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真実との対峙
真実を見破る龍を目に宿した男 〜覚醒の瞬間(とき)〜
しおりを挟む眠い空気を纏った朝は、笑えるくらいにいつも通りだ。
何の変哲もないカラスが、電線の上に止まって羽を休ませている。
今から仕事に向かうのであろう車が、国道を嫌そうにノロノロと走っていく音。
学生やサラリーマンたちを乗せて颯爽と駆けていく電車の音。
淡い紫色だった空は澄んだ青になって、まだまだ眠そうな街を眩しい朝日で覆った。
耳を澄ませば寝室の時計の音が、薄明るい空気の中、無表情に時を刻んでいる。
俺が昨晩訪れた世界の名残は、何一つ残っていない。水槽の中に喋る金魚もいなければ首長竜もいない。俺の身体も、何度見ても見慣れた人間の姿。青いドラゴンも赤いドラゴンも何処にもいない。
昨晩、俺たちの姿を映した「真実の樹池」など、初めから存在しなかったのではないだろうか。喋る金魚も、首長竜も、ドラゴンも、吸血鬼も、昨晩見た前世も、全て俺の脳が勝手に作り出した夢だったのではないだろうか。
夢の中の世界が異質で奇抜なのはよくある話だが、現実世界で人間が吸血鬼になったり、知性があって変貌自在に姿を変える首長竜がいたりするわけがないではないか。
俺は今も、この長い夢を見続けているのだろうか。
俺はいつ、目覚めるのだろうか。
俺はいつ、何の変哲もない人間として暮らせるようになるのだろうか。
脳裏に流れたノイズは、今もまだ耳の奥で繰り返し流れている。俺の知らない俺の声が、今もまだ耳の奥で叫び、苦しんでいる。
これは、果たして悪夢の続きなのだろうか。
「今日の予定は…」
俺は枕元に置いておいたスマホをつけ、今日のスケジュールを確認した。朝ご飯を食べ終えたらジムで運動して、昼ご飯を食べながら作詞作曲して、夜ご飯を食べた後は寝るまでの時間を本を読んだりギターやピアノを弾いたりして過ごすのは毎度のこと。もしも空き時間を作れるなら、ウルフさんやバットさんと一緒に、昨晩見た夢について話してみたい。サファイヤは夢の中で、2人と同じ国に俺が前世で暮らしていたと言った。俺は今もまだ、あの国がどういう場所なのか全然分かっていない。あの2人に聞けば、俺が見た夢の意味も分かるかもしれない。
「作詞作曲の時間を短めにするか…」
ピリリ ピリリ
カレンダーアプリで今日のスケジュール表を眺めていると、軽快な電子音とともにミンホクのLINEのアイコンがスマホの画面の上部からヒョコッと現れた。指先と手の平にバイブの振動が伝わる。
なんか用事あったっけ、今日。
俺は応答する、をタップしてスマホの画面を右耳に近付けた。
「もしもし?」
「お誕生日おめでとうございまーす!!」
稲妻のようなミンホの大声がバリバリと耳の鼓膜を破る勢いで鳴り響き、俺は思わず画面を耳から遠ざけた。
「ソクヒョンくーん、おはよー」
遠ざけた画面から、トユンの声もボソボソと聞こえた。他にもザワザワと誰かが電話の向こうで話しているのが聞こえる。
「みんな今どこにいるの」
俺はベットから起き上がって洗面所に向かった。洗面所の鏡には、寝癖でボサボサな頭のパジャマ姿の男が映っていた。俺だ。
「今から行っても良い?お前んち」
電話の向こうからビョングォンが叫ぶ。
「今から?ちょっと待って。朝の支度が…」
「せえの!」
ピンポーン
俺が寝癖を直し始めた時、ドアベルが鳴った。
「待ってよ!」
俺は急いでうがいと洗顔、着替えを済ませて玄関のドアを開けた。俺がドアを完全に開け切らないうちにメンバーがドドドッとなだれ込んできた。
「ケーキ買ってきたよー」
ソンイルは、最近韓国で話題になっているスイーツ専門店の包装紙で包んだ、赤いリボン付きの大きな箱を抱えていた。
俺の首から掛けたネックレスの青い龍は、太陽の光を受けてキラキラと光っている。
「ソクヒョナ、センイルチュカハムニダー!(誕生日おめでとー!)」
パンッ パンッ
クラッカーが弾け、中から飛び出た色とりどりの小さな紙が俺の身体にチロチロと降り注ぐ。皆、俺が昨晩見た夢のことなど全く知らず、無邪気に俺の誕生日を祝ってくれている。
例え嘘でもいい。
「ありがとう」
俺は背中の後ろに隠していた両手を恐る恐る出して、ソンイルから綺麗に包装された箱を受け取った。
鉤爪のない、5本指を持った肌色の両手に伝わるのは、保冷剤の冷たさと皆の温もりだった。
決めた。
例えこの世界が真実でなかったとしても、俺は虚構の世界を楽しもう。
俺が心の中でそう思った時、頭上を戦闘機が凄い勢いで掠めていった気がした。俺が不思議に思って天井を見上げると皆も釣られるように天井を仰いだ。
「何?何か虫いた?」
トユンが天井を隅から隅まで注意深く見ながらそう言った時。
ガシャーン!!
それはまるで、戦闘機が俺のすぐ隣で地面に勢い良く叩きつけられたような音だった。
「飛行機が墜落した?!」
俺は箱を台所の机において、リビングの窓のカーテンを開けて外を見た。
「え?!そんな音した?!」
俺たちは皆で窓にへばり付き、窓の外を見た。でも、煙が上がっている様子も火が上がっている様子も、人々が慌てる様子も見受けられなかった。アパートの近くの公園で、幼児を砂場で遊ばせている幸せそうな妊婦さんがいる。彼女の隣で、旦那さんと思われる男性が待ち遠しそうな表情で、大きく膨らんだ彼女のお腹を擦っている。
「何もないじゃん」
「お前、最近大丈夫なの」
メンバーの皆が、当たり前の風景を見おろしながら口々に俺が何かしらのストレスを抱えているのではないかと心配してくれる。
「いや…寝惚けてたかも」
俺は自分の目を擦って、もう一度窓の外を見た。でもそこには、何ら変わりのないありきたりな日常の風景が広がっていた。俺はそっとカーテンを閉めて振り向いた。皆が持ってきてくれたケーキを早く冷蔵庫にしまいたかった。
「ゴンミョン……?!」
ゴンミョンが立っているはずの場所には、血にまみれた知らない人間が立っていた。
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