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しょうげん

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「話を戻しますけど」

 私はそう言った。本当は戻したくなんてなかったけど、そうでもしないとこのお喋りがいつまでも終わりそうになかったから。
 そもそもとして、彼は何の目的があって、私を呼び出してお喋りを続けているのか。自分が自殺の後押しをしたという疑いを、彼女の親友にだけは晴らしておきたかったから?
 
「先輩が言った『別の理由』って、このことなんですか?」

 「知っちゃったんだよね、それらしい別の」と言って、彼はこの画像を見せてきた。机の上に置かれたままの、スマホを伏し目で見つめたまま私はそう訊ねる。画面には未だ、あの黒板が映し出されていた。こうやって遠目から見ると、やっぱり卒業式とか誕生日によくやるような黒板アートと同じものに見えてくる。

「うん」
「これが自殺の原因になったと」
「自殺に追い込むほどじゃないって言いたいんだ?」

 先輩がスマホを手に取る。ポケットにはすぐに仕舞わずに、そのまま手の中でもてあそんでいた。

「そりゃ、ブスとか死ねとか、直接的な言葉は書かれてないけどさ」
「……」
「でも、これが原因の一端かもしれないくらいのことは思ってたよね? だってそうじゃなきゃ……先生や警察に事情聴取されてもまだ、この嫌がらせのことを伏せてるんだから」

 先輩が、またスマホを机の上に投げ捨てた。机とスマホがぶつかり合う音が、やけに大きく部屋に響いた。

「なんで黙ってたの?」
「それは……」
「君だけじゃなくて、他にも聞き取りされてたクラスの子たちにも言えるけど」
「蒸し返したくなかったんです」
「起こった当日でさえ知らせてなかったのに、今さら話しても混乱させるだけだって?」
「はい」
「あの嫌がらせの後もクラスで特別いじめが起こることはなかった。だからあの自殺の原因であるとは思えない。後ろめたくはあるけど、これ以上自殺未遂のことで疑いをかけられるのは嫌だった──そんな感じかな?」

 彼の指摘の通りだった。
 私は何となく、あの悪戯が自殺の要因であったかもしれないと思いながらも──結局は大人たちに教えなかった。
 実際のところ、うんざりしていたのだ。今まで普通に生活していたのに、それが一変して短縮授業やらでバタバタして、警察からの聞き取りに応じなければならない。一度呼び出され、自分の知っていることを全部話し終わりホッとしたかと思えば、現場検証した結果別の可能性が浮上したから、とまた別室で聞き取りに応じるように言われる。ほんの数分で終わるような些細な確認についてもだ。
 飛び降りがあった当日は、野次馬根性というべきか、不謹慎だと思いながらもこの異様な状況を楽しんでいるような空気がクラスにはあった。

 今は、違う。
 正直に言ってしまえば、みんなうんざりしていた。早く終わって欲しいと思っていた。他のクラスからの好奇の目、教室に充満する張りつめた空気。今冷静に思い返してみると、当時クラスのみんなは、こんな風に思っていただろう。
「あいつが勝手にやったことなのに」
「野分さやかが、勝手に告白して勝手に傷ついて、勝手に飛び降りただけだ」

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