冬の窓辺に鳥は囀り

ぱんちゃん

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tapestries. 愛しい雛の育て方⑥

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大サロンと食堂を隔てる扉は解放され、立食形式のテーブルにはこの家の賄い方が腕を振るったアントレ(前菜)の数々が並ぶ。
美しい色合いの野菜のゼリー寄せテリーヌ。トリのガランティーヌには特別に取り寄せたコカトリスを使っている。タルティーヌの一つはリエット、もう一つはチーズとイチジクのコンフィが乗っていて、どちらも貴婦人が上品に食べられるように一口サイズだ。オブロワイエのアントンさんの真骨頂、パテアンクルート(パテのパイ包み)は一瞬でテーブルから無くなってしまった。

メイドの何人かがトレイを持ってサロンを回り、ラキアの入ったグラスを供する。フルーティーな蒸留酒を赤い果汁で割った食前酒は女性にとても人気のようだ。デリオットさんはワインのボトルを持ち、お客様のグラスの中身に目を光らせてる。とっておきの豊潤な赤ワインは男性たちの顔を満足げに緩ませていた。

はらはらして迎えた披露目を兼ねた昼餐会は、危惧していたよりもすんなりと順調に進んでいる。

セレス様は新しく仕立てた礼服に身を包み、意外な事にそのきっちりとしたスリーピースを隙なく着こなしていた。次々にやってくる名だたる客たちにきちんと挨拶を返し、そつのない会話を続け、にこやかな顔を些かも崩さない。

心配のあまり後ろに控えていた私は、そっとお側を離れて部屋の隅に居たミセス・ヘザーの側に擦り寄った。

「何をそんなに驚いているの。」

呆れた様な顔でちらりと見られ、私は少し恥ずかしくなる。

「…。セレス様が、こんなにも堂々と対応なさるとは。その。思っていなかったのです…。」

私は気付いてしまったのだ。
セレス様のあまりの視点の低さに、彼は一般常識すらおぼつかなく、貴族に対する教養もないと思い込んでいた。私はルーメン家のメイドとしてセレス様よりも上に立ち、手を差し伸べ、導かなくてはならないと無意識に思っていたのだ。

私は羞恥で顔が赤らむ。
思い上がりも甚だしかった。
たった数回会っただけのご様子から、それがセレス様の全てだとなぜ疑いもせず思い込んでいたのだろう。

私の内心を読んだかのように、ミセス・ヘザーは小さく溜息をついた。

「セレス様は、これまで何度もカントールをお勤めになっているの。その度に王城での昼餐会に招かれる立場に居たのよ。この場には決していらっしゃることのないもっと高位の貴族家だけでなく、国王様や教皇様ともお言葉を交わすような立場に。そういう場所で、生きてきた方なの。」

私は、にこやかに会話を続けているその表情を見る。
それは厨房や裏庭で見せる無邪気さは微塵もなく、卒のない笑顔の上に硬い仮面を被っているようだった。

「まるで別人のようです。」
「…。そうね。」

ぽつりと、ミセス・ヘザーがこぼす。
何か言いたげな表情をして。
今日の主役のお二人を、私達はしばらく無言のまま眺める。

「この屋敷においでになるようになった当初も、あんなお顔をしてらしたわ。もっと幼いお顔だったのに、今よりもずっと大人のような顔つきだった。」

「あなたは、セレス様の歌を聴いたことが無かったのだわね…。」

「王城の中央教会で生活していたと聞けば、私達は裕福さを想像してしまうでしょう?規律は厳しくとも、中央教会は権威の象徴。そこで祭事を担うのだもの。何不自由なく大事にされていると、誰しもが思ってしまうわ。」


「けれど、そうではないのよ。」



ヘザー様はそれきり口を噤み、会場の指揮に戻ってしまった。

カントールという大役を何度も担ってきたセレス様。
私は彼を、栄誉を褒めそやされ、甘やかされてきた方なのかと思っていた。何をしても許されてきたからこそ、あんなにも無邪気に自由なのだと思っていたのだ。

振り返れば、そこには確かに違和感がある。

供される食事の量は少なく、お代わりをするのを見たことが無かった。
使用人に対しても敬語を崩すことがなく、自分から使用人を頼るという姿も見たことが無い。

今期のタウンハウスには、子供がいるからおやつが常に何種類も用意されているのかと思っていた。
けれどそれは、一度に食べられる量が少ないから用意されていたのではないだろうか。

敬語が染みついているのは、教会の子供だからかと思っていた。
けれどそれは、敬語を崩せるほど甘えられる大人が居なかったからなのではないだろうか。
自分から頼ることが無いのは、自分の力以外に差し伸べられる手が無かったから。

一体いつからそんな生活を……

地方のコルスから中央に集められるのは6歳頃。
6歳では、ギルドの徒弟に出されるよりも尚早い。

ああ…。

私は、なぜ彼がこんなにもタウンハウスの面々から愛されているのか分かった気がした。

彼は、『可哀そう』で『可愛い』のだ。
その不憫さに手を差し伸べ、幸せな気持ちにさせてやりたいのだ。

自分では決して不幸だとは思っていないだろう。
そしてそう思うのは、私達の驕りであり侮辱になるだろう。
けれど自分たちの幸福だった頃と比較し、もしくは共感し、その欠落を埋め、慰めたいと思うのだ。
惜しみない愛を注ぎ、この硬く強張る表情を緩ませたいと願うのだろう。



