俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる

十本スイ

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 一方的に電話を切った長門は、左手に持ったスマホに視線を落としながら溜息を吐いた。

「相変わらずのお人好しだね、札月は」

 先ほど電話の向こうにいた相手のことを思い二度目の溜息が零れ出た。
 正直にいって長門には理解し難いことがある。沖長にも直接問い質したが、何故そこまで思い入れの無い人物のために命を張れるのか。

 仮に【勇者少女なっくるナクル】という物語の大ファンだというならまだ分かる。そこに登場するキャラクターたちを守りたいと思う気持ちだって湧いてくるだろう。しかし彼には元々そういう原作知識もない。

 つまりこれから沖長が命を危険に晒してまで助けようとしている相手は、ほとんど初対面と同様の人物のはず。相手が長年幼馴染をしてきたナクルならばまだしも、原作にも雪風にも大した思い入れがないだろうに、どうしてそこまで自分を追い詰めることができるのか。

 どんな世界でもお人好しがバカを見てしまう場合が多い。狡猾な人間ほど権力を握るような世の中だ。そういうバカは利用され、最後には悲惨な末路が待っている。
 長門は不意に前世のことを思い出し、グッと眉をひそめてしまった。

 前の人生において、長門は母子家庭という環境で育つ。父親は長門が幼い頃にある事件に意を投じて命を断ったのである。
 父は刑事をしていた。真面目で正義感の塊のような人だったらしい。その上、困っている人がいれば自分の時間をあっさりと犠牲にしてでも手を貸すような人物。そのせいで事件の調査中、暴れた犯人が一般人を襲撃した際に庇って呆気なく死んだという。

 傍から見れば英雄のような美談で語られるかもしれないが、身内にとっては絶望しか残らないような出来事でしかない。事実、それまで専業主婦だった母は、ガラリと変わってしまった環境の中、長門を育てるために毎日必死に働いた。

 元々質素な生活をしていたが、父の稼ぎがなくなったこともあり厳しさは増した。それでも二人で生きていく分なら、母の稼ぎだけでも何とか大丈夫だった……が、この母もまた父と同じような性質をしていた。

 そう、母もまた困っている人を放っておけないような慈愛溢れる性格をしていたのである。そのせいか、母を頼りにしてくる者たちが大勢いた。
 友人はもちろんのこと、親戚や母の弟なども困りごとがあると、その都度会いにきていたのである。特に弟なんかは金の工面にやってくることが多かった。長門も偉そうに言えるような人生は生きていなかったが、この弟は働きもせずに面倒見の良い姉に対し、度々食料や金をねだりにきたのである。

 母も利用されていることは十分理解していたと思うが、それでも可愛い弟が困っているからと少ない給料を削って支援していた。弟は申し訳ないと口にするも、それでもその足を止めることは無かった。

 そんな時だった。ある日のことだが、定期的にやってきていた弟が来なくなったのだ。その代わり日を置いてやってきたのはガラの悪い連中だった。
 何でも弟は良くないところに借金をしたようで、そのしわ寄せが母に向けられたらしい。簡単にいうと弟は母を売ったようだった。長門は堪らずここから逃げようと提案した……が、母は弟の不始末は放っておけないと断固として譲らなかった。

 それからというもの、さらに忙しく働くようになった母は見る見る疲弊していった。長門も何かできないかと模索するが、その時の長門はまだ子供。できることなど家事を率先して行うことくらいだった。
 体調を崩して倒れる母を前にしながらも、長門は何もできない無力な自分が恨めしかった。自分を売った弟のために、何故こんなにも意固地に自分を貫けるのか意味が分からなかった。

 しかも弟は母に全部押し付けたお蔭か、母に隠れて悠々と自由に生きているとのこと。本当にクズでしかない存在。だが母の心は折れなかった。
 逃げれば楽なのに。必死で戦う意味さえないというのに。
 それでも母は、必ずこの言葉を口にしていた。

『私はね、簡単に逃げるようなことはしたくないの。だって負けず嫌いだもの。それにお父さんだって逃げずに必死で戦ったでしょ?』

 だから自分もまた前を向いたまま歩きたいと言った。
 しかしその結果、父と母は報われたのだろうか。正直な話、父のことは良く知らないまま他界したし、母に至っても看取るつもりが先に自分が死んでしまい、こうして第二の人生を歩むに至っている。

 自分という重荷がいなくなった分、生活に関しては楽になっただろうが、それで母の人生が報われていくのかどうかは分からないし、もうする術もない。

 けれど一つだけ長門にとって教訓にしていることがある。
 お人好しは結局バカを見る確率が高いということだけ。

 必死になって誰かを助けたとしても、見返りが確約されているわけでもないし、逆に自分を追い詰めることだって多々ある。実際に父と母はそうだった。
 特に父の生き方に関してはやはり納得できない。市民を守るためが警察の仕事。それは分かるが、それはあくまでも仕事だ。金を稼ぐための手段だ。そこに命を差し出してどうするというのか。

 他人よりも大事にするべきものがあるはずだ。家族のためにも、父は死ぬべきではなかった。他人のために仕事を全うするべきではなかった。もっと自分の命を大切にするべきだった。

 そんな父と、他人ではないがバカな親戚や弟たちを見捨てることをしなかった母。自分の時間や命を削り、返ってきたものは負の遺産ばかり。
 そしてそんな両親と沖長が時々重なることに長門は気づいていた。

(……本当に、僕の周りはバカばっかりだ)

 なら見捨てれば良い。その方が、こうして煩わしい時間を省けて、より良い時間を自分のために使うことができるだろう。しかし……何故か放っておけない。
 確かに沖長が生きていた方が都合が良い。今後の展開次第では、彼の力が大いに役立つことだってあるからだ。特に彼が築き上げてきた人脈を失うのは惜しい。故にまだ生きて欲しいと思っている事実もある。

 しかしそれだけではない何か……胸の奥底にあるわだかまりみたいなものが消えない。そしてそれが原因で、沖長を見捨てずにいる。

「…………しょうがない。まあ、彼に貸しを作ったということにしとこう」

 そう判断し。長門は再び長い溜息の後に、どこかへと電話をかけた。


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