私訳戦国乱世  クベーラの謙信

zurvan496

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  長尾当長

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 結局松倉城は落としきれなかった。
 斎藤朝信に後を任し、一旦輝虎は越後に戻る。

 越後に帰ると、北条に寝返った北条高広を説得するため、上野に居るはずの山吉豊守が戻っていた。
 どうした?と輝虎が尋ねると、実は・・・・と豊守が事情を話す。

 高広を説得するため上野で駆け回っていた豊守のところに、ある日、足利長尾家当主、長尾当長が訪ねて来た。
 当長は上杉憲政の家臣であったが、憲政が関東を追われた時、共に越後には向かわず、北条に降伏したのである。
 正しく言えば、北条氏康の妹婿、古河公方足利晴氏に仕える事になったのだ。
 その後、輝虎が関東に攻め入れば、輝虎に与し、輝虎が越後に戻れば、北条に従うという事を繰り返している。
 表裏者めと腹が立つが、当長にすればあくまで自分は足利公方に仕えているのであり、輝虎と氏康と同格とみなしているのである。

 そんな表裏者の当長にも使い道はある。
 それは上杉北条の折衝役として、捕虜の交換や、城を開ける時の交渉の橋渡しなどを行うのであった。

 その当長が豊守のところに来て告げたのが、北条との同盟である。
 氏康から提案があったと言うのだ。

 それで豊守は越後に戻り、輝虎に報告して来たのである。

「如何致しましょう?」
 豊守は問う。
 如何と言われても、と言うのが輝虎の本心だ。

 驚くのはその氏康の決断の速さだ。
 武田北条今川の三家の同盟は鉄壁だった。
 三家が相手を信頼しているからでは無い。
 むしろ相手を信頼しておらず、いつ出し抜くかを警戒しての同盟であったといえる。
 それだからこそ三家に利益があり、手を結ぶ事が得策だったのだ。
 
 その鉄壁の同盟を信玄が破った。
 初め加藤段蔵から、信玄が駿河に攻めたと聞いた時、輝虎はまさかと思った。
 それほどこの同盟が、今川の当主義元を失っても、有用だと思ったからである。

 しかし信玄はかなり前から、用意周到に準備を進めていたらしい。
 駿河に侵攻するとなると、当然、今川から嫁を迎えている嫡子義信が反対する。
 そこで傅役の飯富虎昌が謀叛を企てていると言って、虎昌を処刑、義信に蟄居を命じ、その後密かに義信も処刑したらしい。
 勿論その事は他国にばれない様に、信玄お得意の忍びを使い、他国どころか家臣らにも話が広まらない様にしていた。

 輝虎も信玄が駿河侵攻した後、初めて義信の死を知った。
 川中島の戦さで、一度だけ目にしたが、覇気のある若者だった。

 信玄の裏切りに、氏康は当然激怒する。
 信玄の方は氏康に使者を送り、引き続き同盟を維持しようと言った様だが、それを氏康は断っている。

 当たり前だ。

 今川を騙し討ちにした信玄が、北条もそうしないわけがない。

 三家の同盟は鼎だ。
 一人が裏切れば残り二人が叩く。
 その危険があるから、裏切れない。

 しかし鼎の足は、二本では立てない。
 
 信玄の騙し討ちを警戒する氏康が、手を結ぶわけがない。

 だがそうすれば氏康には、新たな味方が必要になる。
 周りの佐竹や里見と敵対している氏康には、どうしても武田を抑えてくれる相手がいるのだ。

 それで輝虎というわけだ。

 だが輝虎にすれば、呆れる話だ。
 敵に敵は味方という考えなのだろうが、そもそも輝虎と氏康は敵対しているのだ。
 それと手を結ぶなど、無理な話。
 しかし無理を承知で氏康は、手を結ぼうと言って来ている。
 それほど氏康は追い詰められてい流ということだ。

 少し前、輝虎は絶体絶命だった。今は氏康がそうだ。

 さてどうするか? 
 
 輝虎は側に控える直江景綱を見る。
「とりあえず使者に会い、話だけでも聴いてみては如何でしょうか」
 それもそうだと、景虎は同意する。



 
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