異世界大家さんの下宿屋事情

六つ花えいこ

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1巻

1-2

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「しかしあんなちっこかったおぬしがなあ。女らしくなったかはさておき……大きくなったものよ」
「……はい?」

 トゥトゥは目を見開いた。ちっこかった? 大きくなった? それは、同年代の相手を表すには、少しばかり不釣り合いな言葉ではないだろうか。

「なんだ、忘れておるのか。まぁ仕様がないな。おぬしはまだ幼かったからなあ。俺の顔を見て、なんだったか。イケフェン、と言ったか。意味不明なことを叫んでおったよ」
「……もしかして、私がここに預けられていた時から下宿されていたんですか……?」
「左様」

 イケフェンではなく、イケメンだ。まず間違いなく、幼い頃の自分がイケメンと叫んだとトゥトゥは断言できた。
 トゥトゥがここに来たのは、十八年前。六歳の頃の話だ。
 とすれば、トゥトゥより少し年上に見えるこの男も、子供だったに違いない。いくら美しいとはいえ……「イケメン」なんて単語を使うだろうか?

「失礼ですが、お客様は、おいくつほどで……?」

 いや……でも待てよとトゥトゥは記憶のすみを探った。言われてみればこんな顔の、あまりにもすごいイケメンがいたような気がしたのだ。
 こんな声で、こんな背丈の……いや、もうこの男そのまま――え?

「年か? いくつだったか。百を過ぎたあたりで、数えるのが面倒になってな」

 はい?
 トゥトゥは今度こそ、言葉を失った。

「なんだ、ミンユに何も聞いておらぬのか」
「……何を?」

 問う声はかすれていた。男はにんまりと笑った。

「そうさなあ。ひとまずは……俺が、不老だということだな」

 トゥトゥは愕然がくぜんとして、吸った息が吐き出せなかった。
 しかし、それが本当だとすると……記憶の中の男が目の前の男と全く同じ姿であることも頷けるのだ。
 そして、トゥトゥはさらにハッとした。
 あまりの美貌に気を取られていたせいで、目に入らなかったものに気づいたのだ。
 それは、男の頭に生えた、まごうことなき二本の角。

「……つ、角? ……え、角?」
「なんだおぬし。まだ角が怖いのか」

 みずからの頭に生えた、牛のような、悪魔のような角を握った男は、まるで野菜をもぎ取るかのように軽々とそれを折った。
 パキンポキン。あまりにも見慣れない現象が、トゥトゥの目の前で起きている。

「あぁ、こちらもか」

 唖然あぜんとするトゥトゥの前で、男の奇行は止まらない。

「な――」

 口を開けたかと思うと、長く尖った八重歯やえばを、またもや簡単に折ったのだ。

「ふむ。これでよいか?」

 満足そうにこちらを見る男に向かって、トゥトゥは思わず指差した。

「んなななななな……」

 絶世の美男子で、長い角と牙を持っていて、不老の男なんて――前世の記憶があるトゥトゥでも見たことがない。

「ま、ま、ま、まさか……!」

 男を差す指先は、かすかに震えている。

「きゅ、きゅ、吸血鬼……!?」
「はっはっは、まぁそうおびえるな」

 呆然と固まってしまったトゥトゥの姿を見て、男は軽快に笑った。

「本当に何も聞いておらんのか――仕方がない。ミンユに頼まれたからな」

 男はそう言うと、無遠慮にも荷物ごとトゥトゥを持ち上げる。
 トゥトゥは目を白黒させながら、この細腕のどこにこんな怪力がひそんでいるのかと驚く。それと同時に――これもまた吸血鬼だからなのだろうか、と考えを巡らせていた。
 そんなトゥトゥをよそに、男は荷物のようにかついでいた彼女を、ホールに隣接したリビングへ運び、椅子に座らせる。元々、宿泊客の食堂だった場所を、リビングルームとして使っているようだ。

「さて、何から話すか」

 男がトゥトゥの前に座る。まるでお伽噺とぎばなしを聞かせるかのようなのんびりした言葉に、トゥトゥはほんの少しだけ肩の力を抜く。

「俺の名は、ユオ。見ての通り、この世界のものではないな」
「は、はあ……」

 見ての通り、と男――ユオは軽く言ったが、トゥトゥはまだ完全には呑み込めていなかった。
 もし彼が吸血鬼だとしても――人間に紛れてこっそりと生活している、数少ない希少種だとかなんとか、そこらへんの設定だと思っていた。いや、設定ってなんだ。トゥトゥは前世の自分の知識につっこみをいれた。

