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「…………っ、ぅ……ぁ……!」

 意識が覚醒する。
 重い瞼をおもむろに開けると、すぐそこには赤い絨毯が敷き詰められた床があった。

「いっつ!?」

 後頭部に痛みが走り、思わず顔をしかめてしまう。
 オレは咄嗟に右手で頭を擦ろうとするが、自分が何かを握っていることに気づく。

「……何だ?」

 持っている感じは無機質で固い。握りやすいものではあるが、オレはソレを見てギョッとする。
 何故ならオレの右手にあったのが――――――ナイフだったからだ。

 ――ポタ……ポタ……。

 よく見ればナイフの刀身が赤く染まり、その先端から雫が零れ落ちていた。
 さらに自分が寝そべっていたところを改めて見る。

 ……いや、これは……絨毯じゃ……ない?

 赤い絨毯だと思っていたソレは、まったく違ったものだった。
 左手で恐る恐る触れてみる。

 ――ぬるぅ……。

 それは粘り気のある液体。真っ赤な――血液だった。

「な……んでっ……!?」

 さらに自分が倒れていた少し前に、何かが横たわっていることも知る。
 明らかに人間だ。さらに言うならば、この床に流れ出ている夥しい血液が、その人間から出ていることも理解した。

「きゃあぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 不意に背後から耳をつんざくような悲鳴が聞こえる。
 振り向くと、そこには王女――ラランが立っていた。

 絶望を露わにするかのような表情を浮かべ大きく目を見開いている。
 いまだ困惑中のオレだったが、血を流して倒れている人物とナイフを持っているオレという図式を改めて解すると、明らかに立場が不利だと知った。

「ち、違うっ! これはオレがやったんじゃないっ!」

 咄嗟にナイフを投げ捨て両手を上げて弁明しようとするが、そこへ駆けつけたのが矢垣だ。

「ララン様、一体どうされた……って、これは!?」

 現状を見て大げさに驚愕する矢垣。そしてオレを睨みつけながら、腰に携えている剣を抜く。

「君、何かクライド様に何か恨みでもあったのか! 何故殺したっ!」
「な、何を……?」

 兵士たちから聞いたが、クライドといえば、目の前にいるララン王女の婚約者の名前だ。
 あの調練場でララン王女と仲睦まじくしていた男である。

 確認するために振り向いて、俯せで倒れている人物を見ると、確かにクライドと呼ばれた男だった。目を開いて一点をただただ見つめているが、だらしなく口を開けながら身動き一つしない。

 明らかに寝ているとは思えない。いや、死んでいる……のか?

 そこへ衛兵たちも駆けつけ、直後に王女がフッと意識を失って倒れる。あわや崩れ落ちるといったところで矢垣が優しく抱きかかえた。

「姫様っ、お気を確かに!」

 矢垣の叫び声を聞いて、その場がいっきにざわつき始める。
 すると「何事だ?」という声とともに現れたのがヴィクス王だ。
 彼は現場を見て驚きを露わにするが、すぐに険しい顔つきをして冷静さを取り戻すと、

「あの者を捕らえよ!」

 と、オレに対し捕縛命令を出した。

 反射的に逃げなければと思ってしまう。このまま捕まれば、なし崩し的に犯人にされてしまうと思ったからだ。
 しかし逃げようにも、どこに行けばいいか分からない。
 ここはクライドの部屋なのか、ランプ一つで照らされた空間は、周囲を観察するには困難だった。

 それでも視線の先にはテラスへと通じる大きな窓を確認でき、こうなったらそこへ飛び出すしかないと判断し動こうとする――が、

「ぐっ!? こ、これは――っ!?」

 足元から伸びた光の茨によってオレは身動きを奪われていた。
 見ると矢垣が法術を使っているせいだということが分かる。

「逃がすか、この人殺しめ!」
「矢垣っ……お前っ!?」

 敵意を込めてこちらを睨みつけてきたが、誰にも分からないように……いや、オレにだけ分かるような笑みを浮かべてみせる。
 まるでしてやったりといった感じの、だ。
 そこでようやく自分が気絶する前に何がったのかを思い出した。

 そして、コレがコイツが仕組んだ罠だと察する。
 オレはすぐに衛兵たちに囲まれ拘束された。

 そしてそのまま強制的に地下牢へと連行され、冷たい檻の中に放り込まれてしまう。

「沙汰は追って下す。それまで大人しくしていろ」

 ここまでついてきたヴィクス王から冷たく言い放たれる。

「ま、待ってくれ! オレは無実だ! 誰も殺してなんかいないっ!」

 何度も何度も呼び止めようとするが、王はそのまま振り返らずに去っていく。
 しまいには牢屋番に「うるさい」と、檻の隙間から棒で突かれ吹き飛ばされてしまう。
 それでも話を聞いてほしいと声を嗄らすが、一切耳を貸してくれない。

 一日、二日、三日……と時間が過ぎ、僅かばかりの飯と水だけの生活が続いたせいか、オレは叫ぶ力すらなくなっていた。
 そこへようやく牢の扉が開き、兵士に拘束されたままある場所へと連行されていく。

 連れてこられたのは玉座の間である。
 そこには多くの兵や、ヴィクス王やララン王女、国の重役、加えて矢垣の姿もあった。
 全員が全員、オレに敵意と殺意を漲らせた視線をぶつけている。

 特に王女の、憎しみに満ち満ちた視線は鋭く、オレの心に深く突き刺さっていた。
 やはり誰もがオレの仕業だと思っているようだ。
 オレは武装した兵士たちに囲まれ、両膝をつかされている。


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