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あのこ
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「これから一生植物状態かもしれないけどね」
先輩は椅子の背に頭を預けて、窓の方を眺めながら言った。夕日はまだ沈みきっていない。ずいぶんゆっくりと、時間が流れているような気がした。
綺麗な横顔だった。耳の下から顎にかけてのラインとか、鼻筋とか。感傷的なドラマのワンシーンみたいだった。目元だけは二重で可愛いとか、鼻筋だけは整ってる、みたいな人はいっぱいいる。
でも、この人は目元も口元も顎も鼻筋も、「整っていない」部分がない。それがどんなに特別なことか、TikTokとかを見てれば分かる。新着動画に山ほど並ぶ、ガチガチにフィルターをかけまくった顔。
だからなのか、一部の女子は彼に惹かれていた。停学処分にもなって、周りから遠巻きにされているような人なのに、何故か彼女らは惹かれてしまうのだ。
私は貌鳥先輩のことが普通に怖いし、お近づきにもなりたくなかった。でも、一部の女子は、「あわよくば」彼と関係を持ちたがっていた。それも、自分からLINEを聞き出してとかではなく、たまたま同じ電車に乗ったとか、たまたま同じ班になったとか、そういうのを期待していた。少女漫画みたいな感じに。
私はそういう子たちが、何となく少し怖かった。彼女たちはみんな、焦点の合っていない、それでいて熱に浮かされたようなキラキラした目で、彼の顔がどんなにいいかを語ったりする。ジャニーズとか、配信者の追っかけをしてる子も似たような顔をするけれど、それとは少し違う。
彼に惹かれる子たちは皆、その底に自分を肯定しようという気持ちが透けているような気がした。自分は、他の子と違う。自分は、分かってる。自分は、先輩のいいところを知っている。自分は、自分は、自分は……そういうのが、あの子の目の中にもあった。
貌鳥先輩のファンの中で、あの子は特に目立ったんじゃないだろうか。たとえば先輩が廊下を歩いてこちらに向かってくるのを見たら、勢いよく教室の中に飛び込んで
「やばいやばいやばい!菜乃!貌鳥先輩来たって!」
と体当たりするように私にしがみついてくるのだ。
補足しておくと、貌鳥先輩はうちのクラスに用があるわけじゃないし、勿論その子に対しても用はない。本当にただ廊下を通りかかっただけなのだが、それでも彼女は教室中に響き渡るような声でキャーキャーと騒いでいた。道端で芸能人を見かけた並みのはしゃぎようだった。
こんなに騒がれると逆に居心地悪いんじゃないか、とか、絶対にこの子のこと認知してるよなあ、と当時の私は割と貌鳥先輩に少し同情していたと思う。人となりを知った今、もうそんな気持ちは微塵もないが。
「どんな風でした? 先輩に告白した時の、あの子」
「どんなって、普通だよ。教室まで来て俺を呼び出して、話したいことあるのでいいですかって聞いてきた。一人で呼びにきたのは度胸あるなあって思ったよ。そこまでは友達引き連れてくる子が多いじゃん」
「私は告白したことないので知らないです」
「あ、そっか。そうだよね」
なぜか半笑いで先輩が返す。こちらを馬鹿にしてるのがなんとなく分かった。
「それで、学校の端の方? 家庭科室前の廊下だったっけ。そこで告られてね。『好きです。付き合ってください』かな。早口だし小声だしで『付き合ってください』しかちゃんと聞こえなかったけど。下向いてボソボソ喋ってたし。告白する時相手の目見ないってやばくない? あ、ごめん。気に障った?」
「いえ」
「怒ってもいいけど」
「怒りませんよ。その後はどうだったんですか」
「その後も、別に……あ、俺が断ったら、泣いてたよ。カーディガンの袖で顔を拭って、なんかブルブル震えながら他にもボソボソ言ってた。あれじゃあ袖が汚れるじゃんね。鼻水もついてたんじゃない?」
「その後は?」
「いや、後はもう普通に喋るのも無理そうだったから、『もう行っていい?』って聞いて帰った。それだけだよ」
「他にもなにかあったんじゃないんですか?」
「さっきから何?」
部屋の温度が一気に冷えたような心地がした。低い、あからさまに不機嫌な声。豹変という言葉が当て嵌まりそうな落差だった。
私は咄嗟に目を逸らした。彼の足先あたりを見る。その視線に気づいているのか、彼は椅子の脚に絡めていた片足を、ゆっくりとほどいた。ギ、と靴のつま先が床を擦る音。