「この世界のものではない……というと……?」

 トゥトゥ以外に、この世界とは違う世界を知る人間がいるだなんて、想像もしていなかった。そんなこと、笑い飛ばさずにすぐ信じようとする人間なんて……きっと前世を知るトゥトゥ以外にいないだろう。
 トゥトゥの大きく見開かれたオリーブ色の目をのぞき込み、「なんともまぁ吸い込まれそうだ!」と、ユオは笑いながら説明を続けた。

「この下宿屋は元が宿屋だったことを知っているか?」

 トゥトゥは、こくりと頷いた。父が料理修業の旅に出た理由は、この宿屋の厨房ちゅうぼうを取り仕切るためだったからだ。

「ここは街の外れだが、王都にあるおかげか、客はそこそこ入っていた。たまに他の領地から都へ上ってきた貴人が泊まることもあったようだなあ」

 貴人! トゥトゥはとうとい身分の人と会ったことなど一度もない。

「おばあちゃん、すごい……」

 トゥトゥが思わずつぶやくと、ユオは「ははは」と、折った八重歯やえばをむき出しにして笑った。

「左様。ミンユはすごかった」

 なにしろ、きもが常人の二倍――いや、三倍はわっておったからな、とユオが続ける。

「夫を亡くした後、一人で宿屋業にいそしんでいたミンユは、ある時から迎えたつもりのない客が、いつの間にか泊まっていることに気付いた」
「え、待って。ホラーですか?」

 トゥトゥは顔を引きらせる。

「迎えたつもりのない客の中には、度肝どぎもを抜くいでたちのものが多かった。その見知らぬ客たちに話を聞き、ミンユは知った――客室の扉が、時折様々な世界につながっているということを」

 様々な世界につながる……? 一ヶ所でも驚きなのに、様々って。様々って!?
 あまりにも荒唐無稽こうとうむけいな話にトゥトゥは唖然あぜんとした。

「さ、様々なって、例えば……?」
「海の国、時の国、砂の国、常世とこよの国、あやかしの国――それこそ様々だ」

 混乱するトゥトゥを落ち着かせるように、ユオは笑う。

「扉は、常に異界へとつながっているわけではない」

 ただ、と続ける彼を、トゥトゥはじっと見つめる。

「誰かが強い願いを持ってどこかの扉を開いた時、この宿屋の扉に通じるようだ。宿屋に訪れる客は様々だったが、ミンユはその全てを受け入れた」

 そして彼らを保護するため、宿屋を閉め、下宿屋へと変えたのだ。
 そうめくくったユオに、トゥトゥは頭を抱えた。

「そんな……」

 彼の説明では、この下宿屋にはユオの他にも異形いぎょうのものがいるということだろう。
 トゥトゥは恐れおののいた。異世界人の住処すみかの大家なんて、到底自分に務まるとは思えない。
 ――だけど、そんな下宿屋だからこそ……

「ミンユの大事な宿だ」

 まだ名前以外何も知らない吸血鬼の言葉が、胸に染みた。
 祖母が愛し、祖母が支え続けた下宿屋――彼女がどれほどこの場所を大切にしていたかは、受け取った手紙からも十分に読み取れた。
 そして、トゥトゥは知った。六歳の頃、皆に「妄想だ」「虚言きょげんだ」と言われたトゥトゥの前世の話を、なぜ祖母はあれほど自然に信じてくれたのか――それは、彼女がこの下宿屋で、異世界の人々を受け入れてきたからこそなのだ。
 トゥトゥは、この下宿屋に辿り着いた時のことを思い返す。
 草木やつるおおわれ、今にも崩壊寸前の建物には、修繕の跡がいくつも見られた。打ち付けられた木材や、いかにも重ね塗りされた漆喰しっくいは、プロの仕事ではないことは明らかだった。
 そして、祖母の手が届かないような高所にも、それらは見受けられた。
 下宿人たちと一緒に、この屋敷を修理する祖母の姿が目に浮かんでくる。
 吸血鬼や他の異形いぎょうの人々を受け入れられるか、トゥトゥにはまだわからない。けれど、同じ異世界の知識を持つもの同士だからこそ、この下宿屋で支え合っていけるかもしれない――

