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7.千元慎太郎の提案
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頭に前世の彼を浮かべ、更紗はぼーっとオレンジの髪の彼を眺める。
瑠奈が更紗に声を掛けたことで我に返った。
「見て、あの人」
瑠奈が指した先、オレンジの髪の彼の後ろからタオルを手にした男子生徒が走ってくる。
「おい慎太郎、タオル更衣室に置きっぱだったぞ」
「ばぁか、それは放課後使うからそれでいいんだっつーの」
「体育の授業でも使うんだから、迷惑かけんな!」
投げつけるようにタオルを渡した彼はオレンジの髪の彼より少しだけ背が低く、優しげな印象だった。
「私あの人が好きなの」
瑠奈がそっと更紗に囁く。だから瑠奈は親衛隊には入れないのだ。
更紗も瑠奈も美羽も、単独で歩いていても特別目立つ存在だ。そんな彼女たちが三人固まっていたら、どうしたのだろうと人目を引くのは当然のことだった。
更紗たちに気付いた慎太郎は動きを止めた。三人の髪と瞳をじっくり眺めた後、視線を一人に固定する。更紗だった。
「黒髪黒眼ねぇ……」
親衛隊の囲いを内側から破り、更紗たちに近づく。
他の女子から守ることを目的としている親衛隊からは悲鳴が上がった。
「何かご用ですか?」
「お前、名前はなんて言うんだ?」
慎太郎の態度は高圧的で不躾だ。普通の人ならムッとして答えることを拒むだろう。
「え……如月更紗です……」
けれど更紗は違った。相手がどんな態度であれ、名前を聞かれれば答えてしまう。
「オレは仙元慎太郎だ。よく顔を見せろ」
慎太郎が手を更紗の頬に添わせる。
手が伸びてきた時はびっくりしたが、危害を加える気配がなかったので更紗は素直にされるがままに任せた。
けれど、慎太郎の行為に反発した者もいた。
「な~にをしてるのかな~」
瞳に闇を宿して慎太郎の腕を掴んだのは美羽だ。
「いってぇ!離せ!」
「お ま え が な」
更紗から文字通り慌てて手を引くと、美羽のリストロックも外れた。あと三秒遅ければ骨が危なかった。
「どんな握力してんだ!」
「今のは慎太郎が悪いぞ。悪いな、絡んじまって……えっと、如月さん」
先ほど瑠奈が好きだと示した男子生徒が慎太郎の代わりに謝る。
名前が分からず困り顔をする更紗に気付いて、彼は名乗った。
「俺はこいつと同じ二年の斎賀麻也だ。よろしくな」
人好きする笑顔で自己紹介する彼に、なんとなく瑠奈が好きになった理由が分かった。
「ちょっとお二人とも、勝手なことをなさらないで」
非難の色が濃く表れた声でそう咎めたのは、佳世だった。彼女もまた親衛隊として朝練に来ていたようだ。
「昨日は気が変わって見逃してあげたのに、わざわざこんな時間に来るなんて」
慎太郎と麻也を下がらせた佳世は高圧的な態度で更紗たちを睨む。
「秩序というものを身体に教えてあげましょう」
(来る!)
佳世は昨日と同じく拳で決着をつける気だ。更紗も仕方なく構えた。
「待て」
佳世の肩に手を置いて止めたのは慎太郎だ。
「な……!どういうつもりですか、仙元くん」
「暴力で片付けようとするのはフェアじゃねぇ」
「でも……この子は」
「いいから、聞け。面白いことを思いついた」
慎太郎が浮かべた悪役の笑みに、背中がゾクリとする。
(この人絶対に前世の彼じゃない。顔は似てるけど態度が違いすぎる)
「黒川先輩確か全日本ほにゃららに出場するんだったよな」
「?今、なんて言いまして?」
「だから、全日本なんたらってやつ」
更紗の頭の上にははてなが浮かぶ。一番大事な部分が伏字状態で、更紗たちには意味が分からない。けれど出場予定の佳世には察することができた。
佳世は驚きを浮かべる。
「まさか……」
「それには確か先輩の親も絡んでいるんだったな。出場者の調整くらいできるだろ」
「…………」
佳世の沈黙を肯定と受け取った慎太郎は更紗を見て笑う。
「お手並み拝見だ」
「よし、あの女だな」
「せーので飛びかかるぞ」
建物の影に身を隠し、ターゲットの女が過ぎるのを確認する。
その可憐な容姿を見てすぐにことが済むと確信した。
彼ら二人は同時に飛び出し、無防備な後ろ姿に襲いかかる。もう少しで手が届く――直前。
