ガラスペンと魔法のインク

堺目 色

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美味しいレモネード

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「ん~、オレンジ色だね。緑色に書くとなんだか見えにくいね~」

 サイちゃんがそう感想をくれた。緑色の画用紙の色は強くてオレンジの線はぼんやりとくすんだ。

「じゃあ、次は私が書くね」

 サイちゃんがインクの瓶を引き寄せた。真剣な表情で画用紙にペン先をそっと滑らせる。

「見て!」

 黄色の画用紙の上に描かれたのは、世葉が一番馴染みのあるはっきりしたオレンジ色の線だった。

「やった!! 私、これで3色目、黄緑でしょ水色でしょ、それでオレンジ。これって世葉ちゃんが出したのと同じ色だね!」
「ええ~、サイちゃん早いよ!」

 先にインクで遊んでいたのは、世葉なのに短時間で追いつかれてしまって少し焦りを感じてしまう。
 私も新しい色を出したい!

「やっぱり、書く素材でも変化があるのかもしれない。他にも試してみようよ。お習字の半紙とか、あ、段ボールはどう?」

 そう言われて、新色を見せられた世葉は、ひょっとして本当に素材が関係しているのかも?と思ってしまう。このインクの色が変わる理由がわからなくなってしまった世葉は、サイちゃんのチャレンジ精神につられてたくさんの『紙素材』に挑んでみたのだった—————。



「今年も良いものができたみたいね」

 キッチンで目を輝かせながらお母さんがそう言った。テーブルの上には段ボール箱が乗っていてそこから爽やかな香りがしていた。世葉はすでに香りだけで中身がわかっていた。

「おじさんちのレモン。今年もたっくさん来たね!」

 つい段ボールの中を覗き込むと鮮やかな色のレモンがたくさん入っていた。その一つを手に取って匂いを嗅いでみた。柔らかい酸味がする。
 お母さんの弟である叔父さんが作っているレモンはお店で買うのよりも、苦味が少ない。だから世葉もこれで作れば皮の部分を使うマーマレードも美味しく食べることができた。でも、何より一番美味しいのはシロップにしてレモネードにすることだと思っている。

「今年もたくさんシロップ作れるね。いつもすぐ無くなっちゃうもん。一年中飲めるようにたくさん作ってよ」
「一年中ねぇ。それは保存がちょっと心配ね。作ってから時間を置くと、美味しさが飛んじゃうのよね。美味しく飲むには期間限定がいいと思うんだけど」
「そうなのかぁ」
「スーパーで買ったレモンで作ったこともあったけど、ちょっと味が……ねぇ?」
「あ、そういえばあったね」

 自家製のシロップがいつもよりも早く無くなってしまった年に、世葉がお願いして市販品で作ってみて貰ったのだけれど、苦味と酸っぱさが強くて世葉には飲み干すことすら出来なかった。

「お母さんのレモネードは、やっぱり叔父さんのレモンじゃないとダメなんだね」
「そうよ、期間限定の上、産地限定。すっごく贅沢な一品なのよ」

 お母さんは得意げに胸を張っている。お母さんのレモネードはすごく美味しい。すごくすごく、本当に『魔術』みたいに美味しい。おばあちゃんの『魔術』を認めたら、もしかしてお母さんもその力でレモンシロップを作っているのかもしれないと思えてきた。お母さんの『魔術』には叔父さんのレモンが必要不可欠なアイテムだと思う。
 そうやって『魔術』の想像を広げている世葉にお母さんは、驚くことを言ってきた。

「今年は町内会のバザーの出品依頼も受けたし、気合いを入れて作らないと」
「え!? 何それ!」

 初めて聞いた話に世葉は驚き、段ボールの中一杯に入っているレモンを見た。いつもこの位の量で大きなガラス瓶に6本ほどのシロップが出来るのを知っていた。

「それじゃ今年はいつもよりも飲めなくなっちゃうの?」
「どうしても断れなかったのよ。でもそんなに売れないと思うから、瓶1本か2本だけよ。残りはうちで消費する分」
「少ないよぉ、すぐ無くなっちゃう。今年はレモネードが不作だよぉ」
「何が不作だって!?」

 リビングに来たおばあちゃんが世葉の言葉に、すぐ反応した。畑仕事の中休みに戻って来たらしい。
 畑仕事——この単語が世葉には、少し不思議に感じていた。仕事っていうのは、会社の偉い人に言われてするものだと思っているから。おばあちゃんは誰からも言われなくても、自分から楽しそうに仕事をしている。仕事という言葉を使うのは何か違う気がしてしまうのだった。だけど、おばあちゃん本人はそんな事は気にならないらしいし、便利に通じてしまうから世葉はその不思議を黙って丸呑みしている。

「お帰りなさい、レモネードの事ですよ。今年は少し少なくなるんです」
「それはまた、どうしたんだい? レモンが不作なのかい?」
「バザーに出品依頼が来たんです。飲食店のメニューの一つにって。初めて出すから、そんなに売れないとは思うんですけど……」
「そうかい、全部出してしまうのかい?」

 心なしかおばあちゃんの声も残念そうに聞こえる。おばあちゃんもレモネードは好きだし、楽しみにしているのを世葉は知っている。

「半分は残しておけると思ってるんですけど。……やっぱり、足りないかしら? あ、何だったら弟にもう少し送って貰っても」
「そうしようよ! 叔父さんに送って貰おうよ、もう一箱!」

 世葉は喜んで賛成した。
 レモネードの時期を誰よりも待っていたのは、世葉だったから。……本当は今からでもバザーの出品なんてやめて欲しいくらいだ。なんで急にそんな依頼が来たのだろう?

「お母さんのレモネードは絶品だからね。出品依頼が来るなんて、いい事じゃないかい」
「えぇ、本当に。私、子供の頃に『ジュース屋さん』になるって言ってた時期があって——それを今叶えさせて貰える気がしてつい引き受けてしまったんです。おかしいでしょう? 『喫茶店』でもなくて『ジュース屋さん』なんです」

 お母さんはそう言って、ふふ……と笑った。その楽しそうな表情を見て世葉は不貞腐れた顔をするのをやめた。初めて聞いたお母さんの『夢』に、世葉もつられて考えが湧いてくる。
 『ジュース屋さん』を出すには、もっと他にメニューが必要だ。どんなメニューがいいかな? 搾りたての生ジュース? 甘くて冷たいシェイクも美味しいだろう。『ジュース屋さん』にはミキサーが並んだキッチンカーが似合う。
 ……お母さんが作るレモネードがとびきり美味しいのはそんな夢を持っていたからかも知れない。

「ジュース屋さんには、バナナジュースとかリンゴジュースもあるよね? 冷たいシェイクやスムージーも! キッチンカーでお休みの日に公園に出店するの!」

 世葉が『ジュース屋さん』のイメージを膨らませながらそう言う。

「そうね、いいチョイスだわ。でもやっぱり一番の売れ筋は、レモネードだと思うのよ。そう思わない? 世葉」
「そうだよ!」

 それ以外にはあり得ない。世葉の脳内のイメージが一気に大きく膨らんだ。
 キッチンカーでお揃いのエプロンで接客をしている二人、スムージーも果物ジュースも飲んだ人を笑顔にしている。だけど看板商品はもちろん『期間限定』で『数量限定』のレモネードで決まりだ。

「お母さん、バザーの出店、頑張ってね。お母さんのレモネードの美味しさを皆に宣伝しなきゃね」
「うん、ありがとう。世葉」

 お母さんは嬉しそうに微笑んだ。
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