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第三十一話
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ここは廃墟となった教会。
天井や壁のそこかしこに穴が開き陽光が射し込んでくる。大理石のような立派で美しかったであろう柱や床も、燃えたように焦げたり壊れていた。
また突き当たりに置かれた祭壇は半ばから折れるようにして亀裂が入っている。
その上部に設置されているステンドグラスも無残に砕けており、さらにその上に飾られている聖母の絵がどことなく物寂しそうに微笑んでいた。
そんな教会の祭壇の前で、二人の人物が顔を突き合わせている。
「なるほど。そうしてむざむざ失敗して戻って来たわけね」
先に口火を切ったのは喪服のように真っ黒な衣装で身を包んだ女性である。
腰にまで真っ直ぐ伸びた銀の髪は、陽射しを浴びてキラキラと輝く。
「フン、それは確かだけどね。事前情報が間違ってたんだからしょうがないじゃないか」
不貞腐れたように発言するのは、先日【アディーン王国】に攻め入って《トリスタン》の奪取を試みたフリーダだった。
「そうは言うけれど、男のパイロットが現れ、しかもその腕は専用機持ちと比べても遜色がなく、そのせいで任務が失敗したと世迷い事を言われてもね」
「だから世迷い事じゃないって言ってるだろっ!」
フリーダは包帯で右目を覆い、骨折したのか同じように包帯で左腕を支えていた。
「……まあ確かに言い訳にしては突拍子も無さ過ぎではあるけれど」
「あんな奴がいるなんて情報があったら、もっと違う策を練ってたさ」
悔しげに歯を食いしばるフリーダの様子を見て、黒づくめの女性はスッと目を細める。
「それにしてもあなたほどの実力者を圧倒するパイロット……ね。男かどうかなんてよりも、【アディーン】にまだそんな隠し玉がいたのは確かに情報不足だったわね」
「エリーゼっていう女みたいな名前の奴さ」
「エリーゼ……ね。こちらの調べだとエリーゼっていう兵士は確かにいるらしいけれど、新人だし女性とのこと。……やっぱり気のせいなのではなくて?」
「声が男だった」
「そういう低音ボイスの持ち主ではないの? 顔を見たわけではないのでしょう?」
「それは……そうだけどね」
そう言われれば、その可能性も……と、フリーダは唸ってしまう。
「ていうかリューカ・ウォーグレイだけなら何とかなった。事実、あのエリーゼが来るまではこっちが優勢だったんだ」
「でも結局追い詰められせっかくに手に入れた機体を自爆させることになったのね」
「うぐ……!」
「ギリギリで脱出ポットで離脱したはいいものの、爆発の影響が想像以上で国外まで大きく飛ばされその状態になった、と」
「わっかりやすい説明ありがとね! ケンカ売ってんのかい?」
「そんな暑苦しいもの売るわけないわ。……でも情報は得たのでしょう」
「ああ、ここにデータを入れてある」
そう言ってフリーダが懐から取り出したのは、コネクタのような接続用端子部品がついた水晶のような光沢を持つ細長い物体だった。
「自爆する前に《トリスタン》のデータだけはこの《メモリタル》に吸い上げておいた」
「最低限ギリギリのレベルまではどうにかこうにかこなしたというわけね」
「っ……やっぱケンカ売ってんだろ!」
「冗談よ。最新鋭機の情報が手に入ったならそれでいいわ。あとは分析して開発するだけだし」
そこへフリーダが、「ほら」と《メモリタル》を投げ渡した。
「ん? どういうこと?」
「それはアンタが持ち帰りな。アタシがまだ用があってね」
「……もしかして例の世迷い事に関して?」
「だから……っ、まあいい。そうさ! エリーゼ、それにアタシを侮辱したリューカ、奴らにはたっぷりと借りがあるんでね」
「一人で国に乗り込むの?」
その問いにフリーダがバツの悪そうな表情を浮かべる。
「呆れた。何も考えていないのね」
「うっさいね。手段はこれから考えるさ」
すると黒づくめの女性が含みのある笑みを浮かべる。
「ならちょうどいいからこの子を使ってみる?」
「あ?」
「出てきなさい」
女性の言葉の直後、柱の影から静かに姿を見せた――一人の幼女。
魔女っ子のような風貌をしているが、その瞳には何も映していないかのように光が失われていた。
「!? ……気づかなかった。いや、それよりもそいつはまさか……!」
「ふふ、その通りよ。コレの能力は知っているでしょう? 使い捨てだけれどあなたに貸してあげるわ。それと――」
女性が二つ折りになった一枚の紙をフリーダに投げ渡した。
「そこにはこれから一週間、【アディーン王国】の軍が行う行事予定が書かれてるわ。都合の良いことに、あなたが執念をぶつける二人がともに外出する機会もあるみたいよ」
「いいねぇ。こいつは百人力じゃないか」
