冬の窓辺に鳥は囀り

ぱんちゃん

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tapestries. とある休日の過ごし方④

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デリオットに促されてコンサバトリーからポーチに出ると、ガーデンチェアで眠るセレスを見つけた。
椅子の上にその細身の身体を小さく丸め、もこもこのブランケットに包まれている。
イスの下の石畳には毛足の長いラグが敷かれ、おそらく家中からかき集めてきたのではないかと思う量のクッションが所狭しと並んでいる。

一緒に来ていたデリオットを見ると、素知らぬ振りで俺を見返してくる。

「この可愛いのを俺に見せたかったの?」
「…半分は。」

そう言って肩を竦め、

「うかうかしているとヘザーを筆頭に家中のメイドが寝具一式を持って殺到しますよ。」

だからさっさと連れていけ、と言外に言ってくる。
甘やかされてるなぁと、思わず嬉しくなって笑ってしまう。

「それから。」

いつも以上に平坦な声音が逆に気になって注意を向けると、全く表情を変えないままこっちを見返してくる。

「芝が思いのほか伸びていたようでして。これから庭の調整に入りますのでセレス様を連れてお部屋にお戻りください。」

訝しく思ってその表情を覗き込んでも、なんの感情も乗ってはいない。
昨日庭を歩いた時には、いつもと変わらずきちんと整備されていたはずだ。
そう思って門の方に振り返り、唖然としてしまった。ポカンとした口が塞がらない。

敷地は草原になっていた。青々とした芝が腰の高さまで伸びている。
塀沿いの木々は春先の葉ばかりだったはずが、どの木にも花がついていて一気に華やかになっていた。
そして目の前には見事な花壇がある。名前も知らない沢山の花が色とりどりに咲き乱れているのだ。
まるでこの屋敷だけが春を謳歌しているかのように。

「ぶはっ!」

俺は、笑いを堪えきれず吹き出してしまった。

盛大にとは、この事だったか!

「くくくく。春も盛りだなぁ。」
「今年は花の付きも良いようで。」
「ははっ! じゃあ、俺も身体が鈍っているから、少し魔法の訓練でもするさ。」
「セレス様をお部屋へお連れしては?」
「いや。今日は暖かいし。それにセレスは寝相がいいんだ。起きたらこのままお茶にしよう。」

「せっかく花盛りなんだから。」





+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++


春とはいえ、午後の早い時間の陽射しは少し強い。
ポーチの脇に植わるアセルの木は、大きくも薄い若葉を茂らせ、その淡く柔らかな黄緑色の隙間から木漏れ日を落としている。
その柔らかい陽射しを浴びる年若い主人は、毛足の長いラグの上に無造作に座り、時々その目を細めては腕の中にすっぽりと納まっている寝顔を楽し気に眺めている。

私は、その様子を誰にも悟らせないように、時折目を走らせて観察する。
何度見ても、なんとも感慨深い思いが胸を満たす。


小さい頃から、気が付くといつも庭に居て護衛長や魔法マギアチューターと敷地内を駆けまわっているような子供だった。
学園へと上がれば、タウンハウスこの屋敷になどほとんど帰ってくることもないまま当たり前のように騎士になってしまった。
社交シーズンの度にいらっしゃる旦那様やエレノア様からは、屋敷に居ないことが良い便りとすら言われていたほど、王城から帰ってきたことがない。

年頃になり、意中のお相手もそろそろかと思う頃。かつて隆盛を極めていた歴戦の騎士たちの集まりへと足を運ぶ機会が増え、その筋からの断りにくい縁談でも持ち込まれるのではと心積もりをしていたこともあった。
けれど何度出かけて行っても、何度朝方に帰ってきても、そんな素振りは一向に見せない。
訝しみ探りを入れてみれば、どうも一晩中くだんの老騎士達の武勇伝に耳を傾けているのだという。
女性を紹介されるどころか、インビクタスというボードゲームに興じていると楽し気に戦況を話す始末。

ほっとする思いと、なんとも言えない複雑な気持ちを抱え、主のいない屋敷を整える事数年。
突然、何の前触れもなく『伴侶にしたい人がいる。』と相談されて以降、私は驚かされてばかりいる。
戦いばかりに傾倒しているとはいえ、伯爵家の中でも由緒正しいルーメン家の四男。ご兄弟間の関係を穿って見れば後継のスペアとして扱われてもおかしくない立場だ。

よく言えば素直でウブな青年騎士を、どんな相手が手練手管で篭絡したのかと思っていたら、なんと相手は王立コルスの少年だという。
さらに驚くことにコルスの中でも指折りの名手で、その上希少な光魔法の天啓を持ち、かの有名な英雄から直接指導まで受けているというのだ。

随分な相手に恋に落ちたものだと、話を聞くだけでも閉口ものの高望みと思っていたのだが。
なかなかどうして、思わぬところで主の本気の力を見ることになった。
教会を相手取り、外堀を埋め、武勇によって正当に婚約まで取り交わして見せたのだ。


いくら幼い頃からその成長の一端に触れていたとはいえ、私達は彼らの使用人だ。
家族ではありえないし、まして父親のような思いでいるなど不敬でしかない。
――けれど、その枠を超えた家族のような情が、私達の中には確かにある。