「……不束者ふつつかものですが、どうぞよろしくお願いします」

 気付けばトゥトゥは、ユオに向けて深々と頭を下げていた。ユオは美しい顔を笑みでいろどり、大きく頷いた。



 第二章


「中は広くて、案外しっかりしてるんですね」

 外観があんなにもお化け屋敷のようだったため、トゥトゥはほっとした。これなら内装の修繕費に、ガッポリ持っていかれることもなさそうだ。
 案内役を買って出たユオは、リビングを出て玄関ホールを抜けると、トゥトゥを炊事場へと連れていった。
 さすが、腐っても王都の元宿屋。備え付けられた調理用の設備は、トゥトゥの実家の料理屋よりもよほど立派だった。長年使っているため、すすの跡や古さは目立つが、び一つなく丁寧に磨かれている。
 祖母の職人魂しょくにんだましいに触れ、胸が熱くなったトゥトゥだったが――どうしても見過ごせない一角があった。

「……ユオ、この洗い物の山は……?」
「はっはっは、見事だろう。芸術的なバランス感覚だ」

 得意げな笑顔を見せるユオは、わるびれる様子一つない。トゥトゥは「芸術的なバランス」で積まれた汚れた食器の山を見て、頭を抱える。

「見事だけど、さあ……」

 祖母亡き後も当たり前のように世界は回り、日常は続く。下宿人たちはいやおうにも自活せざるをえなかったのだろう。
 別の世界から来た、この世界に馴染なじみのない下宿人たち。
 その全てがきっと、祖母におんぶに抱っこで、日常を過ごしていたに違いない。放置された食器が、それを物語っていた。

「こんな積みます!? バランスゲームみたいに!」
「ほう、なんだばらんすげーむとは」

 ユオの質問をトゥトゥは軽く流した。

「しかもほら、すごい汚れ……汚れ……あああっもう無理っ見たくないっ!」

 皿は使われてから随分と経っているのだろう。汚れがびっしりとこびりつき、まだ春先だというのに虫がたかっている。

「ここの掃除はひとまず後にして――とりあえず、次、次お願いします!」
「任せておけ」

 任せておけたら、どんなによかっただろう……
 眩暈めまいをこらえながら、トゥトゥはユオの後についていった。
 炊事場がこの様子なら、他も似たようなものだろう――というトゥトゥの当たってほしくない予想は見事に当たっていた。
 一階のリビング、玄関ホール、管理人部屋、炊事場。炊事場にある地下納戸なんど。二階の客室や納戸なんど――自分の家とは随分違う元宿屋の設備を、トゥトゥは案内される。
 そのどれもが、下宿人の怠惰たいだによって壊滅的な状態だった。
 リビングテーブルの上は使い終わった皿やコップが放置され、収納の引き出しや戸は開いたまま。部屋のすみには綿ぼこりが溜まっている。

「……出したら仕舞う。開けたら閉める」

 子供でも知っていることだが、一応口にしてみる。

「ふむ。人間は些末さまつなことにこだわりすぎるから、短命なのではないか?」

 あっけらかんと笑うユオに、トゥトゥは脱力感を覚える。

「とりあえず、客室も見たいです」
「俺の部屋を見るか?」
「いいんですか?」

 もちろんだとこころよく請け合ってくれたユオに礼を言い、トゥトゥは階段を上った先にある、二階の奥の角部屋へ向かった。
 一体どんな風に下宿人は居を構えているのだろう。トゥトゥはわくわくしてユオが扉を開けるのを見守った。
 彼は吸血鬼だが……いやそれゆえか、とんでもない美丈夫びじょうふだ。美丈夫びじょうふとは、顔の造形が美しいだけでなく、しゃれものでなければならないとトゥトゥは考えている。
 彼ははぶりのいい商人や貴族のように質のいいものを着ているわけではないが、限りある素材を上手く組み合わせ、自分に合ったスタイルを作り出しているように見える。きっとインテリアセンスも抜群だろう。
 ――なんて、思っていたトゥトゥは、後悔することになる。
 ユオが扉を開けた瞬間、放たれた異臭に眩暈めまいがした。
 呆然としているトゥトゥの目に飛び込んでくるものは、いびつな生体の干物や、よくわからない液が入ったびん、床が抜けそうなほど所狭しと積まれた怪しげな本――控えめに言っても、マッドサイエンティストの研究室だ。