その時、セレス様とフォルティス様を囲む集団が異質な様子でザワリと揺れた。
ゆっくりと近づいてゆく金の髪の男性はオルレアン公爵家のアルノー・トルバドス様。王家の遠縁にあたる公爵家の三男だ。

私は焦りが表に出ない様、ことさらにゆっくりと歩みを進めた。
オルレアン公爵家は王政派ではあるが、アルノー様の派閥は行儀が悪いことで社交界では有名だ。公爵という言葉の重さと派閥の顔ぶれ。煩わしさを嫌う周囲の許容が、彼にやんちゃが許されると思わせている。

ルーメン家も王政派を表明している。
けれど同じ王政派という言葉で一括りにしてしまえるほど一枚岩の組織ではない。根本の立ち位置がルーメン家とオルレアン家では一線を画している。

ルーメン家は立場的には武人のそれだ。
膝を折る相手は王であって派閥ではない。


「君は中央のコルスにいたのだそうだな。せっかくだ。祝いにふさわしい曲を披露することを許そう。」

したたかに酔ったような声音にギクリと胸がざわめく。
人々は身動きを止めており、道が塞がったように進まない。
お二人とは少し離れてエレノア様のお姿がある。その黒曜石の瞳はギラギラと煌めき、中央のやり取りにぐっと集中しておられるのだと分かる。
固唾を飲んで見守る中。誰よりも先にセレス様が口を開く。

「申し訳ありません。せっかくのお言葉ですが、私の声は既にアルノー卿にお聴かせ出来るものではないのです。」

何の感情も覗かせない表情で、淡々と、けれど失礼にならない程度にきちんとご辞退なさった。複雑な公爵家の爵位継承による呼称も正確だった。
ほっと撫でおろした私の胸を、明らかな嘲笑が逆手に撫で上げてくる。

「ははっ!声変わりか! これでは何のために結婚したのか。歌う事しか出来ぬ鳥が、歌えぬならばルスキニアとなって鳴くしか能がない。」

私はギョッとしてその公子の顔をまじまじと見た。
さも面白そうに笑い声をあげ、引き連れる何人かに同意を求めて目くばせをする。

私はパニックになりそうな頭で周りを見回した。
普段の派閥内でならウィットに富んだ悪質な言葉遊びとして流してもらえたかもしれない。だがこの屋敷ではそうはいかないのだ。

見回した中で、フォルティス様が壮絶な笑みを浮かべていらっしゃる。けれどその笑みの内側が煮えるほどに激怒していると分かってしまった。
なぜなら、私の主であるエレノア様も同じように笑っていらっしゃるから。
確かにこれほどの侮辱はない。こんなにもキレてしまっているお顔は久しぶりだ。

エレノア様とフォルティス様の武力は、お二方の理性でもって制御なされている。どれほどフォルティス様がセレス様を溺愛しているかという話は、まだ社交界には浸透していないのだろうか。

伯爵家の面目の為にも、この場は耐え忍ぶべきだ。
相手は公爵家。爵位的に下位の身分で万が一があってはならない。

私はたどり着かない距離に焦れ、私の代わりに場を諫められる方を探す。

ああ…っ!旦那様は駄目だっ!一番の頼りであったはずなのに、エレノア様を見てワクワクしてしまっている!なんてこと!なんという無慈悲!若い二人に自力で切り抜けろとおっしゃっていらっしゃる!

流れるように視線を回す。
不快と、嘲笑と、傍観と、好奇の顔ぶれ。
その中の一人に、私の目は釘付けになる。
常にしゃっきりと伸びている背はわなわなと震え、いつもの冷静さは剥がれ落ちてしまっている。
私の師であり私の目標。その彼女が、その内面を露わにしてしまっているのだ。

育児に疲れ果てたエレノア様が、ある日ふらりと森へ飛び出して行かれた時も「行ってらっしゃいませ。」と顔色一つ変えなかったヘザー様が!!
フォルティス様が魔力調節に失敗し、空から無数の鳥蛇アウオピスが降って来た時も「当分食べるのに困らないわね。」と厨房に下りて行ったヘザー様がっ!!

けれど。
混沌渦巻くサロンの中で、たった一人。当人であるセレス様だけがきょとんとした顔でいらっしゃる。

「ああ。」

そう、まるで納得したというように僅かに頷き。

「私の声はかの鳥ほど美しくもないのです。ですが私の伴侶は、私がただのパッセルと知っていても愛を誓ってくれたので。」

そうあっけらかんと口にして、照れたようにはにかんで見せたのだった。

私は思わず胸の前で手を組み合わせ、知らず感嘆の声を漏らしていた。
ビリビリとした緊張に覆われていた会場が、ほっと緩んだのが私にも分かる。

よくぞ上手くお躱しなさった!と。
きっと誰もが思ったはずだ。

けれどその思いは、あざけるような笑い声によってふたたび凍り付いてしまう。

「はははははっ!!」

「パッセルとは!麦穂に群がる鳥に自分を例えるとは恐れ入る!」

ザワリ、と。
背筋から頭皮にかけて、毛が逆立つような悪寒が走った。

ああああああ!!!
エレノア様のドレスの裾が・・・・・・っ!!!






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