『狭間に生きる僕ら 第二部  〜贖罪転生物語〜 大人気KPOPアイドルの前世は〇〇でした』

ラムネ

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時と色が死んだ世界

ごく普通の高校生、救世主になる?!

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少女は、私たちに声をかけられても逃げることなく大人しく蓮くんの話に耳を傾けていた。私たちが小学生の時には、知らない人から話しかけられたら逃げなさいって先生や親から厳しく言われていた。でも、きっとこの子には、この世界にはそういう大人がいないんだ。

「違う世界……?」

少女がぽつんとつぶやいた。声は震えていたけれど、その瞳には確かに光が宿っていた。

蓮くんは軽くうなずいたあと、少女の肩に添えていた手をそっと離した。

「うん。ちょっとだけ、君のことが気になってさ。話を聞いてもいい?」

少女は、考えるように小さく首をかしげたけれど、そのまま、うなずいた。私は後ろからそっと近づいて、蓮くんの隣にしゃがんだ。
「名前、教えてくれる?」
「……りこ」
少女はそう名乗った。声はまだ小さいけれど、確かに自分の存在を、この世界に刻むような響きだった。

「りこちゃんは、どうしてここにいるの?」

しばらくの沈黙。りこちゃんは地面に落ちた石ころを見つめたまま、口を開かなかった。でも、その表情は何かを思い出しているようだった。

「……おかあさんがね、いなくなったの。」
「いなくなった?」
「うん。朝、いってらっしゃいって言ってくれたのに……学校から帰ってきたら、もういなかったの。電気も、テレビも、何もついてなかった。おうちの中も、なんか冷たくて……」

りこちゃんの言葉に、私は自然と胸の奥がぎゅっと締めつけられるような感覚を覚えた。

「それで……気づいたら、みんな、止まってたの。先生も、お友達も。パパも、いないまま。わたし、どうしていいかわからなくて……」

そのとき。

ふと、空の色がまた一段、明るくなった。まるで、りこちゃんの“記憶”がこの世界の空に作用しているかのようだった。蓮くんが、静かに言った。

「この世界が止まったのは、君が“ひとり”になったから、かもしれないね。」

りこちゃんは、また小さくうなずいた。そのまま、ぽつんと聞いてきた。
「……蓮くんと、佳奈美さんは、ここから帰れるの?」

私は一瞬、答えに詰まった。けれど、蓮くんがすぐに答えた。

「うん、帰れるよ。でもね、りこちゃん。君も帰れるんだよ。ちゃんと、自分の心を取り戻せたら。」

「心?」

「そう。“寂しい”って気持ちに、ちゃんと気づいてあげられたら。その気持ちを、ちゃんと誰かに言えたら。ほら、今、君は俺たちに言えたじゃないか。」

りこちゃんの目が、大きく見開かれた。私はその子の手を取って、そっと包み込んだ。

「わたしも、似たような気持ち、あったんだ。だから、ちゃんとりこちゃんの気持ち、届いたよ。」

りこちゃんの目に、ほんのひとすじ、涙がたまっていくのがわかった。

カチッ……

また、世界のどこかで音がした。今度は、近くの建物の中で、時計の針が動いたような音。

風が吹いた。

それは、この世界に来てから初めて感じた、やさしい風だった。

蓮くんがつぶやいた。

「……きっと、この子がこの世界の“鍵”だったんだ。」

私は頷いた。りこちゃんの涙が、一粒、私の手の甲に落ちた。それは、灰色の世界に色を取り戻す、最初の一滴だった。

灰色だった世界が少しずつ色を取り戻し始めた。

小説の中の世界と、私たちがいた世界は確かにリンクしていた。

この世界ももしかしたら、峻兄ちゃんが言っていたパラレルワールドなのかもしれない。じゃあ、この世界にも何かしら共通点があるのかな。

扉を開けるまでは、もう一人の私が、小説の中で蓮と一緒にいた「圭吾」と名乗った少女がいるのかと思っていた。蓮くんは私の姿が池に映った時、私をその少女に似ていると言った。

もしも私が、小説の少女と私がいた世界の共通点となっているんだとすれば?

この灰色の世界に、もしかしたら前にいた世界との共通点があるんだとしたら?

できればこの世界だけは、パラレルワールドであってほしくない。だって、私たちがいた世界にも、寂しさで時間を失ってしまうような人が沢山いたってことじゃん。

だから…私たちはこの世界に色を与えないといけないんだ。ここの住人がこの世界で時間を取り戻せて、寂しさに気づくことが出来て…元いた世界にも、戻れるようにしてあげなきゃいけないんだ。

そう、ここはただのパラレルワールドじゃない。

「もしもの世界」なんかじゃない。

ここには、確かに誰かの“本物の想い”が残っていて、止まった時間の中でずっと誰かを待っていたんだ。

蓮くんが、私のとなりで静かに呟いた。

「多分、この世界の人たちは、もう誰かに“気づいて”もらうのを待つのをやめて、自分が誰かに“気づく”ことを忘れてしまったんだよな。」

私は、りこちゃんの手を見つめた。さっき、あの子の涙が私の手に落ちたとき――ほんの一瞬、この世界が揺れた気がした。灰色の世界に、少しだけ赤みが差した。まるで、心拍が戻ってくるみたいに。