よくやった!と抱きしめてしまいたいような。
胸を張って自慢して回りたいような。

私達はそんな誇らしい気持ちになったのだった。

そして屋敷中が注目する中、初めてやって来たその婚約者に、私達が次々に骨抜きにされていくことになるとは夢にも思わなかったのだ。




元々、本来ならば幼い主が過ごすはずだった屋敷だ。
まして伯爵家のカントリーハウスで古くから務めいていた私や、元ナニーメイドのヘザーのように赤ん坊の頃から傍に居た者たちにとってみれば、その成長過程を見守れなかったという悔しさのようなものが胸の奥底にあったのだろうと今ならわかる。

あと僅かで成人するとは思えない、その線の細さや幼さ。
幼少期から教会に囲われていた為であろうその純粋で無垢な言動が、この屋敷中の大人たちの心をつかんでやまない。
かつての幼く天真爛漫だった少年とは似ても似つかないというのに、傍に居たかった時期が戻ってきたような喜びがある。

主と過ごす時のくるくると変わるあどけない表情。
そうかと思えば周りの様子を思慮深く観察し、子供とは思えない配慮が随所にある。
その成長してきた背景もまた、私達の琴線に触れる。

変声期を迎える前には、何度かその歌声を聴く機会もあった。
早朝の窓辺。屋敷の裏庭。反響の強いコンサバトリー。そしてテラス。
漏れ聞こえてくる美しい歌声に、仕事の手が止まっていると注意することさえできない。

『息をする事と歌う事は、セレスの中では同じなんだ。』

ぽつりとこぼした主の言葉を、掠れた声を聞くたびに思い出す。
さぞ辛いことだろう。
一瞬にして生きる術を奪われてしまったのだ。
けれど、それを何でもない事のように笑って過ごしている姿もまた、私達の目にはいじらしく映るのだった。




細いとはいえ、人ひとりを腕に抱え込んだまま結構な時間が経っている。
その体力が騎士ゆえなのか、愛ゆえなのかと思っていると、その腕の中がもぞりと身じろぐのが目に入り、私は後ろに控えるハウスメイドの一人に僅かに頷く。

かつての主からは想像もできない。
幾度となく口づけを落としている、その柔らかい表情。
閉じられていた瞼がゆっくりと上がり、今日の空のような瞳が主を捉える。

ああ。いいものだな。と。
そう思うのは、老いゆえだろうか。

ふうわりとほほ笑むその幸せそうな顔に、生い立ちの陰は微塵もなく、信頼と愛の色が見て取れる。
その瞳を真っすぐに受ける主の、幸福に満ちた表情の中で優しく緩んでいるグレーの瞳。

ああ。いいものだ。

この幸せが、ずっとずっと続けばいい。
ずっとずっとそうあれる様、私達が手を尽くそう。




お茶のワゴンを運んできたメイドが、私にだけ聞こえる声でこそりと呟く。
思わず片眉が上がってしまったが、ヘザーによってよく躾けられているメイドはその表情を変えたりしない。
数人のメイドによって速やかにお茶の準備が整えられると、寄り添う二人がそのテーブルに着く。

青灰の瞳はキラキラと輝いて、テーブルに並ぶ軽食に釘付けだ。
そして主は、その輝く笑顔に釘付けなのだった。

「ヘッド・シェフよりガレットを。オブロワイエからはダリオールとミートタルトソレイユです。どれから召し上がりますか?」

迷った末に選んだガレットを一枚皿に取り分けると、たったそれだけに丁寧に礼を口にして、その小さな焼き菓子を両手で持ってザクリと一口頬張る。

「んんー!」
「はははっ」
「凄く美味しいです。いい香り!」

ガレットは沢山バターを使う。
そのリッチな味わいは、教会のコルス育ちにとってはとても贅沢で、そして胃には重いものらしかった。
一枚を大事に大事に食べ、お茶を含んでうっとりとため息をつく。

そもそも、焼き菓子やパイはオブロワイエの専門だ。
普通ヘッド・シェフがその仕事に手を出すことはしないものだが……

16等分されたタルトソレイユの花びらのような一片。それを空いた皿にサーブする横から、すいっと伸びてきた手が無造作にもう一片を引き千切ってひょいと口に入れる。

「あはっ!」

その気取らなさに、声を上げて楽しげに笑い合う二人を見て、それも有だったなと思う。
格式も何も必要のない、プライベートで気軽な軽食だ。
正面切って勧めることは出来ないが、目をつむることは出来る。

「んー!これも美味しいです!」

そう言いながらにこにこと口を動かす様子を、主だけでなく周りにいるメイド達すらにこにこと眺めている。
知らず自分の口角も緩んでいることに気付き、引き締めてみるがそれも今更かと思いなおす。
並ぶ軽食の全てを少しずつ口にして、きっと後で厨房へ行くのだろう。
それぞれの味わいに感想を述べ、にこにことお礼を口にするのだろう。
その会話の糸口が欲しくて、ヘッド・シェフは他人の仕事にまで手を出したのかと考えるのは、穿ち過ぎだろうか。
明日、王城に帰ってしまうその手土産にきっと沢山焼いてあるだろうガレット。目を見開いて喜ぶ姿が目に浮かぶようだ。


主の不在が長かったこのタウンハウス。
一年のうちの半分が、使用人しかいない閑散とした日々に。
賑わいと、癒しと、そして何より張り合いをもたらしてくれた。
魔術寮から、早くこの屋敷へ居を移してほしい気持ちはやまやまだが、今は10日毎のこの特別な日々を楽しむのも悪くない。
この心弾む生活は、まだ始まったばかりなのだから。







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