「急に調子づいてきたじゃん。うざいんだけど。もしかして、俺のこと疑ってる? 俺がひどいことでも言って、それが自殺の原因になったんじゃないかって」
先輩は椅子の背に頭を預けて、窓の方を眺めながら言った。夕日はまだ沈みきっていない。ずいぶんゆっくりと、時間が流れているような気がした。
綺麗な横顔だった。耳の下から顎にかけてのラインとか、鼻筋とか。感傷的なドラマのワンシーンみたいだった。目元だけは二重で可愛いとか、鼻筋だけは整ってる、みたいな人はいっぱいいる。
でも、この人は目元も口元も顎も鼻筋も、「整っていない」部分がない。それがどんなに特別なことか、TikTokとかを見てれば分かる。新着動画に山ほど並ぶ、ガチガチにフィルターをかけまくった顔。
だからなのか、一部の女子は彼に惹かれていた。停学処分にもなって、周りから遠巻きにされているような人なのに、何故か彼女らは惹かれてしまうのだ。
私は貌鳥先輩のことが普通に怖いし、お近づきにもなりたくなかった。でも、一部の女子は、「あわよくば」彼と関係を持ちたがっていた。それも、自分からLINEを聞き出してとかではなく、たまたま同じ電車に乗ったとか、たまたま同じ班になったとか、そういうのを期待していた。少女漫画みたいな感じに。
私はそういう子たちが、何となく少し怖かった。彼女たちはみんな、焦点の合っていない、それでいて熱に浮かされたようなキラキラした目で、彼の顔がどんなにいいかを語ったりする。ジャニーズとか、配信者の追っかけをしてる子も似たような顔をするけれど、それとは少し違う。
彼に惹かれる子たちは皆、その底に自分を肯定しようという気持ちが透けているような気がした。自分は、他の子と違う。自分は、分かってる。自分は、先輩のいいところを知っている。自分は、自分は、自分は……そういうのが、あの子の目の中にもあった。
貌鳥先輩のファンの中で、あの子は特に目立ったんじゃないだろうか。たとえば先輩が廊下を歩いてこちらに向かってくるのを見たら、勢いよく教室の中に飛び込んで
「やばいやばいやばい!菜乃!貌鳥先輩来たって!」
と体当たりするように私にしがみついてくるのだ。
補足しておくと、貌鳥先輩はうちのクラスに用があるわけじゃないし、勿論その子に対しても用はない。本当にただ廊下を通りかかっただけなのだが、それでも彼女は教室中に響き渡るような声でキャーキャーと騒いでいた。道端で芸能人を見かけた並みのはしゃぎようだった。
こんなに騒がれると逆に居心地悪いんじゃないか、とか、絶対にこの子のこと認知してるよなあ、と当時の私は割と貌鳥先輩に少し同情していたと思う。人となりを知った今、もうそんな気持ちは微塵もないが。
「どんな風でした? 先輩に告白した時の、あの子」
「どんなって、普通だよ。教室まで来て俺を呼び出して、話したいことあるのでいいですかって聞いてきた。一人で呼びにきたのは度胸あるなあって思ったよ。そこまでは友達引き連れてくる子が多いじゃん」
「私は告白したことないので知らないです」
「あ、そっか。そうだよね」
なぜか半笑いで先輩が返す。こちらを馬鹿にしてるのがなんとなく分かった。
「それで、学校の端の方? 家庭科室前の廊下だったっけ。そこで告られてね。『好きです。付き合ってください』かな。早口だし小声だしで『付き合ってください』しかちゃんと聞こえなかったけど。下向いてボソボソ喋ってたし。告白する時相手の目見ないってやばくない? あ、ごめん。気に障った?」
「いえ」
「怒ってもいいけど」
「怒りませんよ。その後はどうだったんですか」
「その後も、別に……あ、俺が断ったら、泣いてたよ。カーディガンの袖で顔を拭って、なんかブルブル震えながら他にもボソボソ言ってた。あれじゃあ袖が汚れるじゃんね。鼻水もついてたんじゃない?」
「その後は?」
「いや、後はもう普通に喋るのも無理そうだったから、『もう行っていい?』って聞いて帰った。それだけだよ」
「他にもなにかあったんじゃないんですか?」
「さっきから何?」
部屋の温度が一気に冷えたような心地がした。低い、あからさまに不機嫌な声。豹変という言葉が当て嵌まりそうな落差だった。
私は咄嗟に目を逸らした。彼の足先あたりを見る。その視線に気づいているのか、彼は椅子の脚に絡めていた片足を、ゆっくりとほどいた。ギ、と靴のつま先が床を擦る音。
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