「蓮くん。これって、もしかして、“色”じゃなくて、“心”のほうなんじゃないかな。」

「心?」

「うん。この世界が灰色なのは、心が止まってたからで……色って、気持ちとつながってるものなんだよ。悲しい時は青、怒ってる時は赤って言うみたいに。だから、私たちがここに“色”を戻すっていうのは……この世界の人たちに、“気持ち”を思い出してもらうことなのかも。」

蓮くんは目を細めて、ふっと息を吐いた。

「佳奈美、お前……随分と…」
「……え?」
「いや、なんでもない。たぶん、俺もこの世界に来て、変わったってことかもな。」

その時、りこちゃんがぽつりと呟いた。

「この街、もっとにぎやかだったの。おまつりの日、私、ここで金魚すくいしたの。」

その声をきっかけに、私たちの目の前の景色がふわりと揺らいだ。

アスファルトの地面に、赤と白の提灯の明かりが映り込む。
空には、色あせたままだった雲のすき間から、ほんの一筋、夕焼けの橙色が差し込んだ。

りこちゃんの“記憶”が、この世界に「色」を与えていた。

私はすぐに思った。――りこちゃんみたいに、まだどこかに“心”を閉じ込めてる人が、この世界にはきっと何人もいる。その人たちのそばに行って、話を聞いて、泣いたり笑ったりしてもらって……

そうやってひとりずつ、この世界の色を取り戻していこう。

「蓮くん。たぶん、私たち、まだこの世界でやらなきゃいけないことがたくさんあるんだと思う。」

「……ああ。きっと、そうだな。」

そう言った蓮くんの顔にも、うっすらと光が戻っていた。

灰色だったこの世界が、少しずつ、けれど確かに――脈を打ち始めていた。

私はふと、思い出した。この世界に青い布状のものはあるのだろうか。
「蓮くん。」
私の手の甲に落ちたりこちゃんの涙を見つめていた蓮くんの目が私に向けられる。
「ここに、青い旗ってあるのかな。私、不気味がってたけど、ホントは大切なモノなんじゃないかって思い始めた。小説に出てきた日下部さんって覚えてる?あの人、青い旗が揺らめく闇にいたでしょ。それと、成瀬蓮が青い旗を見た時は子供みたいな小さな影がそばにあって、私が青いハンカチを渡してあげたのだって男の子だった。青いものが子供と関係している可能性は考えられないかな?」
蓮くんは顎をくいッと上にあげて白目になった。これは、何か深く考え事をするときの蓮くんの癖だ。最後に私は気になっていたことを、蓮くんの下あごを見ながら尋ねた。

「男の子の青いハンカチ、なんで蓮くんが持ってるの?」

蓮くんは、少しの間黙ったまま、空を見上げていた。もう白目じゃないけど、まだ何か答えを探しているようだった。やがて、深く息を吸ってから私のほうを向いた。
「……たぶん、俺にも、ちゃんと思い出せてないことがあるんだ。」
「思い出せてない?」
「うん。あのハンカチ……俺、初めて見たって思ってた。でも、見覚えがある気がしてならなかった。それに、佳奈美があのとき渡したって言ったのを聞いたとき、なぜか妙に納得できたんだ。――つまり、それが“もうひとつの世界”で起きたことだったからなんじゃないかなって。」

私は息をのんだ。つまり、蓮くんは、小説の中の蓮くんの記憶を受け継いでる……?

「じゃあ……その世界で蓮くんがその男の子に会ってたってこと?」
「いや、会ってたんじゃなくて――俺が、その男の子だったのかもしれない。」
「……え?」
蓮くんは少し微笑んで、でもその目はどこか遠くを見ていた。

「さっき、りこちゃんの記憶でこの世界に色が戻ったろ?もしかしたら、この世界にいる子どもたちは、“記憶”を抱えて止まった時間の中にいるんじゃないかって思う。そして俺も……そのどこかの世界で、“子どもだった自分”と出会ってたのかもしれない。だから、あのハンカチを、持っていた。」

私は言葉が出せなかった。蓮くんの言葉は突拍子もないようでいて、不思議なほど、心のどこかにストンと落ちてきた。

青い旗、青いハンカチ、青いものが見えるとき、そこにはいつも子どもの“影”があった。

もしかして青って、失われた時間の中に残された“子どもの記憶”の色なのかもしれない。

「蓮くん……この世界に、蓮くんの“子どもだった頃”がいるの?」
「それは……俺にもわからない。でも、もしそうなら、探さなきゃいけない気がする。
その子が、青い記憶をずっと持ったままここで待ってるなら――」
「会いに行こう。私も、いっしょに。」
蓮くんは静かにうなずいた。

その瞬間、頭上にひらひらと、小さな青い何かが舞い降りてきた。
それは、まるで風に揺れる旗のように、ふわりと私たちの間を通って、りこちゃんの足元へと落ちた。りこちゃんがそっとそれを拾う。
「これ……私の?」

そう言ったとき、彼女の目にまた小さな涙が浮かんだ。
でも今度は、少しだけ笑っていた。

世界に、またひとつ“色”が戻った気がした。
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