「こ、これは……」
「遠慮せず入っていいぞ?」

 入った瞬間に臓物ぞうもつを抜き取られそうだと思ったトゥトゥは、勢いよく首を横に振る。

「素晴らしいコレクションだろう」

 まじまじと見てしまえば、それが元々何の個体だったかがわかりそうで、トゥトゥはみずからの心の平穏を守るため、そっと扉を閉じた。

「孫娘は遠慮しぃだな」
「思春期ですから」
「その割にはとうが立っているようだがな」

 はっはっはと笑う男がマッドサイエンティストの吸血鬼だということも忘れ、トゥトゥはすねを蹴った。ユオは顔をゆがめ、うずくまる。

「あらいやだ。女性に、年齢の話は禁物ですわ。お客様」
「そのようだ」

 すねさする吸血鬼は、置いておくとして――何を優先してやっていくか必死に計画を立てる。
 まず、持ってきた荷物で洗剤を作って、掃除をして、炊事スペースを確保したら夕飯の支度をして――

「持ってきたものだけで足りるかな……ハーブ系はこっちで揃えればいいと思って、あんまり持ってきてないんだよねえ」

 着任してしょぱなの大仕事を思い浮かべ、トゥトゥは大きく息を吐く。

「まぁそう難しい顔をするな。すぐに慣れる」

 いったい何の心配をしてくれているのか。トゥトゥは能天気な吸血鬼をいぶかしげに見つめる。

「……次は空室を見て回りましょうか。案内お願いします」
「任せておけ」

 ――全部で八つの客室の内、使われてない部屋は五つ。
 それぞれの扉を指差しながら、ユオはゆっくりと口を開く。

「この五つの部屋は、今はどの異世界にも通じていない。誰かが来て通ずれば、そのものが元の世界に帰るまで――異世界と通じたままだがな」

 ユオの説明に、トゥトゥは顔を硬くした。いつどんな人がやってくるかわからない状況に、不安をつのらせる。

「この部屋は今、つながっていないから開けてもいいんですよね?」
「部屋の外から開けるのは何も問題はない。問題は内からだ。下宿人のいる客室は、内から鍵を差したままドアノブを回せば、異界へとつながる」

 つまり、異世界にすでにつながっていても、外から開ける分には支障はないらしい。
 意図せず異世界に入り込んでしまう危険はないとわかって、トゥトゥはほっとした。

「その、異世界に出ていっちゃったら戻ってこれないんですか?」
「出先でも適当なドアに自室の鍵を差して開ければ、ここに戻ってこられる」

 ユオの説明から、彼は日常的に行き来しているのかもしれないなとトゥトゥは思った。

「わかりました。じゃあ、入りますよ」
「おうとも」

 気持ちを強くし、トゥトゥは空室の鍵を開ける。

「……普通の部屋」

 扉をそうっと慎重に開くが、そこにあったのは、拍子抜けするほど普通の客室だった。
 扉を見てみると、内側にも鍵穴がついた立派なドアノブがある。さすが以前は貴人を泊めていたこともある王都の宿屋だ。
 だが、ドアノブ以外は木のベッドや小さなクローゼットがあるだけの、いたって普通の客室。何も不思議なところはない。

「下宿人のいる客室の扉って、本人以外が……例えば、私が内側から鍵を差して開けたとしても、異世界に通じるんですか?」
「さてなあ。ミンユは試していなかったからな」

 ユオはあごさすって答えた。

「他の世界に通じたら、音が鳴ったり、光が出たり……何か合図とかあるんですか?」
「ここに住んで長年が経つが、そんなものは見たことないな」

 ユオは、トゥトゥが持ったままのドアノブを見下ろしながら説明した。

「合図はないが、条件ならばある。異界からやってくる条件はただ一つ。どこかでドアノブを持ったものが、〝ここではないどこかへ行きたい〟と願うだけだ」

 なんてお手軽でエコなんだ。トゥトゥは頭を抱える。

「……ありがとうございます。とりあえず、もし異世界からお客さんが来たら、もてなして、客室の鍵を渡せばいいってことですね」

 おばあちゃん、こんなイレギュラーなこと、よく何年も何十年もしてたなぁ……。すでに気疲れでぐったりとしていたトゥトゥは、肺の底から大きな息を吐きだした。

「ミンユは細かいことは気にせん、度量の広さを持っておった」

 まるで春ののように穏やかに笑う男は、一体何年前にここに来て、どれだけの期間祖母と過ごしていたのだろうか。
 トゥトゥの知らない祖母のことをよく知るユオに、トゥトゥは少しだけ羨望せんぼうを抱いた。


