恋が始まらない

北斗白

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第15話「日向と二戦目」

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 「あー、疲れたなぁ」

 一回戦を終えた冬馬は、グラウンドを抜けて校庭の隅にある水飲み場に来ていた。
 先程の試合の結果は5ー0の快勝。そのうち冬馬は3得点と、ハットトリックを収めることとなった。

 (……次の試合は1時間後か)

 競技開始までは十分に時間がある。だが純はクラスメイトに捕まってどっかに行ってしまったし、一緒に話して暇を潰す友達がいない。
 まあしょうがないか。純……敵のシュートを顔面でナイスセーブしたし。その好プレーでチームメイトに囲まれるのもわかる。
 冬馬は少し傾斜がある緑の丘で、寝っ転がって体を休めることにした。

 「あー、 落ち着く」

 芝生に直に触れてるためか、そよ風に揺れて葉の擦れる音がやけに鼓膜の中に流れ込んでくる。
 おまけに目先に広がる空は青が澄み渡っていて、一閃いっせんに突き刺してくる太陽の光がぽかぽかして気持ちがいい。
 こんな日向ぼっこが最適な空間が他にあるだろうか。いや、地球のどこを探してもそんな場所はめったに見つからないだろう。

 (やばい……瞼が重くなってきた)

 瞼にかかる重力が嵩を増して、瞬きすらできないほどに睡魔が侵入してくる。
 身体が宙に浮く感覚、もう少し……もう少しで眠り……。

 「あ! 水城!」
 「ん、え、うぉ?」

 びくり、と体を震わせる。せっかく心地よさに身を任せて眠りにつこうと思っていたのに。
 我の眠りを妨げるのは誰だ、と身体を起こそうとしたが、この声は……うん、絶対そうだ。

 「花園……どうしてここに……」
 「どうしてって……応援に来たからだよ。ていうか、水城はここで何してたの?」

 本当に応援に来てくれたんだ。もう少し早く来てくれなかったのは残念だが、来てくれただけでもありがたい。
 中学時代誰からも応援されることなく、むしろ影に潜んで学校生活を送ってきた冬馬にとっては、本気で身に染みて嬉しいことなのである。

 「俺は一回戦終わったから休みがてらに日向ぼっこしてた」
 「ふふっ、何それ、あ、一回戦どうだった?」
 「勝ったよ、結構圧勝」
 「水城点数決めたの?」
 「うん、三点ね。って言っても大したことないけど」
 「え! ハットトリックっていうやつじゃん! 本当に運動苦手じゃなかったんだね!」

 一気に瞳を輝かせた花園を見て、しょぼしょぼしていた冬馬の瞼もつられて一気に目覚めたような気がする。

 「うん、ただ体育は面倒いから少し手抜いてただけだよ」
 「へぇー、先生に言っちゃおうかなぁ?」
 「え、ちょ、すいませんやめて下さい」

 こんなことが先生に知られたら、今まで4をキープしていた冬馬の体育の成績が一気に奈落の底へと急降下するだろう。

 「言うわけないじゃん、てか次の試合何時?」
 「あと1時間後って言ってた。花園は?」
 「私もバスケ勝ってきたからあと1時間半後。じゃあ時間あるから応援しにくるよ」

 学園一位のお姫様が応援しにきてくれるなんて、チームメイトもさぞかし喜ぶことだろう。
 勢いに乗ったBチームの逆襲。勝利の女神が付いてくれてる以上これは優勝も、もしかするともしかするかもしれない。

 「ありがとう、俺も試合終わったら応援しに行くよ。頑張ってね」
 「本当!?  絶対に来てね、勝つから!」
 「お、おお。ところで花園時間大丈夫なの?」
 「あ、これから綾乃たちと作戦会議するんだ! ごめんねまた後で!」

 冬馬は「うん、またね」と手を振った後、再び空を見上げてゆらゆらと流れ行く巻雲けんうんを目で追った。

 (……作戦会議か)

