたちがっ……!」

 ギリッと歯を噛み鳴らす音が世廻の口内から響く。
 同時にリーリラが「うっ」と青褪めた表情で喉を詰まらせる。リィズたちも若干怯えてしまっている。

「セカイ、落ち着いてください。気持ちは分かりますが、ここで怒りを露わにしても意味はありませんよ。それにリィズたちもビックリしてますから」
「! ……悪い。リィズたちも……許してくれ」
「い、いいえ、その……セカイさんがあたしたちのために怒ってくれているのは分かりますから」
「そうなのだ! ちょっと怖かったけど……セカ兄だから大丈夫なのだ!」
「も、もうしゅこしでチビっちゃいそうだったぁ……っ」

 前の二人はまだ良かったが、ストリは危ないところだったようである。
 本当に悪いことをした。今度美味いものでもご馳走しよう。

「リーリラ先生、リィズたちには施設にいた時の記憶がないのですね?」
「そうだよ、エミリオさん。多分いろんな実験を繰り返された結果そうなったんだろうね。そしてその後遺症か……」
「契約もできなくなった、か」

 やはり怒りが込み上げてくる。
 どうしてこんな無垢な子たちを記憶が失ってしまうようなことができるのか甚だ納得できない。
 もし目の前にそこにいた研究員がいれば、生きていることを後悔させてやるものを。

「そしてリィズたちは、保護されたものの戦力として期待できないということで、先代はせめて静かに暮らせる場を提供し私に預けたというわけさ」

 なるほど。それで合点がいった。
 世廻はこの世界の在り様を聞き、『精霊幼女』がどれだけ重要視されるか理解した。

 なのにリィズたち三人もの『精霊幼女』が、軍に配属されておらず、言い方は悪いが才能の無駄遣いになりそうな診療所で働いているのか疑問だったのである。
 普通ならリューカのように、戦場を駆け回っていてもおかしくないのだから。

(そういう理由があるなら……納得だな)

 ただ『精霊幼女』としての価値は最低なものらしく、事情を知っている兵士たちの中には、リィズたちを役立たずとして見る者もいるとリーリラは言う。

(! なるほど。オレがリューカ・ウォーグレイと初めて会った時、この子たちがアイツに対してよそよそしかったのはそういう事情があったからか)

 ようやくあの時の違和感が腑に落ちた。

「あたしたちは……欠陥品なんです」

 そう言いながら寂しげに下を向くリィズに世廻は言葉をかける。

「リィズたちはリィズたちだ。欠陥品なんかじゃない」
「……でも」

 捨てられた子犬のような上目遣いで見つめてくる。このままでは泣きそうだと思ったので、自分にできることは何か考えた時、無意識に彼女の頭を撫でていた。

「少なくともここにいるオレらはリィズたちを役立たずだとか欠陥品だとは思わない。お前たちは無邪気で可愛い女の子だ」
「っ……セカ……イさんっ……!」
「セカ兄……っ!」
「お兄ちゃぁん……!」

 感極まった様子で三人が抱き着いてくる。自分も頭を撫でろと言わんばかりに他の二人がグリグリと頭を押し付けてきたので、リィズと同じように撫でてやった。

「やれやれ、保護者としての面目を奪われた気分だよ」
「ははは、セカイは良くも悪くも裏表がありませんからね。だからこそ子供に好かれるんでしょうが。でもリーリラ先生も立派に親をやってらっしゃると思いますよ」
「おいおい、そこはせめて姉くらいにしてほしい。まだこれほど大きな子供を持つような年齢でもないしね」
「ふむ。では血の繋がった子供を僕と一緒に――」
「下ネタはそこまでだ色ボケ野郎」
「い、痛い! 髪の毛を引っ張らないでくださいよミッドォ!」

 そんな二人に対し、リーリラもさすがに慣れてきたのか楽しそうに笑っていた。


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