 他の空室を見て回っても、家具の配置ぐらいしか違いは見受けられなかった。きちんと整理されたままだったが、少しばかりほこり臭い。

「もしかして、換気もしてないんですか?」
「人間の習慣は面倒なことが多くてなぁ」
なまけものですねえ」

 換気をしようと、廊下に出て両開きの窓の木戸を開ける。眼下には春らしい淡い緑が生い茂っている。白い光が窓枠型に廊下に差し込んだのを見て――トゥトゥは慌てて木戸を閉めた。慌て過ぎたため、バタンという大きな音が響く。

「どうした、壊れるぞ」

 突然のトゥトゥの暴挙に驚いたのか、ユオはぱちぱちとまばたきをしながら彼女を見下ろす。

「とっととととっ」
「とっとっと?」
「溶けるんだっけ!? 吸血鬼って、日の光で!」

 真面目な声色に焦りをにじませたトゥトゥに、ユオはなぜかくるりと背を向けると、肩をかすかに震わせながらじっとしている。
 再びトゥトゥに向き直ったユオの表情は、不自然なほどの真剣味を帯びている。

「――長時間外にいなければ大丈夫だ。帽子などがあればなおよい」

 やっぱり溶けるんだ……! 確か吸血鬼にとっては、日光とニンニクと十字架、そして銀のナイフが致命的だった気がする、とトゥトゥは前世の記憶をたどった。

「わかった……。私も気を付けるから、どうぞ安心して過ごしてくださいね」
「――恩に着る。次は庭へ行くか? 俺も帽子を持ってこよう」
「無理のない範囲でいいので、案内よろしくお願いします」

 トゥトゥが言うと、自室に帽子を取りにいこうとしたユオは「心得た」と答えた。


     * * *


 トゥトゥは、広いつば付きの帽子を被ったユオについて庭に出た。
 草木が好き勝手に伸びまくっていた表の様子を見ていたトゥトゥは、どうせ庭も荒れ果てているのだろうと予想していた。

「……すごい、綺麗……」

 それが、なんてことだろう。森に面した下宿屋の庭は、トゥトゥの想像よりもずっと広く、野生的で、美しかった。
 人の手が入っていることがよくわかるが、葉っぱ一枚まで管理されたお城の庭のような作られた美しさではない。草木がのびのびと群生した、愛にあふれた庭がそこにあったのだ。

「昔来たときは、こんなに立派じゃなかったのに……」

 一番手前に生えている背の低いハーブの後ろには、色とりどりの花々。その後ろには、背の高い立派な木々。見栄みばえも日の当たり方も計算され、草花にとって心地よさそうな空間を作っていた。
 庭の真ん中にはうねが作られた畑もある。たわわに実っている野菜の瑞々みずみずしさは、料理屋の娘として気になるところ。市場に並んでいるどんな野菜よりも、立派だった。
 畑を囲む柵以外、何一つ区切るもののない広々とした庭。草木を踏まないように、人が作業するスペースも十分に確保されている。

「フェンネル、ローズマリー、セージ、ユーカリ……あれも、これも……全部。おばあちゃんが送ってきてくれていたのは、自分の庭で採れていたものだったんだ……」

 トゥトゥがここに預けられていた頃の庭は、もっと殺風景だった。そのため、てっきりトゥトゥの住む村にはない珍しい植物をわざわざ買い求めて送ってくれているのだろうと思っていた。
 祖母の送ってくれたハーブで、トゥトゥは化粧水やシャンプーをよく作った。
 前世でアレルギーがあったため、市販の美容品が肌に合わず、母に勧められてハーブ教室に通っていたのだ。
 前世の知識を、今の人生にかしたいと思えたのは、このハーブのおかげ。

「素敵……あの植物たちがこれから全部使い放題だなんて……!」
「なんという俗物な」

 ユオが呆れてつっこむが、トゥトゥは聞いていなかった。
 緑に染まった中庭に、ただただ見入っていた。

「あそこにいるな」

 立ちどまっているトゥトゥの隣で、庭の端を見ながらユオが言う。

「おーい、シュティ・メイ!」

 歌うシュティメイ
 ユオが声をかけた方向を見て、トゥトゥはそこに人がいたことを知る。


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