恋が始まらない

北斗白

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第11話「箱と手探りゲーム」

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 勉強合宿から二週間ほどが経ち、登下校時に見かける桜の花びらが、綺麗な桃色から徐々に色褪せてきた。
 まだ春独特の寒さは残るものの、嫌に寒いと感じるほどでもなかったので、冬馬は今年の初売りで買った春用の緑色のジャケットを着用して登校していた。
 このジャケットは変な柄やラインが入っている訳でもなく至ってシンプルなもので、着やすさと値段が丁度良く、派手系ではなく質素が好きな冬馬にとっては最高の一品で、普段財布の口を滅多に開かない冬馬に即決を下させた中々の猛者だ。
 
 (……あれから一回も話してないな)

 勉強合宿が終わってから、二日目の夜に勉強を教えた女の子とは学校で見かける事はあっても、会話をするという事は一切なかった。まぁ、こうなるとはわかっていたのだけれども。
 
 「冬馬ぁぁぁぁぁ!」
 「え……」
 「おはよ!」
 「あ……なんだ純か」
 
 後ろから猛烈なダッシュをしてきた純は「なんだってなにさ」と息を切らしながら言うと、「あ、そういえば」と話を続けた。

 「今日放課後小説サークルの部室に来るようにって刹那せつな社長が言ってたよ」
 「うわ……またアレかよ」
 「うん、アレだね」

 春風はるかぜ刹那せつな。冬馬と純が所属している小説サークルの女部長である。整った容姿とは裏腹に勝ち気で男勝りな性格を持ち、人をこき使う事が得意なので小説サークルのメンバーの間では刹那社長と呼ばれている。
 それとアレというのは毎年この時期に行われている小説サークルの伝統である、今年の執筆する小説の種類決めだ。青葉高校の小説サークルは、毎年春にくじ引きを行い、引いたくじのお題に沿った小説を一年の間に仕上げなければならないという伝統を持っている。
 意外にもメンバーは二十人くらいいて、今年入学してきた新入生も十人ほどこのサークルに入部していた。
 
 「冬馬また社長泣かせないでね」
 「いやあの人が意味わかんないだけだから」

 冬馬は昨年、くじで「space」というお題を引いて、宇宙に関連付けて「星屑の定め」という小説を執筆したのだが、特に凝った表現をしたわけでもないのに、この小説を読んだ刹那社長が冒頭で泣き出してしまい、ちょっとした事件となった。
 ちなみにコンテストにも応募したのだが、結果は惨敗で賞にはかすりもしなかった。だから今年は良いお題を引き当ててコンテスト入選を目指して気合を入れていたところだ。

 「今年こそ入選してやる」
 「おお良いねえ、僕も食べ物系のお題を引いたら大賞確定なんだけどなぁ」
 
 それから「ラーメンの美味しいお店」や「食後のデザートに最もふさわしいものは」など、お腹の虫が騒ぎ出すほどにグルメの話を聞かされていると、あっという間に学校に到着した。
 席に着いて時刻を確認する。今日の四時に冬馬の一年をかけて共にする相棒が決定する。そのために何としてでも絶対に下手なお題は避けなければならない。
 冬馬は純にばれないように右手の拳を固く握りしめた。
 
 放課後になり、掃除当番を終わらせて小説サークルの部室へと向かうと、冬馬と純以外の部員は既に揃っていて、刹那社長がくじ引き箱の前に立って部員の出席を数えていた。

 「よし、全員揃ったようだな。それでは今から今年に執筆する小説を決める。じゃあ一年生から引いて行っていいぞ」

 ガラガラと音を立てて椅子から離れた一年生たちがくじを引いて行くと、「スポーツだって!」「私はサスペンスかぁ」などと口々に言い合って楽しそうに盛り上がっていた。
 最後の一年生がくじを引き終わると、刹那社長が二年生を呼びかけた。
 どくどくと脈を打つ心臓の鼓動が収まらないまま純の後ろをついて行くと、くじ引き箱の近くに立っていた刹那社長が冬馬に向かってこそっと耳打ちをした。

 「絶対スペース引けよ?」
 「いやもう宇宙は懲り懲りです」

 目の前の純がくじを引き終わり、とうとう冬馬の番がやってきた。
 
 (頼む……無理なお題はやめてくれ……)

 震える手を何も見えないブラックボックスの中に突っ込む。そしてここぞとばかりに神経を研ぎ澄ませた右手で一つの紙切れを掴んだ。
 
 (……これでいいのか? 他のにするか?)