 一回戦目は同学年のBチームだったので勢いだけで勝利を掴んだが、騒いでたチームメイトからの情報によると、次の相手は同学年の隣のクラスのAチームらしい。
 なかでも、うちのクラスで顔が整っていると評判の伊建と仲が良い、サッカー部員の御岳みたけが中心人物で、一回戦も相当目立っていたらしい。

 「柄じゃないけど、俺もみんなの所に行って喋ってみるか……」

 天下の花園様が来ると知ったらチームメイトも親身に話し合ってくれるだろう。
 冬馬は服についている草屑をはらって、グラウンドの隅のチームメイトがたむろしている場所へと足を進めた。


 「お前ら……ちょっと落ち着け」
 「だ、だって……あの花園様がくるんやで!」
 「そうだぞ冬馬、俺さっきから首の左右運動が止まらねえよ!」

 はぁー、と長い溜め息を吐く。冬馬がチームメイトに花園応援情報を伝えた時から、試合開始五分前になってもずっとこの状態だ。
 向こうのチームは味方同士で肩を叩いたり、準備運動に励んだりして互いに士気を高めあっている。
 これはどうしたものか……何とかこのそわそわした状態を一気に勝利へと繋げる方法はないものか。

 (あ……そうか、そわそわをやる気に変えれば全部解決じゃん)

 冬馬の推測では、チームメイトたちは花園にかっこ悪いところを見られて嫌われるのが嫌だと怯えているだけだ。
 ならば対偶をとって、かっこいいところを見せて好きになって貰えばいいとやる気を底上げすればいいだけの話だ。

 「俺らが勝ったら、花園も凄く喜ぶんじゃないかな。皆も花園の悲しむ顔は見たくないでしょ、ならとことんやって頑張ろうぜ」
 「冬馬……そうだ、何で俺たちは縮こまってたんだ」
 「花園様にかっこいいところを見せるためにも、絶対にあいつらをぶっ潰さなくちゃならねぇ!」
 「うぉぉぉおおお!」

 単純な奴らだな……と冬馬は再び肩をすくめた。
 心配だったが、やる気になってくれてよかった。これでチーム全体やる気が最大限まで充電された状態で心置き無く戦える。
 冬馬も花園に応援されている以上、ここにいるチームメイトと同じ思いを背負っている。

 「ピー! これより第2試合を始めます! 両クラスは集まってください!」

 審判の集合笛と一緒に両クラスの選手が入場して、自分たちのピッチの中央で肩を組む。
 冬馬は左右両隣りに腕を回して、目でぐるりと仲間を見渡したが、チームメイト全員の眼は獲物を見つけた狼のように血走っていた。

 「よっしゃー! 絶対に勝つぞー!」
 「おぉー!」

 恐らく今日のエンジンの中で一番迫力があっただろう。普段喋らないで勉強ばかりしているやつも、アイドルや二次元の世界にのめり込んでいるやつも、一心同体となって遠吠えを上げた。
 一斉に各ポジションに散らばったところで、試合開始を告げるホイッスルの音がフィールドに響いた.

 この試合に勝利すれば準決勝へと駒を進める事ができる。この試合を含めてあと三回だけ白星を飾れば優勝だ。
 先程チームメイトから一回戦全試合の報告を受けたが、一回戦目をBチームで勝ち上がったのは三年生の一クラスと自分達だけ。多くの戦友たちが無念ながら敗退してしまったのだ。
 
 (……まだ花園は来ていない……か)

 この試合に顔を出すとは言っていたが、試合が始まってもそれらしき人物は見当たらない。ただ、敗退してしまったBチームの多くの戦友たちのためにも、冬馬たちは下克上という劇的なドラマを作り出さなければならない。

