ガラスペンと魔法のインク

堺目 色

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インクを使おう!

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 世葉せはは急ぎ足で部屋に入る。通学バッグからスマホだけを取り出すと、ベッドの横に放り、机に向かう。大事にしまってあったガラスペンを取り出す。
 やっとこのペンを使える時が訪れた。
 ネットで調べた手順通り、ペン先がインクの底に落ちて割れないように注意しながら小瓶の中に浸す。そうっと持ち上げて瓶の淵で余分なインクを落とす。ペン先の溝に溜まっているインクの色は濃い色だった。おばあちゃんはぼかすようなことを言っていたけれど、このインクは黒か紺色のどちらかだと思う。
 試し書き用に準備した紙にそっとペン先を下ろしてみる。
 鉛筆やボールペンとは全く違う感触がした。初めてのガラスペンに胸がドキドキしてきた。
 だけど。
 紙の感触だけが伝わってくるだけで、ペン先からインクは螺旋らせんを降りて来なかった。普通に描くのにも何か手順があるようだった。もう一度ネットで調べる。ペン自体を少し傾けながら描くと上手く描けるらしい。世葉は慣れないながらも、手本通りにペンの握り方を変えた。
 その時、一瞬だけガラスペンが熱を持った。

「えっ!? これ、どうして!?」

 世葉は次の瞬間声を上げていた。紙に描かれていた試し書きの線を見て驚いたから。
 そこに書かれていたのは、元気をもらえそうな濃いオレンジの線だった。
 世葉は思わずインクの小瓶を覗き込んだ。中に入っているのは、黒か紺色に見えるインクだ。

「な、なにコレ?」

 世葉の脳裏におばあちゃんの顔と『魔術のインク』という言葉が浮かぶ。
 まさか。……でも、本当に? そう思うと、少しだけ怖くなった。続けて線を描くとまたインクの色が変わった。今度はグレーが混じったグリーンだった。この色をなんと言うのか、世葉はまだ知らなかった。
 インクの小瓶の色をもう一回見つめる。中のインクは変わらずに黒とも紺色とも言える色のままだった。
 ガラスペンを置いて椅子から立ち上がると、世葉は部屋を出た。
 外の畑まで足を伸ばしたが目的の人物は見つからなかった。それならばと、おばあちゃんの部屋を覗いた。それでもおばあちゃんの姿は見えなかった。静まり返った和室は、今日はどこか怪しく感じた。おばあちゃんの『魔術』が本物だとわかったから、普通のレトロな和ダンスにも不思議な物が隠されていそうな気がしていた。
 ……本当なんだ。本当におばあちゃんが言ったように『魔術』が存在するんだ。
 世葉はそう認めると途端に恐怖よりも、ワクワクした気持ちが強くなった。
 『魔術』の存在を証明する物をしっかりと見ることができた。色が変化するインクは紛れもなく本物の証拠。

「おばあちゃ~ん!」

 探しても見つからないから、世葉は呼んでみた。あちらから見つけてもらう方がいいと思ったからだ。だけど、やっぱり返事はない。ここまで探しても見つからないなら、外に出かけてしまったのだろう。
 でもきっと、夕食時には帰ってくるだろう。その時に、あのインクについてもっとたくさん聞かせてもらおう。それに、今まで『魔術』のこと疑ってたことも謝りたい。
 世葉はおばあちゃんに話したい気持ちをそうやって落ち着かせると、一人部屋にまた戻った。出迎えたのは、スマホの通知音だった。メッセージの送り主は、友人のサイちゃんだった。

『スーパーの隣の百均にガラスペンがあったよ! 私は買えたよ。あと一本残ってたよ』

 楽しそうな文面に、今日は世葉が落ち込むことはない。欲しかったインクもガラスペンも世葉の元に揃っていたから。メッセージを見て、世葉は笑顔になった。

「私も買えたよ。明日、学校終わったら一緒に遊ぼうよ」
『え! そうなんだ! じゃあ一緒に遊ぼう!』

 サイちゃんからの返事を見て、スマホをホーム画面に戻した。スマホを触るとついいつもの流れで、絵師さんのSNSを見に行ってしまう。何度見ても、引き込まれるようなキャラクターがそこには存在している。

「練習しよ」

 言い聞かせるように世葉は呟くと、スマホを傍に置くとスケッチブックを開いた。このガラスペンでイラストの練習をしよう。インクが揃ったら絵を描くつもりでいたのに、インクが不思議なせいですっかりそれを忘れていた。
 ガラスペンの先に再びインクを浸して、いつものように絵を描き始める。
 女の子の絵を描こう。
 そう決めて、輪郭を描く。いつもとは違うからペン先が少しぶれてしまった。慣れてないから、まだ練習。オレンジの線で輪郭が作られていく。一番最初に出た、元気になりそうな明るいオレンジで顔のパーツが全て描かれた。
 ガラスペンが紙を擦る音だけが耳に響く。
 しばらくして完成したイラストは、慣れないペン先を使ったせいもあって今まで描いた中で一番下手だった。世葉の今の目標は自分のイラストをSNSに載せることだった。だけど、これは全然ダメだ。普通に鉛筆で描くともう少し上手なのに。
 頭の中の理想と現実の差に、世葉はため息をついた。

「もっと上手じゃないと、見てもらえないよね」

 そのイラストの完成度の低さに、少しだけ暗い気持ちが心に広がっていく。それは心の中に灰色の雲がかかり今にも雨が降り出しそうな……。
 ガラスペンのペン先が不意にスケッチブックの端に触れた。

「また、色が変わった」

 暗い灰色だった。ちょうど世葉が想像していた心の中のもやを表した雨雲と同じ色。
 ……もしかして?
 世葉は一度目を瞑った。
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