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第60話 帰還

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「……これでいいかな。さ、帰れるな」

 イスに深く腰掛けながら、俺は中央の机に研究結果と走り書きを残してある本を置く。

 既に季節は春。
 過去に来てからそろそろ一年になる。
 俺の髪もかなり伸びており、後ろで結んでいる。
 それだけ、長い時間を過去で過ごしたのだ。

「……うん」

 俺の時空転移魔術では俺しか未来には行けない。
 俺は元々過去に来たはぐれものだから問題ないが、俺の技術ではそうではないものを連れていくことは難しい。
 だからアマネは一人取り残されるのだ。
 しかし、

「200年後にまた会おうな」

 アマネは『生命力操作』で200年後まで、自身を凍結させる。
 そして俺達は200年後に再会する予定だ。

「……うん。……でも、怖い」

 実際かなり怖いだろう。
 そもそも成功するかもわからない。
 しかも凍結中は無防備だ。
 ゴーレムやトラップが大量にあるから、他の場所で凍結するよりかはましだろうが。

「大丈夫さ。ゴーレム達もいるし」

 俺は立ち上がって中腰になり、アマネに目線を合わせる。

「……うん」

 それでもアマネは少しうつむいている。
 俺は――

「大丈夫。俺には縁の加護がある、必ず会えるさ」

 アマネを優しく抱きしめた。

「……ありがとう、アベル」
「気にするな」
「……絶対、会えるよね」
「あぁ、絶対会える。俺は聖杖の勇者だからな」

 それから俺達はしばらく抱き合った。
 両方が心の整理をつけるまで。

「じゃあ、俺はそろそろ行ってくるよ」
「……うん」

 俺は大きな水晶を机の上に置く。
 これはドラゴギアにもらった龍の魔石をコアとして、大量の魔石を一つの結晶にした――いわば最高峰の杖だ。
 ……水晶だけど。

「世界を統べる龍よ。その創造主たる神々よ……」

 そして俺は詠唱しつつも、水晶の周囲に杖で魔方陣を描く。

「我に時を超える力を与えたまえ……」

 最後に俺は水晶の上に手を置く。

「『時空転移』!」

 その言葉を皮切りに、俺は水晶に魔力をこめる。
 それによって俺の身体はほのかに発光し、徐々に体の重みがなくなっていく感覚がする。

「……ばいばい」

 アマネは小さくつぶやく。

「あぁ、200年のさよならだな」

 俺は笑顔で返す。
 その言葉を最後に、俺の意識は一度途切れてしまった。

 ◇◇◇

「ぅ……ふぁ……」

 俺は目が覚める。
 目の前に広がるのは一面の平野と道路。
 そして大きな城壁。
 これらの景色に見覚えはある――王都の城壁の外だ。

 俺は服に剣と杖だけ。
 それだけを持って外に投げ出されている。
 水晶も、本も……そしてアマネもいない。

「少し位置を間違えたようだな」

 本来なら王都にある学院ダンジョンで目覚める予定だった。
 だが俺は間違って王都の外で目覚めてしまった。
 ……時間も間違えてないといいが。

「まぁ行ってみるしかないな」

 俺は王都の入り口へと歩き出す。
 入り口は遠くなく、すぐに着くことが出来た。
 そしてそのまま衛兵をスルーし、中に入る。

「さて、まずはどこにいくべきか」

 周りを見てみる。
 おそらく俺が元々育った時代の街並みだ。
 大体の時間は間違えていないようだ。
 なら――

「……家に帰るか」

 道は全て覚えている。
 だから慣れた路地を歩き、噴水を横切る。
 さらに、パン屋から漂ってくるおいしそうな匂いをかいで、日差しの眩しさを身に浴びる。
 ……全てがなつかしい。

「ここだ」

 俺は一つの家の前に立つ。
 そしてそのままノックをした。

「……はい。少し待ってください」

 家の奥から女性の声が聞こえる。
 それから十秒ほど経った頃。
 玄関がゆっくりと開かれる。

「ただいま」
「……え」

 そこに立っていたのは艶やかな黒髪に漆黒の瞳をした少女。
 俺の妹――カレンだった。


――――――――――


◆アベル・マミヤ

◇スキル『絶対真眼』
 ・『崩壊』
 ・『遅緩時間』

◇真祖の力
 ・『神殺槍』
 ・『魔剣』

◇加護
 ・『縁の加護』
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