WORLDS

植田伊織

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第一章

闇が蠢く空の旅

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 ユリス達が拠点としている大陸『ウィルダネス』から『レッドグラウンド』へ渡るには、海路、空路、そして海底鉄道を利用する意外に術はない。
しかしながら、公共の交通手段のどれもが今は、大陸間の移動中に『闇の民』が襲ってくる危険性があるために運休となっていた。

 唯一運航していたのが、民間企業の運営している小型の飛行船だった。ユリスは慌てて搭乗券を購入した。

「帰省するのにこんな苦労をする日が来るなんて、想像もしなかったな」

 マリアが、こぼれた本音を追いかけるように俯いた。

 『レッドグラウンド』周辺海域で暴れる『闇の民』は日を追うごとに増加しており、最初は災害の復興を中心に人手を呼びかけていたレッドグラウンドだったが、今では闇の民を討伐することに人員を割いている。いずれは王都『アームクラフ』も軍を派遣しなければならない事態に陥るだろうが、国が静観している現状では、フリーの冒険者がその任務を請け負っていた。

 公営のギルドに属さないフリーランスとしては――不謹慎だと言う良心の声を黙殺するのならば――まさに、稼ぎ時としか言いようのない情勢である。
 冒険者として、マリアはこの状態をどんな思いで見ているのだろう――ユリスは、マリアに搭乗券を手渡す間、うまく呼吸が出来なかった。
 そんな二人を眺めていたレーゼは、猫の”ノア”が入ったペットケースを覗き込みながら、言った。

「情勢が落ち着いてからの出発でも、私は構わないのだけれど」
「確かに、何も魔物がウヨウヨ徘徊してる時に外へ出なくても良いんだけどさ。他にも、気になることがいくつかあってな。
 お嬢さんの依頼を解決できて、マリアのボランティア先の見学も出来りゃ、一石二鳥だろう?」

 レーゼは人形のような双眸をわずかに半開きにして言った。

「……行き当たりばったりに見える」
「占いの結果も見たろ! 衝動性のままに動いているわけじゃ無いんだって! インスピレーションに従って行動しているって言ってほしいね」
「……不安」

 なかなか手厳しいことを言う依頼人である。
 ふと、マリアは脳裏によぎった疑問を口にした。

「身の危険に関しては、私たちがちゃんと守るから心配しないでね。こう見えて、私たち結構強いんだよ」

 えっへん、と胸をはって見せるも、自慢げな表情の半分はフードで隠れてしまって見えていない。なんだかいまいち頼りない印象を与えていることに、マリアは気が付かぬまま言葉を続けた。

「――それにしても、記憶を早く取り戻すことは、レーゼちゃんにとって悪いことじゃ無いよね? 焦ったりする気持ちは無いの?」
「死んだら意味がない」
「……そ、それは、そうだね」

 聞いた自分が馬鹿だったのか、それとも聞き方が悪かったのだろうかと、マリアは内心頭を抱えた。しかし、マリアはなんだか腑に落ちないのだ。この人形のような少女には、「自分が何者かわからず不安である」と言う様子が全く伺えないのだから。

「怖くないの? 自分のことがわからないのに」

 恐る恐る、尋ねてみる。レーゼが一瞬、言葉を失ったように思えた。

「――どうかしら。自分が誰なのかわからないよりも、真実を知る方が怖いかも知れない。でも、依頼を中止したいほど、本気で恐れているわけでもない。自分の周りに膜がはっているみたいに、何をしても、現実感がないの。どれもこれも、他人事みたいに」

 言葉を終えた少女の整った表情は、歪むでも、虚勢を張るでもなく、感情がどこかに置いてけぼりになっているように見えた。

(良くない心理状態だな……)

 マリアはそう思いながら一人、目を伏せる。

***

 飛行船の発着場には、同業と思わしき冒険者の集団や、商人の姿が散見された。彼らのほとんどは、この乱世を上手く立ち回るしたたかな者だろう。少女二人と猫をつれたユリスを、あからさまに馬鹿にしたならず者も居た。ユリスは気に留めることなく、自分の座る場所を物色している。

 闇の民との戦闘は、消耗戦の泥試合である。と言うのも、闇の民は強力な”光の魔法”でその魂を破壊しない限り、いつまでも再生し続けるからだ。
 その強力な”光の魔法”は、『閃光の力』と呼ばれ、『アームクラフ』を建国した『閃光の王』が力の頂点に立っている。
次点として、その力を継いでいると言われている王の息子が、王の次に力を持つ。
その他には、”純血の光の民”が”光の魔法”を使えるものの、『閃光の力』程の威力はなく、闇の民の討伐にも時間がかかってしまう。

 闇の民は”混沌”と言う『世界の底』に住まう。その生体が詳しくわかっていないのは、彼らの住処に、人間をはじめとした”地上で生きる者”が立ち入れないためである。

 ”混沌”は、巨大な魔力の渦である。
 ”地上で生きる者”とは、”混沌”という魔力の渦の上に建てられた、”秩序”の柱のさらに上に築かれた世界で生きている者のことである。彼らは誰も、『世界の底』に降りてゆくことはできない。たちまち魔力の渦に飲み込まれ、混沌の藻屑となってしまうからだ。
 ――世界の誤情報以外には、自明の理であった――

 兎にも角にも、闇の民が大暴れしているこの現状は、普通の人間にとっては抜本的な解決の難しい、劣勢の戦なのである。

 マホガニー色の木材で作られた船内には防御の魔法がはってあり、外部の気温の変化や攻撃から、船内を守るように作られている。公営の飛行船よりいくばくか小ぶりな船内に、客の姿はまばらだった。
 ユリスは早々に着席し、荷物の中から本を取り出した。先刻、ダルットから代わりに読んでほしいと頼まれた、ヘレン・シッカートの著書である。
 いつもの軽薄な態度はどこへやら、黙々と項をくる少年の横顔を見るに、今は何を聞いても答えてはくれないだろうと判断したマリアは、レーゼ達を案内してから自身も席についた。客席には動力制御の魔法がかかっているため、大人しく座っていなければならない道理はないのだけれど、なんとなくそうしてしまう。
 レーゼと世間話でもして場を和ませようかと視線をやれば、依頼人の少女はとっくに、読書に没頭していた。
 ユリスも本を読みながら、小さなノートに何かをメモしているようだったし、レーゼは書物に釘付けになったまま、石のように動かない。
 二人がマイペースなのか、自分が他人の機嫌をうかがいすぎるのか。よくわからなくなったマリアは、手持ち無沙汰な手でフードを被り直した。

「ニャァ」

 すると突然、膝の上に軽い衝撃とぬくもりを感じて仰天した。膝の上の柔らかな存在を落っことさないように気をつける。
 いつの間にペットケースの中から脱走したのか、レーゼの飼い猫である”ノア”が、喉をゴロゴロ鳴らしながら、マリアの膝の上でくつろぎ始めたのだ。
 まじまじと猫を観察していると、視線を感じたのだろう、ノアと目があった。アイスブルーの美しい瞳は、不思議とレーゼの両目に良く似ている。少女がノアを、弟と呼んでいたのを思い出して、確かに雰囲気が似ているなと思ったら、なんだか可笑しくて気が抜けてしまった。

(よかった、退屈しない空の旅になりそう)

 そう独りごちたマリアだったが、その予感は予期せぬ形で当たる事を、この時は知らなかった。
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