28 / 258
27
しおりを挟む
麗らかな春の温もりと風が、少し開け放たれた窓から教室へとやってくる。その優しさに包まれていると眠気が襲ってくるのは必然だ。
特に五時間目という、腹が満たされた状態だとより顕著になるだろう。それに加えて、淡々とした先生の授業が子守歌のように思えて意識が途切れ途切れになってくる。
今、布団の中で眠ることができたらきっと幸せだろう。そんなことを思った学生はこれまで数知れないはず。
しかし次の瞬間、頭に何かが当たる感触があった。
一度目は気のせいかと思ったが、続けて二度三度と繰り返されるので、これは明らかに人為的なものだろう判断し確認すると、そこには不敵な笑みを浮かべる銀河の姿があった。
銀河は沖長の席から左斜め後ろの席であり、一つ列を挟んでいるのもかかわらず、どうやら器用に消しゴムの欠片を飛ばしてきていた。
こういうのは相手にしない方が良いと無視する。しかしそれでも銀河は手を止めることなく消しゴム攻撃を繰り出してきた。
(まったく……ガキかよアイツは)
転生者なんだから、そんなくだらないことをするなと言いたいが、それを言えばこちらも同じ穴の狢だと言っているようなものなので我慢だ。
消しゴムがなくなれば諦めるだろうと思ってチラッと銀河の方を見ると、カバンの中から新しい消しゴムを取り出して千切り出した。
(うっそぉ……)
わざわざ新品まで取り出してまた弾を補充するとは、そこまでするのは逆に感嘆ものだった。しかし悪いことはいずれバレるとはよく言ったもので……。
「――金剛寺くん?」
いつの間にか彼の目の前に立っていた先生に声をかけられビクッとして、ゆっくりと顔を上げて先生の顔を見る銀河。
「授業中はちゃ~んとお勉強に集中しましょうね?」
丁寧な口調ではあるが、その雰囲気はどこか物言わせぬ気迫があった。
「うっ……お、俺はちゃんと勉強してるし、この程度の授業なんて退屈でしかないんだよ!」
それを言うかと心の中で呆れていると、先生の額に青筋が走った。
「ふぅん……そっかそっかぁ。金剛寺くんにはお勉強は必要ないってことかぁ」
「そうだ! 俺は天才だしな! 小学生の勉強なんてとっくに終わらせてる!」
それは転生者だからだろう。そんなに胸を張って自慢することではない。
「へぇ…………これは本当に金剛寺さんが言ってた子のようね」
ボソッと言ったので、周りには聞こえていないかもしれないが、例の如く耳の良い沖長には先生が何を言ったか分かっていた。
(金剛寺さんが言ってた? ああ、もしかしてアイツの姉のことかな?)
先生がどこか納得気な表情なのは、銀河の態度に驚いていないこと。つまり予測されていたからこその平静さなのだろう。そしてその情報の出所は、銀河の姉。
「じゃあここでお勉強しても意味ないんだね?」
「もちろんだ! これでも高校受験を控えてたからな!」
「……はい?」
「ん? ……! あ、いや、今のはその……じょ、冗談だ!」
さすがに自分が墓穴を掘ったことに気づいたようで、銀河が焦りを見せる。
どうやら彼も堂々と自分が転生したことを周囲に教えるつもりはないようだ。
(それにしても高校生だったのかよ。しかも受験生。だったら猶更痛過ぎだろ)
受験生ともなれば、それなりに精神が熟達していてもおかしくはない。なのにもかかわらずあの言動。もしかしたら肉体に精神が引っ張られている状態なのか。
(まあ確かに俺も、どこか感情的になった自覚はあるけど)
子供は感情に素直で、コントロールが上手くできないものだ。それを様々な経験の中で学び成長させていくのである。
肉体的にも精神的にも未熟な子供という器に生まれ変わったことで、記憶や知識はあるものの、子供の肉体に合わせて精神が退行している可能性は否めない。
(だとしても赤髪や金剛寺はガキっぽ過ぎだけどなぁ)
とても元高校生以上とは思えない。自分で自分を律し、自制心を強く持とうと心掛けている沖長と、欲望のままに生きている彼らとでは、退行するにしても、その度合いは違うのかもしれない。
