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visiteur -突然の訪問者2-
しおりを挟むふわりと広がった甘さを含む花の香りに、ティーカップを見つめるルーカス様が僅かに表情を曇らせた。
同じものを用意したけれど、やっぱり普通の紅茶にしてあげた方が良かったかしら。
向かい側に座るアントス様は瞳を瞬かせてからお茶を1口。それから添えて出した蜂蜜とミルクを混ぜてから嬉しそうに飲み始めた。
私もカップに口をつけながらもう一度ルーカス様を覗き見た。
迷った後に味を確かめて、ホッとしたようにこくりと喉が動く。それを見て私も少し安堵する。
香りは甘いけれど、飲み口はスッキリしていて飲みやすい。
ファケロス国では紅茶よりも花茶や烏龍茶等が飲まれることが多いと聞いていたから、今回は花茶にしてもらった。
甘い香りが強くてこの国ではあまり広がってはいないけど、食事にもお菓子にも意外と合わせやすいのよね。
飲み始めてしまえば香りもあまり気にならない。
「クレアは私の国出身か? 随分と詳しいな」
感心したように私を見つめるアントス様に同意するように、ルーカス様からも視線を向けられて思わず苦笑する。
「いえ、私は生まれも育ちもこの国です。ファケロス国については少し、関わらせて頂いたことがありましてその時に」
「まさかこんな美味い花茶まで出してくれるとは思わなかった」
嬉しそうに笑うアントス様は花茶を気に入ってくれたようで何よりだ。いい花茶があって本当に良かった。
「偶然頂き物があったので、タイミングが良かったです」
「この国でこんなにもてなしてもらったのは今日が初めてだ! いや、精一杯歓待はしてもらっているんだがな」
歯に衣着せぬ物言いにルーカス様がなんとも言えない顔をする。
まぁ、こればかりはどちらも仕方ないんじゃないかなと思うけど。
やるならとことん全力で、がモットーなので調べ尽くした私の知識が少しでも役に立つなら嬉しい。
「今までは何を?」
「うむ。この国の歴史や名物をルーカスに聞いていたんだがな、書類を読み聞かせしてもらっている気分だったな」
「アントス殿下お望みの内容を話していたつもりだったのですが」
「内容は合っていた。だがルーカスの話を聞くなら図書館の本を見た方がまだ楽しい」
あぁ、あの淡々とした業務報告みたいなやつね、きっと。一応外交なのだから間違った説明ではないのかもしれないけど。
「芸術方面には全く興味が無いと言うし、どうやって女性を楽しませているんだ?」
楽しませられていないのですよ、とはもちろん言わない。現婚約者の私的にはルーカス様の美しいご尊顔を見ているだけで楽しめるし、芸術は私自身が作り出すし。
あはは、と誤魔化していれば、アントス様がサロンの大きな窓の外に目を向けた。
「アントス殿下、そろそろ王宮に」
「なぁ、ルーカス。型の手合わせは出来るか?」
「はい?」
腰を上げたルーカス様に、視線を戻したアントス様が思い出したように問いかける。
「食後の運動がしたくなった。剣は得意か?」
どこまでも自由な方だ。
でもにこりと笑うその顔は無邪気さが溢れ出ていて憎めないタイプ。
ルーカス様は振り回されっぱなしで嫌気が差してそうだけど。
「最低限は扱えますが」
「型は……この国ではあまり無いんだったか」
ファケロス国とこちらでは武術も大きく違う。
あちらの剣は短刀かこの国よりも刃の長い長剣が主流で、柄に付いた金属飾りも武器の一部として扱う。この金属飾りを紐で繋げて伸ばした物を使って舞う剣舞は凄いのよ。
たまに戦場で実際の武器としてその長さの飾りを付ける強者もいるらしくて、見てみたい。
「あの、アントス様。私でよろしければ簡単な型ならお付き合い出来ると思います」
そろそろと手を上げると2人の視線が一斉にこちらに向けられた。
「クレア嬢? 君は剣術もできるのか?」
