俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる

十本スイ

文字の大きさ
116 / 258

115

しおりを挟む
 九馬水月――【勇者少女なっくるナクル】という物語において、ナクルの悲劇の一つに数えられるメインキャラの一人。

 今はまだどこにでもいる普通の少女でしかない彼女ではあるが、物語が進むと突然彼女に焦点が当てられるストーリーへ発展する。
 彼女の家は言葉を飾らないのであればとてつもなく貧乏である。母子家庭ということもあるが、何よりも彼女を長女として、他に三人の弟がいるのだ。しかも三つ子。

 親一人、子四人という生活は、一般家庭の水準を保つのはなかなかに困難である。そのため母親は寝る間も惜しんで毎日働き、その代わり水月が家庭内のあれこれに従事する。家事もそうだがまだ幼稚園に通う三つ子の世話も水月が率先して行っていた。

 毎日大変ではあるものの、いろいろ切り詰めて何とか乗り越えていたのだが……が、ある日のこと、母親が仕事先で怪我を負って入院することになるのだ。
 しかもその怪我の原因が、仕事とはまったく関係ないところで負ったこともあり、労災保険適用外とされて手当てもつかない。さらに不幸は重なり、病院での検査の結果で母親に癌があることが分かってしまうのだ。

 幸いにも今すぐどうということではないし、早期発見ということで手術により命を繋ぐことは可能だが、治療費や労働時間など、九馬家にとっては致命傷に成り得る大ダメージを受けることになる。

 故に母親は痛む身体を押して病院から抜け出し仕事に勤しむことになる……が、そのような状態が長く続くわけもなく、とうとう最悪な事態を招くことになってしまう。
 フラフラ状態で深夜に帰宅している途中、足を滑らせて階段から落下したことにより死亡してしまうのである。

 不幸の中、さらに支柱を失うことになった水月たちは途方に暮れることになる。何でもすでに他界している父親とは半ば駆け落ちのような形で結婚したことで、親戚に頼ることもできない状態。

 故にそのままだと彼女たちは施設送りになるわけだが、施設の事情により全員が同じ施設に行けないと分かりこのままでは家族がバラバラになってしまう。
 そんなどん底で嘆いていた中、彼女の目の前にダンジョンへの入口である亀裂が出現する。そこである人物に遭遇することになった。

 その人物に、ダンジョンに存在する素材を手にすることができれば金持ちになれると吹き込まれ、藁にも縋りたい水月は、そんな甘言に飛びつくことになる。
 金さえあれば、家族が離れ離れにならなくてもいいと彼女は考えたのだ。

 そして幸か不幸か、彼女は勇者として覚醒することができ、ダンジョンで素材を手にし、それらを教えてくれた人物のもとへ届けて代わりに金という対価を得る。
 そうして水月は、謎の人物の教えのもとにダンジョン探索を続けていくが、そこでナクルと出会うことになるのだ。

 水月にとって他の勇者は、自分の仕事の邪魔をする存在だと謎の人物に教え込まれていた。だから当然ナクルと敵対することになってしまう。
 ナクルは同じ勇者として分かり合えると言葉を届けようとするが、何の不自由もなく幸せに暮らしているナクルの言葉が水月の心を捉えることはなかった。

 だがある時、またダンジョンで二人は遭遇することになったのだが、そのダンジョンはいつも攻略してきたようなダンジョンではなく、いわゆる〝ハードダンジョン〟と言われるランクが一つ上のダンジョンだった。

 そこに現れる凄まじい強さを持ったダンジョン主を相手に、ナクルと水月は苦戦必至。このままでは殺されると判断した二人は一時的に手を組むことになり、それがきっかけで徐々に距離が縮まっていく。 

 しばらくして水月は、ナクルに自分の境遇を伝えた。対しナクルもまた、自身の歪すぎる家庭環境を告白し、互いがそれぞれ抱える苦痛を共有した結果、確かな情の繋がりが生まれることなる。
 しかしそれを快く思わない謎の人物が、水月をかどわかして再びナクルと敵対する道に歩ませてしまう。

