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かんだん
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「……まず、先輩が一年生の時の噂ですが」
「うん」
「授業中、隣の席の男子に椅子で殴りかかったと聞きました。その男子は頭から出血してしばらく入院したと」
「ああ、そんなこともあったっけ」
「……」
「いいよ?続けて」
「それと、二年生に上がる直前に、貌鳥先輩が上級生の女子に手を出しているという噂をあちこちで流されたんですよね」
「事実無根だけどね」
「はい。なので先輩はその仕返しに、噂を流したグループのリーダー格の男から彼女を寝取った」
「寝取ったなんて言わないでくれる?本番まではしてないんだけど」
「でも、その男を人気のない教室に呼び出して、その元彼女が……先輩の尿を喜んで飲む姿を見せつけたんですよね?」
「うん。それは本当」
「じゃあ、寝取ったじゃないですか」
「尿を飲ませるしかしてないよ。清い仲じゃん」
「……」
挿れていなければ、「清い」関係であるという判定らしい。それに、その女子は上級生だったので「貌鳥が上級生の女子に手を出している」という噂は後から事実になったも同義だ。
「そして一年生最後の、終業式の前日に図書準備室で火事を起こそうとしたとか」
「俺がしたのは、図書室にある本のカバーをそれぞれ別の本のと取り換えてめちゃくちゃにしただけだよ。二十冊くらいだったかな」
「それは目くらましで、図書委員がそれを直すのにつきっきりになっている隙を見計らって、図書準備室に火をつけたと聞きました。貌鳥先輩にだけきつく当たる生徒指導の先生が、準備室で隠れて煙草を吸う習慣があるのを知ってたから、その人が起こしたボヤにしたかった」
「憶測じゃん」
「でも、ボヤの直前に先輩が準備室から出てくるのを見た人がいます。あと、火に気がついた先生が消防に通報したら、もうおたくの生徒さんから電話を受けて今向かってる最中だって言われたみたいですよ。若い男の子が数分前に電話してきたって」
「へええ」
先輩は、頭の後ろで手を組んで、素知らぬ風にそう言ってみせる。本当に先輩がやったわけではないのか、それともしらを切っているだけなのか。幸い、火事は床がちょっと焼けただけで済んだらしいけれど、放火は罪が重いと聞くから、さすがの先輩も認めたくないのだろうか。
これらは全て噂として聞いただけで、私は当時の様子を全く知らない。先輩が停学処分を受けるのと入れ違いに入学したからだ。
入学してすぐの四月、職員室前の掲示板に貼りだされたあの紙を、私は今でも覚えている。四隅を画鋲で止められた、A5サイズの白い紙。そこに書かれた以下の文章。
「処分通知
以下の生徒は本学の校則二十六条に違反し、他生徒に傷害、心身の苦痛又は財産上の損失を与える行為をしたとして一年間の停学処分を下します。
貌鳥 日向」
その、太いゴシック体で書かれた文章に、とんでもない学校に来てしまったんじゃないかと当時は思った。この貼りだし通知のせいもあって、貌鳥先輩の噂は学校中に広まった。入学したばかりの私たちの耳にも入るくらいに。
しかし結局、この停学処分を決定的にした行為がどれであるかを私は知らない。今挙げた三つのうちどれかなのか、それとも全部なのか。私たちの把握していないものが問題とされた可能性もある。
「……あとはないの?」
「え?あ、はい」
「へえー」
先輩がそう返す。へえ、がこの人の口癖なんだろうか。他にもこまごまとした暴力事件なんかもあるようだが、相手を入院させるまでは至ってないのがほとんどだ。
「あるでしょ」
「何がですか」
「言ってないよね」
「……」
「一番やばい噂、わざと言ってないよね?」
「……」
「ああ、もしかして、君も当事者だったから噂にはカウントしてないって感じ?」
いつのまにか、夕日が落ち始めていたらしい。カーテンの無い教室の窓から、夕焼けが洪水のように差し込んでくる。壁も床も、机の上までが絵具を溶いたかのように赤い。そこに、私たち二人の影が黒々と落ちている。
先輩が、椅子の背を抱え直した。「一番やばくて、一番最近のやつ」と彼が言う。私は彼の顔を見た。夕日のせいで、唇の端に血が滲んだようになっていた。
