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「でもさ、その“七色の魔本”って人が持ってるとは限らねえんだろ?」
「ああ、そもそも私だって魔本を手に入れたのは偶然だ。たまたま遠征に出ていた先で倒したモンスターが、その腹の中に魔本を隠し持っていただけ。それを私が手に入れたのだからな」

 そう、彼女は元々生まれつき“青の魔本”を持っていたわけじゃない。この世界にいる凶暴なモンスターが所持している可能性だってあり、他にも深いダンジョンの奥底で眠っていたという話も聞く。
 つまり手に入れるには世界中を回る必要があるということ。

「今って、クーアイの他に“七色の魔本”を持ってる奴……ああ、じゃなくて、本の在り処ってどんだけ分かってんの?」
「確実にあると目されているのは【キューヴェル王国】の国王  ジヴァン・ブル・キューヴェルの手中だな」
「確証が?」
「ああ、一年ほど前に行われた【キューヴェル】と【スタッダート】という国が戦争した時に、ジヴァン王が“紫の魔本”を使用した」
「へぇ」

 そんじゃ一冊の所在地は判明してるってわけか。

「ただ、その戦争は酷いものだった」
「酷い? 何が?」
「ジヴァンが魔本の力を使った時に、敵味方構わず多くの死者を出した」
「おいおい、無差別にか?」
「そうだ。私も視察任務で見に行ったが、あの力は異常だった……」
「そんなに? だってお前だって“青の魔本”の持ち主だろ?」

 彼女が首を左右に振る。

「私は確かに“青の魔本”の所持者だが、まだ使いこなせてはいない。所持してから一年ほどくらいだしな」

 あ、そうなんだ。結構ビギナークラスってわけだ。

「だが、ジヴァン王はその魔本と十年以上向き合ってきていると言われている。経験がまるで違う。魔本は武器だ。経験を積めば積むほど強くなっていく。私はジヴァン王に比べるとまだ新米に等しい。彼の扱う魔本の力を見てそれを痛感させられたよ」
「け、けど敵味方関係無く被害を受ける力ならいらねえんじゃねえの?」

 オレだったらいらない。そんな後味の悪い代物なんか。

「そうだな……だが私は、モルニエ様の願いが叶うのなら、たとえ誰をこの手にかけようと耐えてみせる」

 おいおい……マジかよ……。どんな覚悟してんだよコイツ……!

 そこまで決意させるのには相当な理由があるはず。

「なあ、何でそこまでお前ってモルニエさんに望みを叶えてほしいんだ?」
「だから、モルニエ様と呼べと言っているだろうが。……ったく、私がモルニエ様に仕える理由を聞きたいのか?」
「うん、まあ」
「わ、わたしもお聞きしたいでしゅ!」

 今まで口を開かなかったニナも興味があるようだ。言葉は噛んでたけど。

「そうか……。私は元々モルニエ様の一族とは、家族としての繋がりがあったのだ。親戚……といってもいいだろう」

 へぇ~つまりこの美少女の血は遺伝だということか。つまりは彼女たちの周りは美女ばかりだということ。これは予想外においしい国主に仕えることができたのかもしれない。

「幼い頃から【ラードック】の国王を支える騎士になるべく育てられてきた。だがそこに疑問を持たなかったわけじゃない。私も人生を選ぶ権利があるのではないかと……な」

 そりゃそうだ。敷かれたレールの上を進むのは楽だろうけど、それは本当に自分の人生を生きているって言えるのか……そういう疑問を持つのは普通の感覚だろう。

「だが幼い頃から一緒に育ってきたモルニエ様だ。私は彼女が本当に支えるべき価値のある人物なのかを見極めようとした。幼心にな」
「ふぅん、それで?」
「まだ私たちが子供の頃、彼女が賊に攫われる事件が起きた。私は彼女の傍にいたというのに守れず、情けないことに大人の力に恐怖さえ覚えて震えてしまっていた」

 子供なのだから仕方がないといえばそれまでかもしれない。だってそれが普通だから。

「結局、私の母たちがモルニエ様を救って下さった。その場に私もいたのだが、血塗れに倒れる賊の中に立つ彼女を……私は一生忘れはしないだろう。一欠けらも怯える様子を見せず、凛とした佇まい。返り血まで浴びているのに、毅然としたまま我が母にかけた言葉が『大義だった』だぞ? 子供が言える言葉か?」

 いや、そんな奴はもう子供じゃないんじゃ……。少なくともオレは即座に土下座をしそうになるな。

「しっかりした足取りで私のもとへ歩き、ニッコリの微笑んで下さった。そして『次は期待してるわよ』とお声まで……身体の心から打ち震えたよ。これが    王。私が支える王なのだとな」
「ひゃ~、とんでもねえなモルニエさんは」
「だからモルニエ様と呼べ。しかし、お前の言う通り、モルニエ様は我が身命にかけて守る価値のあるお方だ。お前も仕えられることに感謝しろ」

 どうやら彼女はモルニエの信者と化しているようだ。モルニエの持つ器の広さに惚れたといったところだろう。オレにはあのドS女王の外面しかまだ分からないが、それでもクーアイが惚れこむということは、やはりそれなりなものを持っているということ。

 あの歳でとんでもねえお嬢様なこって……。思わず身震いするわ。

 ニナもお伽噺でも聞いたように目を丸くして「しゅ、しゅごいでしゅぅ~」と噛んでることも気づかずに声を漏らしている。


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