 「冬馬! 行ったぞ!」

 ボールをカットした味方からのロングボールが上がる。冬馬はそのボールを上手に胸でトラップすると、相手陣地に向かってドリブルを仕掛けた。
 
 (まだみんな上がっていていない……それに、相手ディフェンスはサッカー部の御岳がいる。確実に攻め切るためにはサイドの上がりを待った方がいいかもしれない)

 冬馬は相手のプレスに耐えながらボールをキープしようとしたが、駆け付けた相手の選手三人に囲まれてしまい、ボールを奪われてしまった。
 早いプレスに集団戦法。まるで古来の蒙古襲来を思わせるような頭のいい試合運びは流石スポーツの得意なAチームと言える。これは思った以上に苦戦を強いられるかもしれない。

 「裏! 走り込まれてんぞ!」

 ボールを持ったAチームの選手が、冬馬のチームのディフェンスの裏を掻いたスルーパスを出すと、そのスペースに走り込んだ選手が一回トラップをしてシュート体勢にはいった。

 「……純!」

 勢い良く飛んで行ったボールは、飛び出した純の頭を通過し、アーチの様な半円を描いて白いゴールネットに吸い込まれていった。

 「ピーー!」

 駆け寄った審判がホイッスルを鳴らす。冬馬がボールを奪われてからゴールを決められるまで一瞬だった。Aチームとはいえサッカー部員は御岳一人のはずなのに、それ以外の選手も一人一人サッカーの技術を備えている。
 サッカーを苦手としているチームメイトがいる冬馬たちにとっては、先制点を奪われたのはかなりの痛手だ。
 
 「ピピー! 前半終了!」

 悪い流れのまま前半が終了してしまった。守りが堅いAチームの守備をどうやって崩すか。何かいい作戦みたいなものはないのだろうか。

 「お、おい……見ろよみんな。あれ花園様じゃないか?」
 
 チームメイトが小さく指でさした方向を見てみると、望月と一緒に見に来ていた花園が、冬馬たちのベンチに向かって手を振っていた。

 「おい……花園様が我々に手を振ってくれているぞ……」
 「これは、ジャンヌ・ダルクの導きか……」
 「いや何言ってんの」

 チームメイトたちが崇拝している花園が来てくれたおかげで、先制点を取られて青白くなっていたチームメイトの表情がみるみる明るさを取り戻してきた。
 でも本当に応援しに来てくれるなんて、花園も今のクラスが好きなんだろう。頼りのAクラスは一回戦目で負けてしまったし、残るのは自分達だけだ。

 「よっしゃあ! ぶちかますぞお前らぁ!」
 「おおーー!!」

 明らかに試合前のモチベーションを超越したエンジンで、チームメイト全員の士気を高めた冬馬たちは、まだ後半開始三分前なのにもかかわらずピッチの中に走り出した。

 
 「よっしゃ行くぜぇ!」

 後半開始を告げる審判のホイッスルが鳴った瞬間に、前半とは打って変わって闘志を剥き出しにしたチームメイトたちが相手のAチームに襲い掛かった。
 勝利の女神とも言える存在が見に来てくれただけで、こんなにもチーム全体のプレーの質が変化するなんて思いもしなかった。普段勉強しかしてないやつなんて走るスピードを緩めずにボールを追いかけまわしている。
 とは言う冬馬のモチベーションも明らかに高揚している。根拠にならないが応援してくれる存在が近くにいるだけで、試合が終わるまでずっと走り続ける事ができそうな気がする。

 「冬馬ー! 決めてこい!」

 前半と同じシチュエーションで味方からボールを受ける。だがチームメイトが走り回って相手の布陣をかき回してくれたおかげで、残るディフェンダーはあと一人、御岳だけだ。

 (どうするかこのボール。また後ろに戻すか……いや、さっきも悩んで囲まれて最終的にボールを奪われてしまった。あそこで花園が見ているんだ……迷ってなんかいられない)