 そんな状況で、九馬家の三つ子に出会ったナクルは、彼らから姉である水月を助けてほしいと願われナクルはそれを了承する。
 そしてダンジョン内で対面する両者は、互いに譲れないもののために戦うことになり、結果的にナクルが勝利を得る――が、そこへ謎の人物がけしかけた刺客の攻撃がナクルへと放たれる。

 ナクルが深手を負い戦闘不能になるが、彼女を守るために水月は奮闘し、勇者としてのすべての力を使い果たして何とか勝利を得る。
 ナクルと水月は揃って病院へと担ぎ込まれるが、両者ともに命は何とか繋ぎ止められた。
 しかし目覚めたナクルは、衝撃の事実を聞くことになる。 

 それは水月が――――――植物状態になってしまったということ。

 最後の戦いで無理を超えたことによる反動で、脳に多大なダメージを負ったのではないかという見解だった。
 いつ目覚めるか、回復するかも分からない。ナクルにとって初めて心を開けた同い年の友人。そんな大切な存在の時間を奪うことになってしまったのだ。

 姉に縋りながら泣きじゃくる三つ子を見て、ナクルの心に浅くない傷が入る。
 自分がもっと強ければ、きっとこんな悲劇は起こらなかった。
 それからナクルは、前にもまして強さに貪欲になっていく。強くなれば悲しさなんて吹き飛ばすことができるとでも言うかのように、毎日毎日ボロボロになるまで修練を積む。

 そんなナクルを心配して修一郎たちが寄り添おうとするが、心の距離がある家族との不和は治らずに、ナクルはただ一人強さを追い求めるようになっていく。

(まさかそんな悲劇のヒロインの一人とここで会うなんてな)

 この学校にいることは知っていたが、クラスも違うし接点はなかった。それがまさか向こうから接触してくるとは思ってもいなかったので驚いている。

「あのさあのさ、札月くんってすっごく料理が上手いけど、もしかして将来の夢は料理人とか?」

 これから起こる悲劇なんて欠片も感じさせないほどの屈託のない笑顔で尋ねてくる水月。

「えっと……興味はないこともないけど、どちらかというと趣味みたいなものかな」
「ふ~ん、つまりは料理男子ってことだね! うんうん、それってばモテ要素だよ! あ、もしかしてそういうつもりで料理してるとか?」

 早口で捲し立てるように聞いてくる。お喋り好きであろうことは、このやり取りだけで十分伝わってきた。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

女性限定の『触れて治癒する』治療方法に批判が殺到して廃業を考えたが結果が凄すぎて思ったよりも受け入れて貰えた

夢幻の翼
ファンタジー
『触れて治癒する』と言う独特の治癒士として活動するナオキは現代日本で救急救命士として就職したばかりの青年だったが不慮の事故により異世界へと転生した。 人々を助けたいとの熱い思いを女神に願った彼は転生先で治癒士として活動を始めたがある問題にぶつかる。 それは、どんな難病も瀕死の大怪我も治療出来るが『患者の胸に触れて魔力を流し込む』必要があり、しかも女性にしか効果が無いという『限定能力』だった。 ※カクヨムにて先行配信しています。 カクヨムへのリンクも貼ってありますので続きを早く読みたい方はそちらからお願いします。

最遅で最強のレベルアップ~経験値1000分の1の大器晩成型探索者は勤続10年目10度目のレベルアップで覚醒しました!~

ある中管理職
ファンタジー
 勤続10年目10度目のレベルアップ。  人よりも貰える経験値が極端に少なく、年に1回程度しかレベルアップしない32歳の主人公宮下要は10年掛かりようやくレベル10に到達した。  すると、ハズレスキル【大器晩成】が覚醒。  なんと1回のレベルアップのステータス上昇が通常の1000倍に。  チートスキル【ステータス上昇1000】を得た宮下はこれをきっかけに、今まで出会う事すら想像してこなかったモンスターを討伐。  探索者としての知名度や地位を一気に上げ、勤めていた店は討伐したレアモンスターの肉と素材の販売で大繁盛。  万年Fランクの【永遠の新米おじさん】と言われた宮下の成り上がり劇が今幕を開ける。

