俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる

十本スイ

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 その気配は濃厚であり、まさに活発化しようとしているように感じた。放置しておけばダンジョンブレイクが本格的に引き起こされ、向こう側から妖魔たちがこちらの世界へとなだれ込んでくる可能性がった。

 しかし本格化するなら、すぐにでも【異界対策局】だって動くだろう。一般人としての立ち位置を守るならば、このまま何もしないでいるのが一番なのだが……。

(気配はあっちの方角……か)

 それなりに距離は近い。ただ仮に妖魔が溢れてきても、ここにいる修一郎たちがいる限りは被害なんてそうは出ないはず。しかしやはり気になるのは、先ほどから姿が見えないという雪風のこと。

 懸念すべきは彼女がいずれ勇者として覚醒し、ナクルとともに物語の中枢へと関わっていくことだ。つまりまだ覚醒はしていないが、オーラを持ち合わせる人物であり、かつダンジョンの気配を察知してもおかしくない。

 ナクルはダンジョンから自分を呼ぶ声が度々聞こえると口にしていた。原作ではその声に従って行動し、ダンジョン攻略に臨む姿が描かれているらしい。
 もし、もしも雪風がその呼び声に干渉して、つい足を向けていたとしたら……?

(原作にはそんなことが起こるなんて羽竹も言ってなかったぞ)

 あくまでも今回の件は、ナクルの第二段階の成長が主軸だった。雪風と邂逅はするものの、彼女とともに戦うのはもう少し後になってからなのだ。

 なのに何故……?

 疑問が次々と湧くが、嫌な予感が収まらない。仮に雪風がダンジョンに向かっているとするなら絶対止めるべきだ。何せ原作では、ダンジョン内には、あの妖魔人ユンダがいるはずなのだから。

「っ…………ナクル、お前は今すぐ修一郎さんと師匠にダンジョンのことと、雪風ちゃんがいなくなったことを伝えてくれ」
「ふぇ? いきなりどうしたんスか?」

 ナクルだけではなく傍に立つ陣介も怪訝な表情を見せる。

「もしかしたらだけど……雪風はダンジョンに向かったかもしれない」
「!? ど、どういうことだ、沖長くんっ!」

 飛びつくように問い質してきたのは陣介だ。

「な、何となくです! 近くにダンジョンの気配を感じますし」
「いや、だって雪風は勇者でも候補生でもないし……!」
「突然覚醒することだってあると思います。彼女のほどの才の持ち主なら……」

 実際は原作知識ではあるが、そう伝えられないことがもどかしい。

「まさかあの子が……そんなことが……ああでも」

 当主として貫禄を見せている彼でも、やはり孫の危機には落ち着いていられないようだ。

「ですから早く確かめに行かないと。もし俺の考えてる通りだとするなら、今すぐ連れ戻さないといけません」
「!? そ、その通りだ!」
「なので陣介さんもナクルと手分けして応援を呼んでください」
「ちょっと待つんだ。まさか君は……」
「はい。今すぐダンジョンがある方向へと向かいます」
「危険だ!」
「それは百も承知です。ですが急がないと間に合わない可能性があるんです!」

 ユンダと相対して無事だとは到底思えない。もしかしたら原作の水月のように利用されかねないのだ。

「っ……分かった。確かにもしあの子がダンジョンに入っていたとしたら、連れ戻せるのは君とナクルだけだしな」

 自分が戦力になれないことに歯噛みしながら口にしている。

「ナクル、そういうことだから頼む!」
「うぅ……ボクも一緒に行くッスよ!」
「今は一分一秒でも大切にしたいんだ! 手分けした方が効率が良い! それに俺の能力の方が応用が効く。それはお前なら分かってくれるだろう?」
「! …………分かったッス。けど……けど無茶しちゃダメッスからね!」

 そう言って、ナクルと陣介が揃って走り去っていった。同時に沖長もまたスマホに電話をかけながら急いで外へと出る。
 何コールか目に向こうが応じた。

『……もしもし?』
「あ、羽竹か?」
『ああ、そうだけど。ていうか今頃君は伊豆だろ? 何? 今ちょっと忙しいんだけど?』
「悪いが悠長に話してる時間はねえんだ」
『! ……どうやら切羽詰まった状況のようだね。もしかしてそっちでダンジョンブレイクでもしたかい?』
「嫌なタイミングでな。それで……雪風がどうやらダンジョンに向かった可能性が高い」
『……は? 雪風って……柳守雪風かい? 何の冗談かな? 彼女が原作に深く関わるのはもう少し後で……』
「だからイレギュラーが起きてんだってば!」
『……なるほど。そういうこともある……か。それで君は彼女を連れ戻すために向かってる最中ってところ?』
「ああ、そうだ。んで、原作についてだけど、もう一度確かめておきたい。向こうにはユンダがいるんだよな?」
『原作通りなら、ね。でも本来の筋からは大分違うし確信はないよ。それはイレギュラーである君なら理解してると思うけど』
「それはお前もだろ。……仮にだけど、ユンダが雪風に興味を持つことは有り得るか?」

 全速力で駆けながら問う。少し沈黙があった後、静かに長門が口を開く。

『彼女の勇者としての資質は本物さ。あの愉快犯が興味を持つに十分足りる』
「やっぱそうか……じゃあ会ってもすぐに殺されることはないってことか?」
『それはどうだろう。奴は強者との戦いを望むけど、才能ある存在をその手で摘み取ることを快感としてるところもある。普通はじっくり育ててから狩ることを信条としているみたいだけど、勢い余ってつい壊す……なんてことも多い』

 恐らくそれはもしかしたら沖長自身が経験したことではないかとふと思った。あの時、確かにユンダは自分に興味を抱いたはず。しかし成長を促すといったことはせずに命を断ちにきた。あれはその勢い余ってというノリが発動してしまった故のことかもしれない。

 なら雪風と対した時に、沖長と同じようなことが起きることも十分考えられる。そうなれば彼女に逃げる術は……ない。
 確かに雪風は強いし、相手が人間相手ならたとえ強者でも生き残る可能性を見出すことはできるだろう。しかし相手は妖魔人。さらに悪いことに今度はダンジョン内でもある。妖魔人が十全に実力を発揮できる環境が整えられている。

 そんな状況で生き残る力が雪風にあるとは思えない。たとえ勇者として覚醒したとしてもだ。いや、覚醒したらしたで、ユンダがそのまま拉致していくという場合も想定できる。どちらにしろ一人ではどうしようもない相手ということ。

『……どうするつもり?』
「もちろん連れ戻す」
『すでにダンジョン内でユンダに会ってるかもしれないよ?』
「それでもだ」
『……死ぬかもしれないよ?』
「死なないようにするだけだ」
『……はあ。やはり君はバカだね。初めて会ったであろう人間のためにそこまでするなんてさ』
「いいだろ。これが俺の性分なんだよ」
『はいはい。まあ、僕的には君が生き残る方が都合は良いし無事を祈るよ。頑張ることだね』

 そう言って通話が切られた。沖長はスマホをポケットに入れる。

(絶対に死なねえし、雪風も利用させねえよ)

 そう決意し、沖長はさらに加速していった。


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