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静かなる暴走
いただきます〜命を食べるということ〜
しおりを挟む俺達は圭吾と桜大に手を引っ張られて、食堂に連れて行かれた。
500人は余裕で入れそうな程に広い食堂。火の玉たちが蛍みたいに輝きながら飛び回っている。食堂の窓から、佳奈美さんと彗星が、りこを含めた火の玉3つと並んで先についているのが見える。
俺が食堂の扉を開くと、中から美味しそうなカレーの香りが漂ってきて、俺の全身を包んだ。
『あ、すみません、お呼びにいけなくて…こら、そこ、危ない!』
中村が丈の短いエプロンを着けて、皿に真っ白な白米を盛り付けながら、カレーが入った鍋の近くで暴れていた火の玉たち3人を叱った。中村の隣に立っている、顔に狐のお面を付けた女性が、中村の盛り付けたご飯の上にカレーを丁寧にかけていく。要するに、ごく普通の給食スタイル。
俺は桜大たちに皿やトレー、お手拭きが何処にあるのかを教えてもらいながら列に並んだ。
『生きてる人、後で遊ぼう?』
あちらこちらから、列に並んでいる火の玉や既に席に付いている火の玉たちから後で遊んでくれとせがまれる。
「わかったから、わかったから」
俺は水の入ったコップを零さないように気を付けながら、列を進んだ。
そう言えば…火の玉なのに、どうやってトレーを運んだりするのだろう。
火の玉なのに、どうやって食事をするのだろう。
最後尾に並んでいた峻兄さんがカレーを盛り付けてもらって席に付いた時、中村がエプロンを脱いで、食堂の入り口の近くにあるマイクを手に持った。
『手を合わせましょう』
『合わせました!』
火の玉たちが元気よく中村にならって手を合わせた…音がした。
というのも、火の玉たちは人間姿ではないから、実際に手を合わせているわけではないが、中村が呼びかけた後に全部の火の玉からパンっと揃った音がしたのだ。
『いただきます』
『いただきます!!』
懐かしい。小学生時代に、嫌と言うほど毎日やってきたことが、今となっては胸の奥がジンと温かくなる。
「お前らって、どうやって食事するの?見たところ手も口もないけど」
バットが最初の一口を飲み込んだ後、隣に座っていた晴馬に尋ねた。
『こうだよ』
晴馬の火の玉が優しい光に輝いた。
ポゥ…
晴馬に続いて、食堂にいる全ての火の玉が輝き始めた。
「あ…」
蓮の隣に座っていた佳奈美さんが、小さく息を吸って、圭吾とりこの前に置かれたカレーを見つめている。
「消えていく…」
火の玉たちの前に置かれたカレーは、火の玉の光が定期的に明るく光るたびに、蒸発するように少しずつ消えていく。
『生きてる人、食べるの遅!』
『おっそー』
『亀さんみたい』
「え…あ…え…?」
俺たち生者は、火の玉の光が綺麗すぎたのと、カレーが消えていくのが信じられなくて、カレーを一口も食べずに見守っていた。俺の隣でバットがハアハアと息をしている。息をするのも忘れるほどの光景。
「何で食べ物が消えていったの?」
彗星が隣で暇を持て余していた火の玉の1つに尋ねた。
『食べ物にね、ありがとうって言うと、食べ物がね、うん良いよって言うの』
ありがとう。
俺は今までに、本気で食べ物に感謝をしたことがあっただろうか。
単純にマナーだからという理由で、俺は今まで機械的に手を合わせてきたのではないだろうか。
『食べ物さんはね、怖かったよーって泣くの』
俺は自分のスプーンに乗った牛肉に視線を落とした。小さなこのスプーンの上に、1つの命が殺されたという重い事実が乗っている。
『だからね、ありがとうって言って、食べ物さんの命を成仏させてあげるの……早く食べろって!遊ぶ時間なくなる!!』
折角しみじみとした気持ちで晴馬の話を聞いていたのに、俺たちは早く食べろと急かされた。
「待てってば。急いで食ったら、本当に俺たち死んじゃうもん」
一裕のスプーンの上に、火の玉たちが人参や牛肉を乗り切らないほど乗せて、一裕の口に押し込もうとする。一裕は、スプーンから具材を少し減らしては食べるの攻防戦を繰り返している。
40分くらい経って、佳奈美さんがやっとこさカレーを食べ終わった。佳奈美さんは、吸血鬼特有の鋭い犬歯で噛んでいる時に口の中を怪我することが怖くて、食べるスピードが人間だった時よりも遅くなったのだ。中村は佳奈美さんがカレーを食べ終わったのを確認すると、再びマイクを手に持った。
『手を合わせましょう』
『合わせました!』
俺も胸の前で手をしっかりと合わせた。
俺はいったい、今回だけで、どれだけの命を頂いたのだろうか。
『ご馳走様でした!!』
俺が食べた命は、成仏してくれただろうか。
俺は皆に1テンポ遅れてご馳走様を言った。
『ねえねえねえ』
『遊ぼうよ』
夕飯を食べ終えて部屋に戻ると、早速大量の火の玉たちが部屋に集結してきた。
ピンポンパンポーン
『後60分でお風呂の時間です。繰り返します…』
俺は腕時計で時刻を確認した。
午後8時。お風呂は午後9時からか。
火の玉たちは畳に腰を降ろした俺たちの周りを、円を組んでピョンピョンと跳ねる。さて、何して遊ぶべきか。
『折角なら、俺たちにしか与えられない経験を与えよう』
エメラルドが、半開きになっていた部屋の扉を閉めて戻って来た。
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