「よく分からないことまで言って。こうなったらそうねぇ。賢~い金剛寺くんには、別のお勉強が必要みたいね」
「べ、別のだと?」
すると先生はニッコリと口角を上げると、その言葉を口にする。
「君のお姉さんとのマンツーマン授業よ」
「んなぁっ!? ど、どっどどどどどういうことだそれはぁっ!?」
明らかに動揺する銀河。顔は真っ青で汗も溢れ出ている。それだけで彼にとって姉の存在がどれだけ強いものか理解できる。
「君のお姉さんがね、君が授業の邪魔をしたらそう言ってほしいって頼まれてたのよ」
「っ…………!?」
言葉が出ない様子だ。まさに驚天動地といったところ。先ほどまでの余裕は微塵も残っていない。
「きっと金剛寺くんは授業の邪魔になるようなことをするから。その時は、お姉さんがここに直接迎えに来て、その後に二人だけで授業をするそうよ?」
銀河の表情が面白いように歪み始め、今にも涙を流しそうだ。
「それが嫌なら、ちゃーんと授業に集中すること。……それとも呼ぶ?」
「いいえっ! しっかり勉強します、はいっ!」
「うん、素直でよろしい」
先生は結果に満足したようで、上機嫌のまま授業を再開した。
対して銀河はというと、脇目も振らずに先生を凝視している。瞬きすらせずに。
(どんだけ姉が怖いんだよ……)
もっとも入学式の一件を知っているから、何となくその恐ろしさは分かっているが。
とにもかくにもこれで静かになると安堵した。
しかし、この金剛寺銀河という奴は、こちらの想像以上にねちっこい性格をしていたらしく……。
「おいお前! この俺と勝負しろ!」
放課後になり、ナクルと一緒に下校の準備をしていると、突然銀河が沖長に対して申し出てきたのであった。
特に五時間目という、腹が満たされた状態だとより顕著になるだろう。それに加えて、淡々とした先生の授業が子守歌のように思えて意識が途切れ途切れになってくる。
今、布団の中で眠ることができたらきっと幸せだろう。そんなことを思った学生はこれまで数知れないはず。
しかし次の瞬間、頭に何かが当たる感触があった。
一度目は気のせいかと思ったが、続けて二度三度と繰り返されるので、これは明らかに人為的なものだろう判断し確認すると、そこには不敵な笑みを浮かべる銀河の姿があった。
銀河は沖長の席から左斜め後ろの席であり、一つ列を挟んでいるのもかかわらず、どうやら器用に消しゴムの欠片を飛ばしてきていた。
こういうのは相手にしない方が良いと無視する。しかしそれでも銀河は手を止めることなく消しゴム攻撃を繰り出してきた。
(まったく……ガキかよアイツは)
転生者なんだから、そんなくだらないことをするなと言いたいが、それを言えばこちらも同じ穴の狢だと言っているようなものなので我慢だ。
消しゴムがなくなれば諦めるだろうと思ってチラッと銀河の方を見ると、カバンの中から新しい消しゴムを取り出して千切り出した。
(うっそぉ……)
わざわざ新品まで取り出してまた弾を補充するとは、そこまでするのは逆に感嘆ものだった。しかし悪いことはいずれバレるとはよく言ったもので……。
「――金剛寺くん?」
いつの間にか彼の目の前に立っていた先生に声をかけられビクッとして、ゆっくりと顔を上げて先生の顔を見る銀河。
「授業中はちゃ~んとお勉強に集中しましょうね?」
丁寧な口調ではあるが、その雰囲気はどこか物言わせぬ気迫があった。
「うっ……お、俺はちゃんと勉強してるし、この程度の授業なんて退屈でしかないんだよ!」
それを言うかと心の中で呆れていると、先生の額に青筋が走った。
「ふぅん……そっかそっかぁ。金剛寺くんにはお勉強は必要ないってことかぁ」
「そうだ! 俺は天才だしな! 小学生の勉強なんてとっくに終わらせてる!」
それは転生者だからだろう。そんなに胸を張って自慢することではない。
「へぇ…………これは本当に金剛寺さんが言ってた子のようね」
ボソッと言ったので、周りには聞こえていないかもしれないが、例の如く耳の良い沖長には先生が何を言ったか分かっていた。
(金剛寺さんが言ってた? ああ、もしかしてアイツの姉のことかな?)