アイテムボックスの最も冴えた使い方~チュートリアル1億回で最強になったが、実力隠してアイテムボックス内でスローライフしつつ駄竜とたわむれる~

うみ
ファンタジー
「アイテムボックス発動 収納 自分自身!」  これしかないと思った!   自宅で休んでいたら突然異世界に拉致され、邪蒼竜と名乗る強大なドラゴンを前にして絶対絶命のピンチに陥っていたのだから。  奴に言われるがままステータスと叫んだら、アイテムボックスというスキルを持っていることが分かった。  得た能力を使って何とかピンチを逃れようとし、思いついたアイデアを咄嗟に実行に移したんだ。  直後、俺の体はアイテムボックスの中に入り、難を逃れることができた。  このまま戻っても捻りつぶされるだけだ。  そこで、アイテムボックスの中は時間が流れないことを利用し、チュートリアルバトルを繰り返すこと1億回。ついにレベルがカンストする。  アイテムボックスの外に出た俺はドラゴンの角を折り、危機を脱する。  助けた竜の巫女と共に彼女の村へ向かうことになった俺だったが――。

『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる

仙道
ファンタジー
 気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。  この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。  俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。  オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。  腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。  俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。  こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。 12/23 HOT男性向け1位

濡れ衣を着せられ、パーティーを追放されたおっさん、実は最強スキルの持ち主でした。復讐なんてしません。田舎でのんびりスローライフ。

さら
ファンタジー
長年パーティーを支えてきた中年冒険者ガルドは、討伐失敗の責任と横領の濡れ衣を着せられ、仲間から一方的に追放される。弁明も復讐も選ばず、彼が向かったのは人里離れた辺境の小さな村だった。 荒れた空き家を借り、畑を耕し、村人を手伝いながら始めた静かな生活。しかしガルドは、自覚のないまま最強クラスの力を持っていた。魔物の動きを抑え、村の環境そのものを安定させるその存在は、次第に村にとって欠かせないものとなっていく。 一方、彼を追放した元パーティーは崩壊の道を辿り、真実も勝手に明るみに出ていく。だがガルドは振り返らない。求めるのは名誉でもざまぁでもなく、ただ穏やかな日々だけ。 これは、最強でありながら争わず、静かに居場所を見つけたおっさんの、のんびりスローライフ譚。

スキル『倍加』でイージーモードな異世界生活

怠惰怠man
ファンタジー
異世界転移した花田梅。 スキル「倍加」により自分のステータスを倍にしていき、超スピードで最強に成り上がる。 何者にも縛られず、自由気ままに好きなことをして生きていくイージーモードな異世界生活。

ギャルい女神と超絶チート同盟〜女神に贔屓されまくった結果、主人公クラスなチート持ち達の同盟リーダーとなってしまったんだが〜

平明神
ファンタジー
 ユーゴ・タカトー。  それは、女神の「推し」になった男。  見た目ギャルな女神ユーラウリアの色仕掛けに負け、何度も異世界を救ってきた彼に新たに下った女神のお願いは、転生や転移した者達を探すこと。  彼が出会っていく者たちは、アニメやラノベの主人公を張れるほど強くて魅力的。だけど、みんなチート的な能力や武器を持つ濃いキャラで、なかなか一筋縄ではいかない者ばかり。  彼らと仲間になって同盟を組んだユーゴは、やがて彼らと共に様々な異世界を巻き込む大きな事件に関わっていく。  その過程で、彼はリーダーシップを発揮し、新たな力を開花させていくのだった!  女神から貰ったバラエティー豊かなチート能力とチートアイテムを駆使するユーゴは、どこへ行ってもみんなの度肝を抜きまくる!  さらに、彼にはもともと特殊な能力があるようで……?  英雄、聖女、魔王、人魚、侍、巫女、お嬢様、変身ヒーロー、巨大ロボット、歌姫、メイド、追放、ざまあ───  なんでもありの異世界アベンジャーズ!  女神の使徒と異世界チートな英雄たちとの絆が紡ぐ、運命の物語、ここに開幕! ※不定期更新。最低週1回は投稿出来るように頑張ります。 ※感想やお気に入り登録をして頂けますと、作者のモチベーションがあがり、エタることなくもっと面白い話が作れます。

処理中です...