 頭の中に生まれたもう一人の自分と自問自答を繰り返す。悩みに悩んだ挙句、遂に冬馬は最初に掴んだ紙切れを引くことに決めた。
 
 (よし……これにしよう。泣いても笑ってもチャンスは一度きりだ!)

 くじを引いたあと自分の席に戻り、綺麗に三角形に畳まれた紙切れを一折ずつ丁寧に折り返して行く。
 ここに書いている文字次第で今年のコンテストの入賞にどれだけ近づく事ができるかが決まる。あとはいるかどうかも分からない神様に頼るだけだ。

 (お願いです、俺に良いお題を……、せーの!)

 冬馬が最後に折り返したとき、自分の瞳に英語で書かれた文字が映った。

 「……Love……Story♡……??」

 (……オワッターー!!)

 視線の中に映る文字に心を破壊された冬馬は、両手で頭を抱えて机に突っ伏した。……ラブストーリー。それは冬馬にとって苦い思い出しか心当たりがない残酷な物語だった。
 もし本当に俺がラブストーリーを書くとするなら絶対にバットエンドで終わるな。心の中で冬馬はそう呟いた。


 「……純、いつまで笑ってんの」
 「ぷぷっ、いや、だって、あの冬馬が恋愛だなんて」
 「俺だって好きで引いたわけじゃないんだよ……」

 小説サークルの地獄の集まりが終わり、冬馬と純は一緒に駅までの帰路を歩いていた。
 くじを引いて席に戻った時、隣に座っていた純に紙を見せるといきなり爆笑のツボにはまってしまい、それからなかなか笑いが収まりきらないでいた。
 こういう時、普段は何気なく背負っている荷物も妙に重たく感じて、気分だけではなく物理的に身体もいつもより沈んでしまう。

 「いや本当に笑ったよ。遂に男の子にしか目がなかった冬馬も女の子の事を考える時が来たかー」
 「いやそれいろいろと誤解があるから。別に好きで女子と話してないわけじゃないし……」
 
 言葉を付け加えて話を続けようとした時、冬馬は勉強合宿一日目の夜に起こった出来事を思い出した。
 純と寝そべって話をしていた時に、自分が過去に経験した恋愛についてのトラウマを打ち明けようとしたが、丁度いいタイミングで純が寝てしまったのだ。
 あれからこういった話題になる事もなく、特に改まって言う事でもないなと感じていたので口に出すことはなかった。

 「まあ、好きで冬馬に話しかける女子もいないしねー」
 「だよな、っておい」
 「あ、そういえば今週の日曜日スプリングフェスタっていうイベントがあるんだけど、冬馬一緒に行かない?」

 スプリングフェスタとは、恐らく……というか絶対、二次元が好きな純と、その同志たちの集まりの事だろう。
 誘ってくれるのは嬉しいし、純の話を聞くのは楽しいので是非とも行ってみたいが、今日のくじ引き大会で思ってもいなかった誤算があったので、それについての作戦会議をしなければならないなと思っていた。

 「うーん、ごめん純。土日で恋愛小説の構成を練らないとこの先やって行けそうにないから……」
 「あ……ふふっ、そう、だったね、いや、もう笑わせないで……」
 「……はぁ」

 いつまで笑ってるつもりだよ、と突っ込みたくなったが、純がのんきに笑っていられるのも今の内だ。
 構成や内容も完璧に仕上げて、手に取った人全員がとびっきり感動する恋愛小説を書いて純を見返してやろう。と冬馬は心に誓った。
 それから純のお得意な二次元の熱弁を聞いていると、ほどなくして駅に着いた。

 「じゃあ冬馬、またね! 恋愛小説頑張ってね!」
 「わーったよ! またね」

 駅内のベンチへと向かう純に手を振り、定期券を差し込んで改札をくぐり抜ける。
 青葉地区には二つの種類の電車が通っていて、冬馬が利用する「青葉鉄道」と、純が利用している「青葉ライナー」というものがある。
 普段の登校時はお互いの時間を合わせてこの駅で待ち合わせをしているが、純の利用している青葉ライナーは基本的に本数が少なく、特に下校時は一時間も待っていたという話を何回も聞いたことがある。
 ちなみに待ち時間の暇つぶしは小説の執筆作業に当てているらしい。今回純が引いたお題は「fantasy」、つまり空想の世界を舞台にした物語なので、二次元が好きな純には結構似合っているお題だ。
 まさに貧乏くじを引いた冬馬は心の中で「……くっそぉ」と言葉を吐き捨て、ホームに到着した電車に乗り込んだ。
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