「んぐっ!」
「ぶっ!」
二人は揃って攻撃を受けた。
顔面を押さえて地面に手を着く二人を見下ろしているのは、襲うはずだった女――更紗だった。
背後から迫る気配に気付いた更紗は長い髪をしならせて迎撃したのだ。
「黒川先輩の差し金だよね?」
「クソッ!覚えてろよ!」
襲撃に失敗した彼らは立ち上がると、捨て台詞だけを残して走って逃げて行く。
「はぁ……なんでこんなことになっちゃったかな」
先日の出来事を思い出して更紗はため息を吐いた。
「全日本美女子高生決定杯?」
佳世から説明を受けた更紗は驚愕の声を上げた。
「そう。わたくしはそれに出場することになっていますの。如月さんにも女子高生杯に出場していただきますわ。そこで優秀な成績を残した方が勝者となり望みを叶えることにいたしましょう」
「む、無理ですよ!私そんなの向いてないです!」
「出たくないのなら無理強いはしません。ですが、それなら今後一切バスケ部と関わらないと誓っていただきますわ」
「え?」
「当然でしょう。あなた方がわたくしたちが定めたルールを破ろうとしているのです。勝負から逃げるのなら望みは永遠に叶わないと心得なさい」
佳世の主張はもっともだ。それが分かっている更紗は強く言い返せない。
「如月さん、嫌なら無理することないよ」
「天空さん……」
「もともと私の問題なんだし、如月さんが嫌な思いする必要なんてないよ」
そう言う瑠奈の顔は、しかし残念そうだ。
「おいおい、逃げるのかよ。どう考えてもお前に有利な条件だろうが、如月」
口を挟んだのは慎太郎に対して、佳世はムッとした表情を見せる。
「それはどういう意味ですの?」
「はぁっ?ルックス以外も評価されるとはいえ、ルックスの差が大きいのは事実じゃねぇか」
ピシリと空気にヒビがはいった。
「お、おい、慎太郎!」
慎太郎がこれ以上失言しないように麻也が止めに入る。「ん、なんだ?」と悪びれる様子がないことから、悪意なく言ったことが伺えた。
「そぉーだねー。更紗の方がルックスでは圧勝なわけだし、この勝負受けた方が良いんじゃないかなぁ」
火に油を注ぐように「ルックスでは圧勝」を強調して言ったのは美羽だ。彼女は間違いなく分かっていて言っている。
「……あなたのお友達もそう言っていることだし、出てみてはいかがかしら?」
「ひっ……!」
般若再び。
ものすごい顔をした佳世に迫られ、更紗は首を縦に振るしかなかった。
それだけでことが済めば良かったのだが。
出場を決めた三日後から、更紗の周りで不穏な動きが出始めた。
上から物が降ってきたり、不良に絡まれたり、危険にさらされることが増えてきたのだ。
(これは明らかに黒川先輩のせいだよね)
襲ってきた相手に聞いても逃げられてしまって答えは聞けないでいる。
ふと更紗は背後に迫る気配を感じ取って立ち止まった。今しがた追い払ったばかりだというのに、また次の相手が来ているようだ。
(女子高生杯まであと一週間。それまでずっとこんな生活が続くわけか)
暴力に訴えられても対処できるので不安はないが、更紗としては本意ではない。
「……逃げちゃお」
更紗は走り出した。
その後ろを誰かがつけてくる。意外にしつこくついて来たため、あれをやることに決めた。
(どこにしようかな。おっきい家の方が話聞いてくれるんだよね)
適当な家の壁を選んで、スッと乗り越える。以前『鷺ヶ原組』の敷地の塀を乗り越えた時とは逆で外から中へだ。
「……っと」
着地し、顔を上げる。
「…………」
「…………」
すぐ目の前にいた彼と見つめ合ってしまった。
「如月……更紗」
「え……仙元くん……」
更紗の顔が強張る。
ただ大きいことを条件に選んだ家だったが、そこは偶然にも千元慎太郎の自宅であった。
「お前、なんでこんなところに?」
近づく慎太郎と近づかれたくない更紗。更紗は壁に沿って後ずさる。
(やっばい、どうしよう。ううん、こんな時こそ……!)
不法侵入なので後ろめたいものの、逃げる必要はない、と自分に言い聞かせて表情筋に力を込めた。
魅了する笑顔
「〈見逃して〉」
「いや、自分家に侵入されてその一言で帰すわけないだろ」
「え……」
普通に言葉を返されて、更紗は固まった。
(魅了する笑顔が効いてない!?)