その内容に獰猛な眼差しになるフリーダは、大きく高笑いをし始めた。
天井や壁のそこかしこに穴が開き陽光が射し込んでくる。大理石のような立派で美しかったであろう柱や床も、燃えたように焦げたり壊れていた。
また突き当たりに置かれた祭壇は半ばから折れるようにして亀裂が入っている。
その上部に設置されているステンドグラスも無残に砕けており、さらにその上に飾られている聖母の絵がどことなく物寂しそうに微笑んでいた。
そんな教会の祭壇の前で、二人の人物が顔を突き合わせている。
「なるほど。そうしてむざむざ失敗して戻って来たわけね」
先に口火を切ったのは喪服のように真っ黒な衣装で身を包んだ女性である。
腰にまで真っ直ぐ伸びた銀の髪は、陽射しを浴びてキラキラと輝く。
「フン、それは確かだけどね。事前情報が間違ってたんだからしょうがないじゃないか」
不貞腐れたように発言するのは、先日【アディーン王国】に攻め入って《トリスタン》の奪取を試みたフリーダだった。
「そうは言うけれど、男のパイロットが現れ、しかもその腕は専用機持ちと比べても遜色がなく、そのせいで任務が失敗したと世迷い事を言われてもね」
「だから世迷い事じゃないって言ってるだろっ!」
フリーダは包帯で右目を覆い、骨折したのか同じように包帯で左腕を支えていた。
「……まあ確かに言い訳にしては突拍子も無さ過ぎではあるけれど」
「あんな奴がいるなんて情報があったら、もっと違う策を練ってたさ」
悔しげに歯を食いしばるフリーダの様子を見て、黒づくめの女性はスッと目を細める。
「それにしてもあなたほどの実力者を圧倒するパイロット……ね。男かどうかなんてよりも、【アディーン】にまだそんな隠し玉がいたのは確かに情報不足だったわね」
「エリーゼっていう女みたいな名前の奴さ」
「エリーゼ……ね。こちらの調べだとエリーゼっていう兵士は確かにいるらしいけれど、新人だし女性とのこと。……やっぱり気のせいなのではなくて?」
「声が男だった」
「そういう低音ボイスの持ち主ではないの? 顔を見たわけではないのでしょう?」
「それは……そうだけどね」
そう言われれば、その可能性も……と、フリーダは唸ってしまう。
「ていうかリューカ・ウォーグレイだけなら何とかなった。事実、あのエリーゼが来るまではこっちが優勢だったんだ」
「でも結局追い詰められせっかくに手に入れた機体を自爆させることになったのね」
「うぐ……!」
「ギリギリで脱出ポットで離脱したはいいものの、爆発の影響が想像以上で国外まで大きく飛ばされその状態になった、と」
「わっかりやすい説明ありがとね! ケンカ売ってんのかい?」
「そんな暑苦しいもの売るわけないわ。……でも情報は得たのでしょう」
「ああ、ここにデータを入れてある」
そう言ってフリーダが懐から取り出したのは、コネクタのような接続用端子部品がついた水晶のような光沢を持つ細長い物体だった。
「自爆する前に《トリスタン》のデータだけはこの《メモリタル》に吸い上げておいた」
「最低限ギリギリのレベルまではどうにかこうにかこなしたというわけね」
「っ……やっぱケンカ売ってんだろ!」
「冗談よ。最新鋭機の情報が手に入ったならそれでいいわ。あとは分析して開発するだけだし」
そこへフリーダが、「ほら」と《メモリタル》を投げ渡した。
「ん? どういうこと?」
「それはアンタが持ち帰りな。アタシがまだ用があってね」
「……もしかして例の世迷い事に関して?」
「だから……っ、まあいい。そうさ! エリーゼ、それにアタシを侮辱したリューカ、奴らにはたっぷりと借りがあるんでね」
「一人で国に乗り込むの?」
その問いにフリーダがバツの悪そうな表情を浮かべる。
「呆れた。何も考えていないのね」
「うっさいね。手段はこれから考えるさ」
すると黒づくめの女性が含みのある笑みを浮かべる。
「ならちょうどいいからこの子を使ってみる?」
「あ?」
「出てきなさい」
女性の言葉の直後、柱の影から静かに姿を見せた――一人の幼女。
魔女っ子のような風貌をしているが、その瞳には何も映していないかのように光が失われていた。
「!? ……気づかなかった。いや、それよりもそいつはまさか……!」
「ふふ、その通りよ。コレの能力は知っているでしょう? 使い捨てだけれどあなたに貸してあげるわ。それと――」
女性が二つ折りになった一枚の紙をフリーダに投げ渡した。
「そこにはこれから一週間、【アディーン王国】の軍が行う行事予定が書かれてるわ。都合の良いことに、あなたが執念をぶつける二人がともに外出する機会もあるみたいよ」
「いいねぇ。こいつは百人力じゃないか」
その内容に獰猛な眼差しになるフリーダは、大きく高笑いをし始めた。
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