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 ――数日後。

 比較的自由に行動することは許されていたこともあり、オレは何もせずにただ日々をぼんやりと過ごすのはどうかと思ったので、何かできないかと仕事を訪ね回った。

 そして身体も動かせるということで、薪割りや調練場の整備などを手伝うことにしたのである。
 そうしてほんの少しだけだが、異世界生活に慣れていった頃、調練場にて数人の兵士相手に模擬戦をしている矢垣を発見した。

 互いに剣や槍などを所持し、緊張感が漂う中、槍を持った兵士の一人が矢垣へと突っ込む。
 矢垣は不敵な笑みを浮かべると、持っていた剣で槍を受け流し、相手の懐に入ると足を引っかけて転倒させた。
 残り二人も勢いよく矢垣へと突っ込むが、

「我、願う。女神イーヴェキュアよ、か弱き子らに蒼天の欠片を与え給え。その光の名は拘束の茨――《ソーン・バインド》!」

 矢垣が詠唱した直後、彼が右の手首に嵌めている腕輪が輝く。同時に兵士たちの足元から光輝く茨が伸び出てきて彼らに巻き付いて身動きを奪った。
 そんな二人に近づき当て身をして気絶させる矢垣。
 三人の兵士たちを瞬殺した手腕を見て、周りの兵士たちから歓声と拍手が起きる。

 へぇ、やるもんだな。もう法術も使いこなせてるみたいだし。

 彼の手首に見える腕輪こそ、その法術を扱うために必要な媒体である。その腕輪自体というよりは、そこに嵌め込まれている〝石〟が力を生み出すのだ。

 その石の名こそ《マナコア》と呼ばれる鉱石である。
 体内に潜在する法力を《マナコア》に注ぎ込むことで、法術の発動体として力を発揮してくれるのだ。
 その効果は様々で、光を操作したり光そのものを生み出したり、光を物質化することもできる。

 玉座の間で王女が見せた法術もまた、指輪に嵌め込まれた《マナコア》によって光を物質化した結果、翼として顕現させ空を飛び回る効果を得たのだ。
 また扱えるのは光だけでなく、時間や空間などにも干渉することが可能であり、伝説となっている『法術師』と呼ばれる者は、時を止めたり空間転移などを行ったという記述もある。

 時間と空間を操作するのは熟練度が必要となり、法術師の登竜門はやはり光の操作となってくるのだ。
 それでも数日前は剣すら持ったことのなかった矢垣だったのに、彼の担当教官が舌を巻くほどの成長の早さで技や術を習得していったのだという。
 やはり出来が違う、ということなのだろうか。

 見れば王女も見物しに来ていたようで、彼女に気づいた矢垣は満面の笑顔で駆け寄っていく。
 しかしそんな王女の背後から現れた銀髪の男性がいて、驚くことに王女の肩を抱いて笑ったのだ。
 王女もまたその男性を見て優しげに微笑む。さらに言うなら若干頬が紅潮している。

 あー、そういう関係なんだな。

 すぐにその二人が友人よりも親しい関係だと分かり、さすがは王族、美男美女のカップルだなと思っていると、ふと気になったのは矢垣だった。
 彼はまるで幽霊でも見たかのような驚きで二人を凝視し、すぐに悔しげに歯を食いしばると踵を返して調練へと戻っていく。

「アイツってば、やっぱ王女のことが好きだったんだね。気の毒に」

 あんなモテる奴でも失恋することがあるらしい。
 まあアイツならその気になったらほとんどの女性を落とせるだろうから、モテないオレみたいな連中よりはずいぶんマシのような気もするが……。

 珍しいものを見たと思い、オレは仕事へと戻って行く。
 そしてその日の夜、月が綺麗だということで、日本で見る何倍も大きな満月を拝むために少し外出しようと部屋を出て通路を歩いていた時だ。

「あ、あの……困ります!」

 不意に横脇の通路の奥から女性の声が聞こえてきた。

「いいじゃないか。君だって好きだろう、こういうの?」

 ……は? この声は……。

 聞き覚えのある少年の声がした。

「わ、私には好きな方が! ですからどうかご勘弁を!」
「っ! ……いいからさ、僕の言うことを聞きなよ。僕はこの世界に選ばれた『御使い』だよ? 僕の機嫌を損ねて力を貸さないって言ったら『人族』が危機に晒される。分かるよね?」
「そ、それは……」
「なぁに、こう見えても女性を気持ちよくさせる術は心得ているつもりだよ。きっと君も虜になるさ。さあ……僕の部屋へ」
「そ、それだけはご勘弁を! どうかお願いします!」
「ちっ、大きな声を出すな! これ以上僕の言うことに従わなかったら――」
「――――――――どうなるっていうのかな?」
「「!?」」

 さすがに黙って見ていられず、オレは二人に近づいて声をかけた。
 薄暗い通路にいたのは、この城で働く侍女と――矢垣だった。
 侍女はオレの姿を見てハッとすると、隙を見てその場を離れていく。
 オレはそれを見届けたあとに、矢垣に注意する。

「あのね、無理矢理ってのは止めなさいよ」
「っ……何のことだい? 今のはそういうプレイだったんだよ」
「プレイ……ねぇ」

 その割には明らかに声音に恐怖が混じっていたし、泣きそうな顔だってしていて……。
 そこでハッと思い出した光景があった。
 それはこの世界に召喚される少し前に経験した出来事である。
 あの時も着衣が乱れた女子生徒が、侍女のような感じで去っていったのだ。

「お前……まさか」
「まさか? 何かな? もしかして僻みかい? それはよしてくれよ。女性にモテたいなら、その根暗な見た目と性格を何とかした方が良いと思うよ。これは同じ学園に通う者としての助言さ」
「……クラスメイトなんだけどね」
「え……あ、あー……そうだね。そうだったそうだった、思い出したよ。確か……そう、ウミハラくんだったかな」

 嘘つけ。この野郎。さっそく覚え間違いしてるじゃないの。

 というかコイツの本性がこんな女好きだったとは知らなかった。
 しかも脅してまで行為に臨もうとするとほどとは……。

「とにかく犯罪を犯すのは止めといた方が良いぞ。せっかくの立場が悪くなっちゃうしね」
「……はあ?」
「どうせあれでしょ? 昼間、王女が男と睦まじくしてた事実を知って自棄になってるんじゃないの?」
「~~~~っ!」

 図星なのか、それまで見せたことのないほど真っ赤な顔をしてギョッとする矢垣。

「モテるお前さんならいくらでもチャンスはあるだろうし、この悔しさを次に――」
「――うるさいな、お前」

 その瞬間、背筋も凍るくらいに鋭い目つきで睨みつけられた。

 この目……あの時と同じ……!

 それもまた召喚される少し前のことだ。女子生徒が去り、そのあとにコイツがオレと遭遇した時の視線。あの殺意にも似たような、普段の爽やかイケメンとはかけ離れた眼差し。

「お前みたいな底辺の存在が、僕に説教とか何様のつもりだ?」

 言うに事欠いて底辺ときたか……。

「状況から僕が巻き込んでしまった形になった一般人。何も持たない憐れな存在。だからせめて静かにここで生活させてやろうと思ってたけどね。けど見られたからには放ってはおけないな」
「ん? お前、一体何を言って……」

 すると目の前から奴の姿が消えた。

「え……はがっ!?」

 後ろから後頭部を殴られ、その衝撃でオレは意識を失ってしまった。



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