そういえば剣術はこっそりとしかやってないんだった。
驚くルーカス様にそのことを思い出す。
「と言っても本当に素人の護身術程度の事しかできませんが
……」
真似事はいくらでもできるけど、さすがに普段から剣を扱っている騎士や武道家には敵わない。
「構わない! やろう、クレア!」
立ち上がったアントス様に、壁際に控えていた侍女や侍従が珍しくあせあせと動き出す。
「クレア嬢、大丈夫なのか」
心配そうな表情のルーカス様に大きく頷いてみせる。
「はい。アントス様にお怪我などさせませんわ」
「そういうことではないんだが」
壁際から大きなため息が聞こえてきたのは気のせいじゃない。チェル、聞こえてるわよ。
□□□
「クレア、よく似合ってるな」
「ありがとうございます」
動きやすいシャツとパンツ姿に着替えて、髪は一つに纏めてもらった。
侍女たちは「奥様、こちらの格好もとてもお素敵です」と無駄に大絶賛してくれて、ファンサービスの一つでもしてしまいたかった。
普段の稽古の時もこんな格好だし、私としては珍しくもなんともない。慣れ親しんだスタイル。
軽く伸びをして、ぴょんとその場で跳ねてみる。
うん、動くのに丁度いい。
「アントス殿下。クレア嬢は女性なので力にはお気をつけください」
「わかっている、ルーカス。意外と心配性だな。とりあえずクレア、軽く剣を振ってみてくれ」
二本、練習用の剣を持っていたアントス様が一本投げ渡してきたのを片手で受けとった。
そのまま上下させて重さを確かめる。
もちろんファケロス国の剣なんて無いからごく普通の両刃剣だけど。
右手で剣を持ちながら、左手で刃を撫でるようにしながら腰を落として最初の構えを取る。
一度動きを止めてから滑らせるように次の位置。一、二、三、と決められた動きをなぞっていく。
ファケロス国の剣を使うと飾りが舞い上がって本当に綺麗なんだけど、それな無いのが少し残念。
最後の動きが終わるのと同時に、剣を地面と水平になるように構えて足を後ろに引いていちばん深く腰を落とす。
ゆっくりと顔を上げると、思っていたより近いところにアントス様の顔があった。
「クレア!」
「……アントス様、近いです」
「おっとすまない。それにしても素晴らしい舞だった!」
パチパチパチと目の前で手が叩かれる。
その後ろからも小さくぱちぱちと響いてきて、覗いてみれば使用人たちが小さな音で、だけど大きな動作で賞賛してくれている。
うん、いい気分。
「手合わせはもういい! もっとクレアの舞を見せてくれ! 他のもできるんだろう?」
キラキラと輝く瞳は子供のそれだ。
街中で客引きのために簡単なパフォーマンスをする時によく見る瞳とまったく同じ。
飴ちゃんでもあげたくなっちゃう。
それにしても、本当に自由な王子様。
「では、この国の剣舞で知っているものがありますので、それを。その後はルーカス様と王宮へ戻ってくださいね。また後日王都をご案内致しますから」
「あぁ、わかった」
ファケロス国の剣舞は一応実践にも繋がるものだけど、この国の剣舞は純粋に見るのを楽しむだけのもの。戦場に行ったら隙だらけで使い物にならないけど、形だけならすごく綺麗。
視線の動きの誘導が計算され尽くした伝統芸。
鈴や鐘は用意できないから、代わりに足でリズムを刻んで一曲分。
踊りきった私を大絶賛したアントス様は大人しく王宮に戻ってくれた。ルーカス様を引っ張るように、だけど。
あんなに振り回されているルーカス様って貴重なんじゃないかしら。
お義母様たちのお茶会は別だけど。
「クレア様。ついに隠す気が無くなってきましたね」
「不可抗力よ。役者のことはバレてないんだからいいでしょう?」
隠れることなく動き回れて楽しかったのは認めるけどね。
応援ありがとうございます!
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