『狭間に生きる僕ら 第二部  〜贖罪転生物語〜 大人気KPOPアイドルの前世は〇〇でした』

ラムネ

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静かなる暴走

しゅっぱーつ、しーんこーう!!

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部屋に戻ったのは8時頃。

中村が言うには、昨日俺達がいた場所は魂の転生受付所で、子供たちの火の玉の学校がすぐ隣に併設されている。そこで火の玉たちは、本来生者の世界で学ぶはずだったことや、今度生まれ変わるのに備えて、生者の世界の予習をするそうだ。

始業時刻は、一般的な小学校よりも随分と遅く、9時。あと1時間もある。

『ウルフ~手伝って~』

部屋で算数の宿題をしていた晴馬と悠馬が俺の腕を引っ張って、大きな窓の近くに置かれた椅子に俺を座らせた。

『あと30分で仕上げないといけないの~』

圭吾と桜大は宿題を既に済ませたようで、合宿所を出るまでの30分間、違う部屋の火の玉たちと遊んでくると言って出て行った。晴馬と悠馬は目の前に置かれた10枚のプリントの周りをグルグルと飛んで回り、俺と蓮に教えろ教えろとせがんでくる。

19+17-2×32+(100÷25)=□

一枚目のプリントの一行目に印字された計算式を見て、小学生にはレベルが高いのではないかと思ったが、正直高校生にもなればこの程度の計算で苦しんでいれば学校の勉強についていけない。この二人が生まれ変わるまで後何年、この死者の世界にいるのかは分からないが、こいつらが小学校の低学年くらいだとすれば、あと10年足らずで勉強内容はもっと難しくなる。


『お願い~教えて~』
『答え教えて~』

晴馬と悠馬が、俺と蓮の頭の周りをグルグルと回る。俺は全部でどれくらいの計算をしないといけないのかを確認するために、テーブルに置かれた10枚のプリントにザっと目を通してみた。

一問あたり…3秒?!

無茶な!

「おい、お前ら。今度からは自分で宿題やれよ。今回は特別だ」

俺は晴馬の、蓮は悠馬の隣に座って、息継ぎをするのも忘れるくらいの速さで答えを言っていく。こんなに切羽詰まった状況で計算をしたことなど、今までにあっただろうか。部屋の時計の針は、急ぐ俺たちを横目に無情に時を進めていく。

「がーんばれ~」

横からバットが応援する気など鼻から無いのが丸わかりの声援を送ってくる。

『ウルフ、これって何の倍数?!』
「ええっと、ええっと…17!」




ピンポンパンポーン

『あと五分で登校時間です。各自部屋に戻り、登校の準備をして下さい』

中村の声でアナウンスが入った。

『終わった…』

晴馬と悠馬がグッタリとした様子で、鉛筆を置いて机の上に身を委ねている。久々に声を出し過ぎてしまって、声が枯れている。俺は部屋を出て、通路に置かれたウォーターサーバーの冷水を一口含んだ。


ここって、本当に死者の世界だろうか。

火の玉たちが、ワチャワチャと部屋に戻り、部屋の中から各自小さな手提げかばんを持って部屋から出てきている。

『生きてる人、おはよう!』
『おはよう!』

小さな火の玉たちが、俺の足元をチョコチョコと通っていく。

『ウルフさん』

中村が、学校の先生がよく首から下げているのと同じような笛を首から下げて俺の方に歩いてきた。

カコン

俺は空になった紙コップを、ウォーターサーバーの横に置かれたゴミ箱に投げ入れた。

『今から子供たちが徒歩で学校に向かうのですが、皆さまはどうなさいますか?学校までは徒歩15分ですが…』

徒歩15分。

それくらいなら、小学校時代の俺も歩いてきた。それに、火の玉たちの登校風景をしっかりと見ておきたい。俺が将来死んで死者の世界に戻ってきたとしても、今、火の玉として存在している子供達は、転生してしまっているかもしれない。

晴馬と悠馬に会えるのも、俺たちが死者の世界から生者の世界に戻るまでの時間しかないかもしれない。

「俺たちも子供らと一緒に歩いていきます」

中村は承知いたしましたと言って、俺たちの部屋に行くと、部屋にいた他のメンバーを合宿所の出口まで案内し始めた。

「あ、蓮くん」

俺達が中村を先頭に、4人の火の玉たちと一緒に合宿所のエントランスに向かっていたとき、女子陣が夜桜に導かれて俺達の向かい側からやって来た。濃いピンク色の瞳を持った佳奈美さんが、俺の後ろにいる蓮に気が付いた。

「やっほ」

佳奈美さんがニコッと笑って、蓮に小さく手を振った。笑った口から、真っ白な犬歯がキラリと光って見えた。

「かわ…いい…か…も」

振り向くと、佳奈美さんを見ている蓮の両目がハート形になっていた。蓮はどうやら小悪魔的な女子に弱いらしい。


『皆さん、体調は大丈夫ですかー?』
『はああい!』

千を超えるだろう色とりどりの火の玉の前で、中村が火の玉の点呼を始めた。俺の隣に立っている蓮は、ボーっと佳奈美さんに見惚れている。佳奈美さんは彗星やりこたちとのお喋りに夢中で、蓮の視線に気が付かない。

「あ…」

彗星が一裕の視線に気が付いた。一裕は蓮の後ろに隠れるようにして、ずっと彗星を見つめていた。彗星は一瞬一裕に手を振りかけたが、昨日の「トイレ手伝ってあげようか」騒動を思い出したようで、フンッと口を尖らせてそっぽ向いた。


『皆さん、点呼が完了しました。準備は出来てますかー?』
『はああい!』

火の玉たちは、そんなに叫ばなくても良いのにと思うくらいの声量で元気よく返事をする。

火の玉たちが中村を先頭に、3列に分かれて並んだ。小学校に入学する前の火の玉たちと、小学校低学年の火の玉たちと、高学年の火の玉たちだ。りこは佳奈美さんと彗星を連れて低学年の列に並んだ。俺達は高学年の列。若い魂が先頭だ。中村の背中におんぶをしてもらっているように引っ付いている火の玉の1つが、元気よく叫んだ。

『しゅっぱーつ!』

それが合図なのだろう。他の火の玉たちから、一斉に息を吸う音が聞こえた。

『しーんこーう!』

高校生と大学生の俺たちは、一緒に叫ぶのが恥ずかしくて黙っていた。俺の肩の上に乗っていた晴馬と悠馬が思い切り叫ぶものだから、鼓膜が破れるかと思った。
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