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しおりを挟む社用車で福丸屋へと帰ってきた二人は、在庫のあるバックヤードへと向かう。
どんどん奥へ進む隼人について行くと、行き止まりにあるコンテナの前で隼人が振り向いた。
「ちなみに残っている在庫というのはこれだ」
「これ……全部ですか!?」
隼人が指さしたコンテナにはたっぷりと透明なビニール袋に入ったパジャマが積まれていた。
思っていたより何倍も多い。その量にめまいがしてくる。
「君ならどう売る?」
再び歩き始めた隼人の隣で、麻由はしばし考え込む。
「えっと、普通に考えるなら以前のように寝具の催事で扱いますが……あとは母の日や父の日に合わせてディスプレイするとか」
けれど、どの案も年内には無理だ。
隼人はどうするつもりなのだろうと思っていると、小さな会議室に入っていった。
室内にはうなだれた若い男性社員が一人いるだけだ。
隼人が約束していたのだろうか。麻由が部屋を出ようとするとそれを制される。
「君もいろ」
有無を言わさぬ調子で言われてしまい、訳もわからぬまま、机を挟んで男性社員の向かい側、隼人の隣に座る。
「なぜ呼び出されたのかわかっているな」
「すみません……」
「理由を聞いている」
冷たくて威圧的な隼人の声が静まりかえった会議室に響いた。
こんな隼人は初めて見る。いつも薄く笑みを浮かべて余裕たっぷり、多少慇懃な口調ではあるけれど声の調子は柔らかなのが隼人だと思っていたのに。
「鮎川コットンの件で……」
「そうだ。在庫管理していたのは君だな。数量のミスに気付いた君は、商品をコンテナに入れて使わない資材の裏に隠した。合っているか?」
「はい……」
「言い分を聞こうか」
「ミ、ミスに気付いて、怖くなって……」
男性社員の声はだんだんとか細く消えていった。
「君の判断で福丸屋は取引先を一つ失うところだったんだ。今度の催事は丸つぶれになるところだ」
「はい……」
「ことの重大さは理解したな? 君は福丸屋東京店にはもういらない。人事に言い添えておく」
つまり、この先彼に待ち受けているのは左遷だ。麻由は思わず隼人に詰め寄っていた。
「ま、待ってください!」
必死になっているのが怒られている当人ではないことに、隼人は少なからず驚いた様子だった。
「もう一度チャンスをあげてください。一度の失敗でいらない、なんて……」
「一度の失敗が取り返しのつかない事態を生むこともある」
「でも、今回は違います」
「いいのか? 一番迷惑を被ったのは君だぞ」
男性社員を見ると、机につくほど頭を下げて「すみません、すみません」と何度も謝っている。この姿を見て、責めようなんてとても思えなかった。
「わ、私もミスをすることはあります。助けがなければ私のほうこそ取り返しのつかないミスをしていたかもしれません」
隼人にも何度も助けられている。他の人だってチャンスを与えられていいはずだ。
「……わかった。今回のことは不問にする。ただし、部門内では君のミスは周知するからな」
二度とこんなミスしないように、と隼人が重ねて言い含める。
その言い方にさっきまでの威圧的な調子が薄れたのを聞いて、麻由はほっとした。
男性社員は低頭したまま会議室を出て行く。
「なんだ、君のほうが怒られてたみたいだな」
大きく息をついた麻由を見て隼人が不思議そうにする。
「だって、他人事だと思えません。私だって失敗はします」
「君はそれを隠したりしないだろう」
「それはそうですけど……。あの、どうして左遷を取り下げたんですか」
密かに「彼がかわいそうになったから」という答えを期待している自分がいた。隼人が優しいところを見たいのだ。さっきの隼人は本当に冷酷で恐ろしかったから。
「気づいただけだよ。部下の評価を馬鹿正直に報告しても俺の評価が下がるだけだって。それだけ本部に戻るのが遅くなる」
「そんな……」
「軽蔑したか?」
隼人は麻由の手に自分のそれを重ねた。
「参ったな。だったら君を同席させるんじゃなかった」
「なぜ、そんなに本部へ戻りたいんですか?」
隼人がこちらに来たのは左遷されたり、評価が低いからという訳ではないはずだ。本部採用の社員も一度は現場に配属されるのは慣例になっているし、特別な肩書きを与えられている分、むしろ評価されているはず。焦らずともこのまま働いていれば数年後には昇格と同時に本部へと戻れるはずだ。
「デパートが嫌いだから、って言ったら、もっと嫌うか?」
「え?」
意外な言葉に麻由は目を見開く。
今までの革新的な仕事ぶりにそんな気持ちはみじんも感じられなかったのに。
「な、なんで、ですか?」
率直な疑問に、隼人は力なく笑った。
「言わない。言ったらもっと嫌われそうだ。もっと……君が俺を心から愛して、離れられないくらい夢中になったら言ってもいい」
「なにいってるんですか」
いつもの軽口をいうような口調だったが、それがあまりに悲しげで、重ねられた手を振り払おうと思えなかった。
(それに、理由聞いたって嫌いになんか……)
隼人がデパートを嫌いだということに純粋な驚きはあれど、どんな理由があったって軽蔑したりすることはない気がした。
だから、本当は聞いてみたい。隼人の本音をもっと深くまで。
(でも、形だけの恋人だから……)
隼人に曖昧な態度を取る自分が、本人が言いたくないと言っているところへ踏み込むことに抵抗がある。あまりに図々しい話だと思ってしまうのだ。
だったら代わりに、催事を成功させようと麻由は決意する。
隼人が本部に戻りたいなら、それを自分は後押ししよう、と。
重ねられた大きな手に、頼ってばかりはいられない。
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