ガラスペンと魔法のインク

堺目 色

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インクが欲しい

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「ただいまぁ」

 学校から帰ってきた世葉の声は暗かった。いつもぱっちりと開いている目も今日はどこか伏目がちだ。

「おかえり。何だか元気がないね?」
「……他の子がガラスペンとインク持ってたんだ。私が帰った後に百均に入荷してたんだって」

 世葉はここ数日の間ですっかり自分の『運』や『タイミング』の悪さを理解してしまった。何気なく手に入れた同級生よりは自分の方が欲しい気持ちのバロメーターは高いはずなのに。でも欲しい気持ちが強ければ強いほど逆に望むものが遠くに行ってしまっていた。
 今、インクが来てくれたらすごくすごく喜ぶし、大事にするのに。

「運が悪いんだよね、私って」

 そう言った世葉の声には、諦めたような響きがあった。そんな世葉へおばあちゃんがシワの多い手を突き出した。何かを握っている。

「百均じゃ買えない特別なインクだよ」

 そう言って手のひらが解かれた。
 四角形の本体に丸い蓋が付いている小瓶だった。中には黒にも紺にも見える液体が入っていた。

「嘘!? おばあちゃん買ってきてくれたの!? ありがとう!!」
「買ってきたんじゃないよ。言ったろ? 特別なインクだって」
「え? 普通のインクに見えるよ? どこが特別なの?」
「ふぅ。前に少しだけ言っただろう? おばあちゃんは他の人とはちょっとだけ違うんだよって。そのインクはね、おばあちゃんが作った『魔術のインク』だよ」

 おばあちゃんは、得意げな顔をしている。他に誰もいないのに、内緒話の音量で告げられたその言葉に世葉は「またかぁ……」と乾いた笑いを浮かべた。
 おばあちゃんは『魔術』が使えるらしい。——とは聞いても、世葉は実際にソレを見たことがないので、信じようにも信じられない。

「おばあちゃん、もうまた言ってるの?」
「またってなんだい、全くなんでこの子は信じないんろうね? お父さんなんて、目を輝かせて喜んでたのに。……時代ってものかねぇ?」

 おばあちゃんは心外だとため息をつくが、世葉にとっては。

「だって、見てないのに信じられるはずがないよ。目の前で見せてって言っても、それはできないって言うじゃん」
「魔術はデリケートなものさ。それにね、素質のない人間に見せたりすると、おばあちゃんのランクってものが下がるんだよ」
「じゃあ、一生信じられないじゃない」

 世葉はむくれた。おばあちゃんが言っている『魔術』をただ信じられるような無邪気な時を世葉は通り過ぎていた。それに素質がない人間というのが世葉には当てはまりすぎていた。
 『魔術』という言葉には、興味があるけれどそれは漫画やアニメ、お話の中だけのものだ。現実ではそれは科学で作られていると学校で習った。……それに、もし本当に『魔術』が使えたとして、その使い手が目の前の田舎にいるようなおばあちゃんというのも不似合いな気がしていた。

「おばあちゃんが魔術師だったら、私も魔術が使えるんじゃないの? 血が繋がってるのに私はただの普通の子だし。なんか、理不尽」
「血が繋がっててもそういう事は別さ。それに生きていくのにどうしても魔術が必要というわけでもないだろう?今はとても便利になっているからね」
「えぇ? だってそれって特別ってことでしょ? いいな、羨ましい。魔術の力で世界を守ったり、悪と戦ったりするんだよね?」

 世葉の脳裏に浮かんでいるのは、特別な力で世界を守る少年の物語だった。特別な力を持つ存在には、大きな使命や運命が用意されているものだから。普通で、なんの力もない世葉には羨ましい限りだった。

「魔術師で世界の救世主になった人間なんて見たことがないよ。人間を救うのは人間だよ。いつの時代もね」
「じゃあ、特別な力はなんのためのものなの?」

 世葉は納得いかないと質問する。

「それはもちろん、他の人間のためのものだよ」

 おばあちゃんは当然のようにそう言った。

「なにソレ、意味わかんないけど」
「そう言うもんなんだよ。ほら、ガラスペン用のインクだよ。絵を描きたいんじゃなかったのかい?インクが欲しかったんだろう? 要らないなら、返してもらおうかね?」

 おばあちゃんは、世葉に向けて手をひらひらさせた。世葉は慌てて、インクの小瓶を握りしめた。

「要る。絶対に要る」

 世葉の手の中の小瓶には、なんのラベルも貼ってなかった。インクが手作りできるんだと、世葉は興味深々になって見つめた。

「これって、紺色……それとも、黒かな?」
「さてね。使ってみてのお楽しみだよ」

 おばあちゃんは、はっきりしない言葉を残して家の裏側にある畑へと行ってしまった。

「やったぁ!! インクだぁ!!」
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