みんなあたまがおかしいようです

尾持ち

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あくい

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 あの日、登校した私は校門前でさやかと鉢合わせた。私たちは登校時間がだいたい同じくらいなので、それ自体はよくあることだった。二人並んで教室に向かい、クラスに足を踏み入れた瞬間に目にした光景。それが、この黒板だった。

 教室には、すでに登校していたクラスメイトが二十人くらいはいたと思う。それぞれが、教室の端や自席、思い思いの場所に固まって、スマホをいじったりお喋りしたりしていた。でも、意識のほとんどは──黒板と、さやかの方に向けられていたと思う。あからさまに黒板とさやかへ交互に視線をやる子、もしくは気づかれないように、ちらちらと様子を窺う子。こちらに背中を向けているけれど、さやかの様子を気配で探ろうとしている子。
 教室の中は、生々しい好奇に満ちていた。

 さやかは、数秒間呆然と黒板を見つめていた。私は彼女の後ろ姿を見つめたまま、なんて声をかけるべきか──どうやってこの空気を壊すべきなのか、必死に頭を巡らせていた。でも、私が口を開くより先に、さやかがこちらを振り返った。

「……菜乃がやったんでしょ」

 私は言われた意味がすぐには理解できなかった。血走った目がこちらを見ていた。彼女の、多分毎朝三十分はかけてつくっているのだろう前髪の隙間から、汗をにじませた額が覗いている。

「菜乃が書いたんでしょ!あれ!」
「なんで君がやったと思ったんだっけ?その子」

 意識が現実に引き戻される。目の前には、変わらずこちらを見つめている貌鳥先輩がいた。あの、じっとりと汗ばんで、混乱しきったあの子の顔ではなく。
 どうやらあの日のことを、私が思う以上に詳しく知っているらしい。この画像を渡した子がペラペラ話したのか、それとも聞き出したのか。

「……いつか貌鳥先輩に告白するって、あの子が教えてたのは私だけなんです」
「なるほどねえ。でも、それで君がやったって決めつけられないよね?むしろ君以外の誰かがやった可能性の方がまだ高く思えるけど」
「ええ、そうだと思います」

 黒板にそれを仕込んだ犯人は、告白する予定が実際にあるのか無いのか、どちらでも構わなかったに違いない。校内のだれそれに片思いしているのだと周囲に触れ回っている子が標的ならば、誰にでも使える煽り文だ。特に、片思いの熱にのぼせあがっている子にしてみれば、頭から冷水を浴びせられるようなものだろう。

 それに、このクラスの者であれば、あの子が貌鳥先輩に好意を持っていることなんてほとんど周知の事実なはずだ。これだけで、犯人は私だと決めつけられなくなる。
 ありがたいことに、あの時他の女子が「菜乃がやるわけないじゃん」と諌めてくれたので助かった。いや、あの女子からすると、とにかくその場を収めたかっただけで、私を庇うつもりなどなかったかもしれない。それに──

「同じ時間に登校してきたんじゃ、書くのは難しいだろうしね」
「でも、かなり早い時間に登校して、書き終わったら校内のどこかに隠れておく手もありますよ。あとは、すぐに校舎を出て外で時間をつぶしていつもの登校時間に合わせるとか」
「難しいでしょ。どっちにしても、いつもと違う時間に登校して、不審な行動してるのを誰にも見られない自信ある? 賭けるにはけっこう危険度高いよ」
「それはまあ、そうなんですか」
「てか、なんで自分が犯人だったって仮定の推理してんの?」
「私は犯人じゃないって、ふんぞり返るのも居心地悪くて」
「へえ、変わってんね」

 変わってる先輩に変わってると言われるということは、つまり私は普通なんじゃないだろうか。マイナスとマイナスをかけたらプラスになるように。

「それに君って、嫌がらせするのに手間をかけるタイプじゃないでしょ。もしやるなら突発的な犯行じゃない?」
「……」
「え? なに? 俺は庇ってあげてるんだけど」
「そうは聞こえませんでした」
「菜乃ちゃん、ちょっとは社交辞令を身に着けなよ」

 私はその言葉を無視した。貌鳥先輩が相手じゃなきゃ、私だってちゃんとお世辞の一つくらい言える。
 結局あの黒板は、ホームルームが始まる前に全部消すこととなった。なので担任が教室に来る頃には、跡形もなくなっていた。つまりは、隠ぺいしたのである。
 先生たちに対して、誰もこれを漏らさなかった。生徒間では水面下で話のネタにされてたかもしれないけど。大人に情報を漏らさないことは徹底していた。
 そうしようという取り決めがあったわけではない。ただ、なんとなくそういう空気があった。誰かが密告するかもしれないな。私は内心そう思っていたが、一度もそれらしい話題を出さない教師陣を見るに、その様子はなさそうだった。
 
 そして、ひた隠しにされたまま、あの飛び降りが決行されたということだ。
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