瑠奈が更紗に声を掛けたことで我に返った。
「見て、あの人」
瑠奈が指した先、オレンジの髪の彼の後ろからタオルを手にした男子生徒が走ってくる。
「おい慎太郎、タオル更衣室に置きっぱだったぞ」
「ばぁか、それは放課後使うからそれでいいんだっつーの」
「体育の授業でも使うんだから、迷惑かけんな!」
投げつけるようにタオルを渡した彼はオレンジの髪の彼より少しだけ背が低く、優しげな印象だった。
「私あの人が好きなの」
瑠奈がそっと更紗に囁く。だから瑠奈は親衛隊には入れないのだ。
更紗も瑠奈も美羽も、単独で歩いていても特別目立つ存在だ。そんな彼女たちが三人固まっていたら、どうしたのだろうと人目を引くのは当然のことだった。
更紗たちに気付いた慎太郎は動きを止めた。三人の髪と瞳をじっくり眺めた後、視線を一人に固定する。更紗だった。
「黒髪黒眼ねぇ……」
親衛隊の囲いを内側から破り、更紗たちに近づく。
他の女子から守ることを目的としている親衛隊からは悲鳴が上がった。
「何かご用ですか?」
「お前、名前はなんて言うんだ?」
慎太郎の態度は高圧的で不躾だ。普通の人ならムッとして答えることを拒むだろう。
「え……如月更紗です……」
けれど更紗は違った。相手がどんな態度であれ、名前を聞かれれば答えてしまう。
「オレは仙元慎太郎だ。よく顔を見せろ」
慎太郎が手を更紗の頬に添わせる。
手が伸びてきた時はびっくりしたが、危害を加える気配がなかったので更紗は素直にされるがままに任せた。
けれど、慎太郎の行為に反発した者もいた。
「な~にをしてるのかな~」
瞳に闇を宿して慎太郎の腕を掴んだのは美羽だ。
「いってぇ!離せ!」
「お ま え が な」
更紗から文字通り慌てて手を引くと、美羽のリストロックも外れた。あと三秒遅ければ骨が危なかった。
「どんな握力してんだ!」
「今のは慎太郎が悪いぞ。悪いな、絡んじまって……えっと、如月さん」
先ほど瑠奈が好きだと示した男子生徒が慎太郎の代わりに謝る。
名前が分からず困り顔をする更紗に気付いて、彼は名乗った。
「俺はこいつと同じ二年の斎賀麻也だ。よろしくな」
人好きする笑顔で自己紹介する彼に、なんとなく瑠奈が好きになった理由が分かった。
「ちょっとお二人とも、勝手なことをなさらないで」
非難の色が濃く表れた声でそう咎めたのは、佳世だった。彼女もまた親衛隊として朝練に来ていたようだ。
「昨日は気が変わって見逃してあげたのに、わざわざこんな時間に来るなんて」
慎太郎と麻也を下がらせた佳世は高圧的な態度で更紗たちを睨む。
「秩序というものを身体に教えてあげましょう」
(来る!)
佳世は昨日と同じく拳で決着をつける気だ。更紗も仕方なく構えた。
「待て」
佳世の肩に手を置いて止めたのは慎太郎だ。
「な……!どういうつもりですか、仙元くん」
「暴力で片付けようとするのはフェアじゃねぇ」
「でも……この子は」
「いいから、聞け。面白いことを思いついた」
慎太郎が浮かべた悪役の笑みに、背中がゾクリとする。
(この人絶対に前世の彼じゃない。顔は似てるけど態度が違いすぎる)
「黒川先輩確か全日本ほにゃららに出場するんだったよな」
「?今、なんて言いまして?」
「だから、全日本なんたらってやつ」
更紗の頭の上にははてなが浮かぶ。一番大事な部分が伏字状態で、更紗たちには意味が分からない。けれど出場予定の佳世には察することができた。
佳世は驚きを浮かべる。
「まさか……」
「それには確か先輩の親も絡んでいるんだったな。出場者の調整くらいできるだろ」
「…………」
佳世の沈黙を肯定と受け取った慎太郎は更紗を見て笑う。
「お手並み拝見だ」
「よし、あの女だな」
「せーので飛びかかるぞ」
建物の影に身を隠し、ターゲットの女が過ぎるのを確認する。
その可憐な容姿を見てすぐにことが済むと確信した。
彼ら二人は同時に飛び出し、無防備な後ろ姿に襲いかかる。もう少しで手が届く――直前。
「んぐっ!」
「ぶっ!」
二人は揃って攻撃を受けた。
顔面を押さえて地面に手を着く二人を見下ろしているのは、襲うはずだった女――更紗だった。