先生がどこか納得気な表情なのは、銀河の態度に驚いていないこと。つまり予測されていたからこその平静さなのだろう。そしてその情報の出所は、銀河の姉。
「じゃあここでお勉強しても意味ないんだね?」
「もちろんだ! これでも高校受験を控えてたからな!」
「……はい?」
「ん? ……! あ、いや、今のはその……じょ、冗談だ!」
さすがに自分が墓穴を掘ったことに気づいたようで、銀河が焦りを見せる。
どうやら彼も堂々と自分が転生したことを周囲に教えるつもりはないようだ。
(それにしても高校生だったのかよ。しかも受験生。だったら猶更痛過ぎだろ)
受験生ともなれば、それなりに精神が熟達していてもおかしくはない。なのにもかかわらずあの言動。もしかしたら肉体に精神が引っ張られている状態なのか。
(まあ確かに俺も、どこか感情的になった自覚はあるけど)
子供は感情に素直で、コントロールが上手くできないものだ。それを様々な経験の中で学び成長させていくのである。
肉体的にも精神的にも未熟な子供という器に生まれ変わったことで、記憶や知識はあるものの、子供の肉体に合わせて精神が退行している可能性は否めない。
(だとしても赤髪や金剛寺はガキっぽ過ぎだけどなぁ)
とても元高校生以上とは思えない。自分で自分を律し、自制心を強く持とうと心掛けている沖長と、欲望のままに生きている彼らとでは、退行するにしても、その度合いは違うのかもしれない。
「よく分からないことまで言って。こうなったらそうねぇ。賢~い金剛寺くんには、別のお勉強が必要みたいね」
「べ、別のだと?」
すると先生はニッコリと口角を上げると、その言葉を口にする。
「君のお姉さんとのマンツーマン授業よ」
「んなぁっ!? ど、どっどどどどどういうことだそれはぁっ!?」
明らかに動揺する銀河。顔は真っ青で汗も溢れ出ている。それだけで彼にとって姉の存在がどれだけ強いものか理解できる。
「君のお姉さんがね、君が授業の邪魔をしたらそう言ってほしいって頼まれてたのよ」
「っ…………!?」
言葉が出ない様子だ。まさに驚天動地といったところ。先ほどまでの余裕は微塵も残っていない。
「きっと金剛寺くんは授業の邪魔になるようなことをするから。その時は、お姉さんがここに直接迎えに来て、その後に二人だけで授業をするそうよ?」
銀河の表情が面白いように歪み始め、今にも涙を流しそうだ。
「それが嫌なら、ちゃーんと授業に集中すること。……それとも呼ぶ?」
「いいえっ! しっかり勉強します、はいっ!」
「うん、素直でよろしい」
先生は結果に満足したようで、上機嫌のまま授業を再開した。
対して銀河はというと、脇目も振らずに先生を凝視している。瞬きすらせずに。
(どんだけ姉が怖いんだよ……)
もっとも入学式の一件を知っているから、何となくその恐ろしさは分かっているが。
とにもかくにもこれで静かになると安堵した。
しかし、この金剛寺銀河という奴は、こちらの想像以上にねちっこい性格をしていたらしく……。
「おいお前! この俺と勝負しろ!」
放課後になり、ナクルと一緒に下校の準備をしていると、突然銀河が沖長に対して申し出てきたのであった。
681
あなたにおすすめの小説
社畜の異世界再出発
U65
ファンタジー
社畜、気づけば異世界の赤ちゃんでした――!?
ブラック企業に心身を削られ、人生リタイアした社畜が目覚めたのは、剣と魔法のファンタジー世界。
前世では死ぬほど働いた。今度は、笑って生きたい。
けれどこの世界、穏やかに生きるには……ちょっと強くなる必要があるらしい。
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
人生初めての旅先が異世界でした!? ~ 元の世界へ帰る方法探して異世界めぐり、家に帰るまでが旅行です。~(仮)
葵セナ
ファンタジー
主人公 39歳フリーターが、初めての旅行に行こうと家を出たら何故か森の中?
管理神(神様)のミスで、異世界転移し見知らぬ森の中に…
不思議と持っていた一枚の紙を読み、元の世界に帰る方法を探して、異世界での冒険の始まり。
曖昧で、都合の良い魔法とスキルでを使い、異世界での冒険旅行? いったいどうなる!
ありがちな異世界物語と思いますが、暖かい目で見てやってください。
初めての作品なので誤字 脱字などおかしな所が出て来るかと思いますが、御容赦ください。(気が付けば修正していきます。)
ステータスも何処かで見たことあるような、似たり寄ったりの表示になっているかと思いますがどうか御容赦ください。よろしくお願いします。
異世界転生した俺は、産まれながらに最強だった。
桜花龍炎舞
ファンタジー
主人公ミツルはある日、不慮の事故にあい死んでしまった。
だが目がさめると見知らぬ美形の男と見知らぬ美女が目の前にいて、ミツル自身の身体も見知らぬ美形の子供に変わっていた。
そして更に、恐らく転生したであろうこの場所は剣や魔法が行き交うゲームの世界とも思える異世界だったのである。
異世界転生 × 最強 × ギャグ × 仲間。
チートすぎる俺が、神様より自由に世界をぶっ壊す!?