 冬馬はボールを受けてから一切後ろを振り向かずに、相手ゴールがある真正面へボールを動かした。目の前に立ちふさがるのは御岳……ここは一か八か、今日の為に深夜サッカー番組を見て学んだ技を使うべきかもしれない。
 何回も繰り返して見様見真似をしただけだが……一気にボールを両足で挟んで片方のヒールでボールを持ちあげながら身体を捻らせ、棒立ちになっている相手を抜き去る……。

 「なにぃ! ヒールリフトだと!!」

 あとは飛び出してきたキーパーがいない方に、浮いているボールの中心を足の甲で叩けば……。

 「ピーー!」
 「冬馬ーー! ナイッシュー! すげえな今のどうやってやったんだ?」
 「ナイッシューだよ冬馬君! もっと点取ってよ!」

 多分、皆の驚き以上に冬馬の驚きの方が遥かに上回っているだろう。普段の冬馬であれば一か八かの不可能に近いプレーは勿論、かっこよくて目立った行動をすることが考えられない。
 だけど、根拠と呼べる確証がないにもかかわらず、今の自分なら何でもできるような気がして、気づいたら思った以上に思いっきりはっちゃけてしまっていた。
 だが、本心からしてまだ高揚感が残っていてはっちゃけ足りない。
 「ピー!」という試合再開のホイッスルがグラウンドに響く。

 「冬馬! 守備は俺たちに任せて上がっとけ!」
 「みんな……」

 初めてかもしれない……いや、中学以来かもしれない。こんなに人に頼られることは。
 クラスの中で喋ったことがない人も自分を信じて一生懸命守備を頑張ってくれている。点を取ってくれると信じて、自分の為に汗を流してくれている。

 「よっしゃ取った! すぐカウンターだ!」

 ボールを奪った冬馬のチームのディフェンスが、苦手なりに自分自身の身体を張ってボールを中盤の選手に繋げた。
 パスを受けた中盤の選手は、相手ディフェンスの裏に抜け出した右サイドハーフにロングボールを渡すと、慣れないドリブルで相手ディフェンスを一人抜き去った。

 「冬馬、行くぞー!」

 相手をかわした右サイドハーフのチームメイトがセンタリングを上げる。皆が身体を張って、ドロドロになりながらも頑張って、絶対に勝利を掴もうとしてやっとの思いで届いたボール。

 「あ……しまった……距離が大きい……」

 冬馬の耳の中にそう聞こえたような気がする。だけど「距離が大きいからボールに届きませんでした」なんて自分だってごめんだ。そんなふざけた理由で皆が作り出してくれたチャンスを無駄には出来ない。
 チームメイトが身体を張ってくれたんだ。だから自分も身体を張って点数を取るくらいではないと……皆の思いに応える事ができないじゃないか。

 「なっ……」

 冬馬が深夜のサッカー番組で見た、もう一つの凄い技。センタリングをもらった外国のサッカー選手が、明らかに高いパスミスボールを後方宙返りの体制になって高い打点からボールを叩き落とす……。

 「……バイシクルシュート」
 「ピーー!」
 「冬馬ー! 信じてよかったー!」
 
 上手く後方宙返りができなくて腰から落下してしまったが、結果的に点数を決める事ができてよかった。

 「ピッピッピー! 試合終了!」
 
 試合終了を告げるホイッスルが響き、両クラスの選手たちがフィールドの中央に整列して挨拶を終える。

 「冬馬、なんか大活躍だね」
 「うん、何か調子いいみたい」

 いかにも嬉しそうに満面の笑みを浮かべた純が駆け寄ってくる。今の試合も気迫を纏ったセービングを見せていたので、純も本気なんだろう。

 「ちょっと水飲んでくるね」
 「うんわかった、じゃあ僕は皆と次の試合の作戦を練ってるね」

 一度今試合が行われたフィールドを見渡してから、純と別れて一人で水飲み場に向かう。
 視界に入った白いゴールネットは、まだ揺れているような気がした。
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