背後から迫る気配に気付いた更紗は長い髪をしならせて迎撃したのだ。
「黒川先輩の差し金だよね?」
「クソッ!覚えてろよ!」
襲撃に失敗した彼らは立ち上がると、捨て台詞だけを残して走って逃げて行く。
「はぁ……なんでこんなことになっちゃったかな」
先日の出来事を思い出して更紗はため息を吐いた。
「全日本美女子高生決定杯?」
佳世から説明を受けた更紗は驚愕の声を上げた。
「そう。わたくしはそれに出場することになっていますの。如月さんにも女子高生杯に出場していただきますわ。そこで優秀な成績を残した方が勝者となり望みを叶えることにいたしましょう」
「む、無理ですよ!私そんなの向いてないです!」
「出たくないのなら無理強いはしません。ですが、それなら今後一切バスケ部と関わらないと誓っていただきますわ」
「え?」
「当然でしょう。あなた方がわたくしたちが定めたルールを破ろうとしているのです。勝負から逃げるのなら望みは永遠に叶わないと心得なさい」
佳世の主張はもっともだ。それが分かっている更紗は強く言い返せない。
「如月さん、嫌なら無理することないよ」
「天空さん……」
「もともと私の問題なんだし、如月さんが嫌な思いする必要なんてないよ」
そう言う瑠奈の顔は、しかし残念そうだ。
「おいおい、逃げるのかよ。どう考えてもお前に有利な条件だろうが、如月」
口を挟んだのは慎太郎に対して、佳世はムッとした表情を見せる。
「それはどういう意味ですの?」
「はぁっ?ルックス以外も評価されるとはいえ、ルックスの差が大きいのは事実じゃねぇか」
ピシリと空気にヒビがはいった。
「お、おい、慎太郎!」
慎太郎がこれ以上失言しないように麻也が止めに入る。「ん、なんだ?」と悪びれる様子がないことから、悪意なく言ったことが伺えた。
「そぉーだねー。更紗の方がルックスでは圧勝なわけだし、この勝負受けた方が良いんじゃないかなぁ」
火に油を注ぐように「ルックスでは圧勝」を強調して言ったのは美羽だ。彼女は間違いなく分かっていて言っている。
「……あなたのお友達もそう言っていることだし、出てみてはいかがかしら?」
「ひっ……!」
般若再び。
ものすごい顔をした佳世に迫られ、更紗は首を縦に振るしかなかった。
それだけでことが済めば良かったのだが。
出場を決めた三日後から、更紗の周りで不穏な動きが出始めた。
上から物が降ってきたり、不良に絡まれたり、危険にさらされることが増えてきたのだ。
(これは明らかに黒川先輩のせいだよね)
襲ってきた相手に聞いても逃げられてしまって答えは聞けないでいる。
ふと更紗は背後に迫る気配を感じ取って立ち止まった。今しがた追い払ったばかりだというのに、また次の相手が来ているようだ。
(女子高生杯まであと一週間。それまでずっとこんな生活が続くわけか)
暴力に訴えられても対処できるので不安はないが、更紗としては本意ではない。
「……逃げちゃお」
更紗は走り出した。
その後ろを誰かがつけてくる。意外にしつこくついて来たため、あれをやることに決めた。
(どこにしようかな。おっきい家の方が話聞いてくれるんだよね)
適当な家の壁を選んで、スッと乗り越える。以前『鷺ヶ原組』の敷地の塀を乗り越えた時とは逆で外から中へだ。
「……っと」
着地し、顔を上げる。
「…………」
「…………」
すぐ目の前にいた彼と見つめ合ってしまった。
「如月……更紗」
「え……仙元くん……」
更紗の顔が強張る。
ただ大きいことを条件に選んだ家だったが、そこは偶然にも千元慎太郎の自宅であった。
「お前、なんでこんなところに?」
近づく慎太郎と近づかれたくない更紗。更紗は壁に沿って後ずさる。
(やっばい、どうしよう。ううん、こんな時こそ……!)
不法侵入なので後ろめたいものの、逃げる必要はない、と自分に言い聞かせて表情筋に力を込めた。
魅了する笑顔
「〈見逃して〉」
「いや、自分家に侵入されてその一言で帰すわけないだろ」
「え……」
普通に言葉を返されて、更紗は固まった。
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