「君の友達が、二階の女子トイレから飛び降り自殺したよね? 俺に振られたのが原因で」
「うん」
「授業中、隣の席の男子に椅子で殴りかかったと聞きました。その男子は頭から出血してしばらく入院したと」
「ああ、そんなこともあったっけ」
「……」
「いいよ?続けて」
「それと、二年生に上がる直前に、貌鳥先輩が上級生の女子に手を出しているという噂をあちこちで流されたんですよね」
「事実無根だけどね」
「はい。なので先輩はその仕返しに、噂を流したグループのリーダー格の男から彼女を寝取った」
「寝取ったなんて言わないでくれる?本番まではしてないんだけど」
「でも、その男を人気のない教室に呼び出して、その元彼女が……先輩の尿を喜んで飲む姿を見せつけたんですよね?」
「うん。それは本当」
「じゃあ、寝取ったじゃないですか」
「尿を飲ませるしかしてないよ。清い仲じゃん」
「……」
挿れていなければ、「清い」関係であるという判定らしい。それに、その女子は上級生だったので「貌鳥が上級生の女子に手を出している」という噂は後から事実になったも同義だ。
「そして一年生最後の、終業式の前日に図書準備室で火事を起こそうとしたとか」
「俺がしたのは、図書室にある本のカバーをそれぞれ別の本のと取り換えてめちゃくちゃにしただけだよ。二十冊くらいだったかな」
「それは目くらましで、図書委員がそれを直すのにつきっきりになっている隙を見計らって、図書準備室に火をつけたと聞きました。貌鳥先輩にだけきつく当たる生徒指導の先生が、準備室で隠れて煙草を吸う習慣があるのを知ってたから、その人が起こしたボヤにしたかった」
「憶測じゃん」
「でも、ボヤの直前に先輩が準備室から出てくるのを見た人がいます。あと、火に気がついた先生が消防に通報したら、もうおたくの生徒さんから電話を受けて今向かってる最中だって言われたみたいですよ。若い男の子が数分前に電話してきたって」
「へええ」
先輩は、頭の後ろで手を組んで、素知らぬ風にそう言ってみせる。本当に先輩がやったわけではないのか、それともしらを切っているだけなのか。幸い、火事は床がちょっと焼けただけで済んだらしいけれど、放火は罪が重いと聞くから、さすがの先輩も認めたくないのだろうか。
これらは全て噂として聞いただけで、私は当時の様子を全く知らない。先輩が停学処分を受けるのと入れ違いに入学したからだ。
入学してすぐの四月、職員室前の掲示板に貼りだされたあの紙を、私は今でも覚えている。四隅を画鋲で止められた、A5サイズの白い紙。そこに書かれた以下の文章。
「処分通知
以下の生徒は本学の校則二十六条に違反し、他生徒に傷害、心身の苦痛又は財産上の損失を与える行為をしたとして一年間の停学処分を下します。
貌鳥 日向」
その、太いゴシック体で書かれた文章に、とんでもない学校に来てしまったんじゃないかと当時は思った。この貼りだし通知のせいもあって、貌鳥先輩の噂は学校中に広まった。入学したばかりの私たちの耳にも入るくらいに。
しかし結局、この停学処分を決定的にした行為がどれであるかを私は知らない。今挙げた三つのうちどれかなのか、それとも全部なのか。私たちの把握していないものが問題とされた可能性もある。
「……あとはないの?」
「え?あ、はい」
「へえー」
先輩がそう返す。へえ、がこの人の口癖なんだろうか。他にもこまごまとした暴力事件なんかもあるようだが、相手を入院させるまでは至ってないのがほとんどだ。
「あるでしょ」
「何がですか」
「言ってないよね」
「……」
「一番やばい噂、わざと言ってないよね?」
「……」
「ああ、もしかして、君も当事者だったから噂にはカウントしてないって感じ?」
いつのまにか、夕日が落ち始めていたらしい。カーテンの無い教室の窓から、夕焼けが洪水のように差し込んでくる。壁も床も、机の上までが絵具を溶いたかのように赤い。そこに、私たち二人の影が黒々と落ちている。
先輩が、椅子の背を抱え直した。「一番やばくて、一番最近のやつ」と彼が言う。私は彼の顔を見た。夕日のせいで、唇の端に血が滲んだようになっていた。
「君の友達が、二階の女子トイレから飛び降り自殺したよね? 俺に振られたのが原因で」
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