みんなあたまがおかしいようです

尾持ち

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あおぞら

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 教えたいこと? それは一体なんだろう。
 今までの対話を経て、彼はもう散々色んなことを指摘してきただろう。その一番重大なこととして──この対話の締めくくりに、私があの子を殺したことを、糾弾したのだろうと思っていた。
 まだあるのか? 私の知り得ない、もしくは私が見て見ぬふりをしている私自身のことについて。


 あの日。

 実験室横のトイレの中は、薄暗く湿っていた。四角形の窓の向こうに見える、真夏みたいな青空。それを遮るように、窓の真ん中に立ち尽くしているあの子。昼間の日差しを浴びて、その背中は妙に黒々としている。

 ほとんど突発的な思考で、私はこんな風に考えた。
 もし、あの子がこの場からいなくなれば、あの青空を遮るものは無くなるのだ。
 例えば、窓の外へ突き落とすとか。

 それは発作のように突然湧いて出た発想で、けれどもその一方で、私はずっとそうしたいと思っていたようにも感じた。
 あの子がクラスの輪をかき乱している時、大声で教師の悪口を言って、その教師からちらと視線を向けられている時、勝手に大はしゃぎして大声をあげて、クラス中の注目の的になっているのを隣で感じた時、私はいつもそうしたいと思っていた気がする。

 窓の外から聞こえる、吹奏楽部のトランペットの音が、低く、長く、足元から頭上まで突き抜けるように響いていく。
 今ここで、あの子を窓の外に突き落としたとしたら。
 その音は、このトランペットの音にかき消されて誰にも気づかれないだろうか。
 
 自分でも奇妙なほどに、彼女を殺すための算段が、この一瞬で着々と整いつつあるのを感じた。
 
「さやか」

 そう言って彼女に近づいた。彼女はかぶりを振るような仕草をした後、窓枠に手を置いて、窓によりもたれかかったらしい。その上半身が窓の外に向かってやや傾く。

 危ないよと私は言った。それは本心から出た心配の言葉だった。本当に、危ない。あと少しでも、その上半身が傾けば、少しでも、彼女の両足が軽く浮いてしまったら──。

「そういうのが、聞きたいんじゃない」

 彼女は泣きながらそう言った。背後からでも分かるくらい、顔を何度も拭っている。指先まで引っ張り上げたカーディガンの袖に、白っぽい膜のようなものが張り付いている。多分、乾いた鼻水なのだろう。それとは別に、鼻を塞ぐようにハンカチも手にしていた。
 まだぐしゃぐしゃと泣きながら、あの子はくぐもった声でこう漏らした。

「やっぱり、瞳先輩のことが好きなんだと思う」

 その言葉は、私の中で出所の分からない高揚感を覚えさせた。
 そうだ。人はみんな、そういう風に考えるんだろう。自己弁護と他責を繰り返しながら、まるで万華鏡みたいに認識を取り替えっこして、自分のプライドを保つのだ。その場その場で、自分に都合の良いように考えていく。そうでもしないと生きていけない。誰しもが、そうする権利を持っている。
 だからこの子は、ここで死んだって良いはずだ。
 何も繋がっていないのに、そんな風に私は考えた。

「さやかにダメなとこがあったわけじゃないと思うよ」
「そんなのを聞きたいんじゃない」
 
 そうだろうね。

「菜乃、いっつもそうじゃん」

 その通りだ。

「いつも菜乃は分かってくれない」

 私には分からないけど、きっとその通りなんだろう。

「危ないよ」

 私はそう言いながら、彼女に気付かれないように細心の注意を払って彼女の足元にかがみ込んだ。陽の差す空間から逃れたことで、全身が一気に冷えていく。肩から背中にかけて、痺れるように震えるのが分かった。

「ねえ、危ないって」

 その声から逃れるように、私の声を嫌悪するかのように彼女はかぶりを振ってより窓枠に体重を預けた。つま先立ちをする直前みたいに、内履きのかかとが浮き上がる。

「ほら」

 私は言った。全身が小刻みに震える。これから起こり得ることへの恐怖で? いや、これは多分、歓喜によるものだろう。

「ねえ、下、見てみなよ」

 窓の向こう、二階分の高さから見下ろした場所にある地面。トランペットの音が、まるで福音のように鳴り響いた。

「危ないよ」

 さやか、と呼んであげた気がした。でもそれは気のせいだったのかもしれない。
 さして力は必要なかった。ただ、ひっくり返すみたいにして、彼女のつま先を手ですくい取った。私の言葉を聞いて、彼女が上半身をより窓枠に預けて、下を覗き込んだ瞬間に。
 まるで片側に重みを乗せられたシーソーみたいに、彼女の体はあっけなく向こう側へと傾いた。視界を横切った、白い内履きのつま先。雷みたいな残像を残して消えていく。
 悲鳴さえ彼女はあげなかった。あの体がどこかにぶつかったのだろう音も、トランペットの音に紛れてほんの小さくしか聞こえなかった。どこかの教室で、窓を勢いよく開けたのかな、と思うほどのものだった。

 開け放した窓からは、梅雨を前にした風が入り込んでいた。その向こうにある青空は、まるで夏みたいだったけれど。
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