“真面目な展開ゼロ”の爽快異世界バカ旅、始動!
現代錬金術のすゝめ 〜ソロキャンプに行ったら賢者の石を拾った〜
涼月 風
ファンタジー
御門賢一郎は過去にトラウマを抱える高校一年生。
ゴールデンウィークにソロキャンプに行き、そこで綺麗な石を拾った。
しかし、その直後雷に打たれて意識を失う。
奇跡的に助かった彼は以前の彼とは違っていた。
そんな彼が成長する為に異世界に行ったり又、現代で錬金術をしながら生活する物語。
ブラックギルドマスターへ、社畜以下の道具として扱ってくれてあざーす!お陰で転職した俺は初日にSランクハンターに成り上がりました!
仁徳
ファンタジー
あらすじ
リュシアン・プライムはブラックハンターギルドの一員だった。
彼はギルドマスターやギルド仲間から、常人ではこなせない量の依頼を押し付けられていたが、夜遅くまで働くことで全ての依頼を一日で終わらせていた。
ある日、リュシアンは仲間の罠に嵌められ、依頼を終わらせることができなかった。その一度の失敗をきっかけに、ギルドマスターから無能ハンターの烙印を押され、クビになる。
途方に暮れていると、モンスターに襲われている女性を彼は見つけてしまう。
ハンターとして襲われている人を見過ごせないリュシアンは、モンスターから女性を守った。
彼は助けた女性が、隣町にあるハンターギルドのギルドマスターであることを知る。
リュシアンの才能に目をつけたギルドマスターは、彼をスカウトした。
一方ブラックギルドでは、リュシアンがいないことで依頼達成の効率が悪くなり、依頼は溜まっていく一方だった。ついにブラックギルドは町の住民たちからのクレームなどが殺到して町民たちから見放されることになる。
そんな彼らに反してリュシアンは新しい職場、新しい仲間と出会い、ブッラックギルドの経験を活かして最速でギルドランキング一位を獲得し、ギルドマスターや町の住民たちから一目置かれるようになった。
これはブラックな環境で働いていた主人公が一人の女性を助けたことがきっかけで人生が一変し、ホワイトなギルド環境で最強、無双、ときどきスローライフをしていく物語!
『希望の実』拾い食いから始まる逆転ダンジョン生活!
IXA
ファンタジー
30年ほど前、地球に突如として現れたダンジョン。
無限に湧く資源、そしてレベルアップの圧倒的な恩恵に目をつけた人類は、日々ダンジョンの研究へ傾倒していた。
一方特にそれは関係なく、生きる金に困った私、結城フォリアはバイトをするため、最低限の体力を手に入れようとダンジョンへ乗り込んだ。
甘い考えで潜ったダンジョン、しかし笑顔で寄ってきた者達による裏切り、体のいい使い捨てが私を待っていた。
しかし深い絶望の果てに、私は最強のユニークスキルである《スキル累乗》を獲得する--
これは金も境遇も、何もかもが最底辺だった少女が泥臭く苦しみながらダンジョンを探索し、知恵とスキルを駆使し、地べたを這いずり回って頂点へと登り、世界の真実を紐解く話
複数箇所での保存のため、カクヨム様とハーメルン様でも投稿しています
最遅で最強のレベルアップ~経験値1000分の1の大器晩成型探索者は勤続10年目10度目のレベルアップで覚醒しました!~
ある中管理職
ファンタジー
勤続10年目10度目のレベルアップ。
人よりも貰える経験値が極端に少なく、年に1回程度しかレベルアップしない32歳の主人公宮下要は10年掛かりようやくレベル10に到達した。
すると、ハズレスキル【大器晩成】が覚醒。
なんと1回のレベルアップのステータス上昇が通常の1000倍に。
チートスキル【ステータス上昇1000】を得た宮下はこれをきっかけに、今まで出会う事すら想像してこなかったモンスターを討伐。
探索者としての知名度や地位を一気に上げ、勤めていた店は討伐したレアモンスターの肉と素材の販売で大繁盛。
万年Fランクの【永遠の新米おじさん】と言われた宮下の成り上がり劇が今幕を開ける。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる