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殺します
しおりを挟む再生ボタンを押した瞬間に、砂嵐が後ろで吹いているかのような、電子機器特有の音が流れ出す。それをかき分けるようにして聞こえたその声は、明らかにあの子のものだった。
「なんで……」
そこで一旦、声が途切れる。鼻を啜るような音が続き、絞り出すようにしてまた声が続く。
「なんで、菜乃がいいんですか……」
私は、突然挙げられた自分の名前にひどく驚いた。身構える隙もなく、背中に銃を突きつけられたかのようだった。この録音の直前に、どんな会話がなされていたのだろう。しかしその言葉の意味を考えるより先に、先輩の声がスピーカーから続いた。
「なんでって、タイプだったから」
「……」
「それ以外に、理由なんてないよ」
「……」
「理由があった方が嬉しい? 君にはどうしようもできない理不尽な理由とかあった方が嬉しかったよね?」
「……」
あの子は何も答えない。数秒間、無言のままの時間が過ぎていった。
「なんで俺が、こんな風に録音していたのか分かる?」
いま私の目の前にいる方の、つまり現実の方の先輩が尋ねる。録音の方に意識を集中していたかった私はやや苛立ったが、もしかしなくてもこの沈黙がまだ続くことを見越しての会話じゃないかとぼんやり思った。
「君に言ったっけ。罰ゲームで俺に嘘の告白してくる子がたまに居たんだよね。それがうざったくなってきたから、そろそろ教師にチクった方が良いかなって思った時にこの子に呼び出されたんだ」
「罰ゲームで告白しに来たと思ったんですか?」
「うーん、正直この時は本気なんだろうなってうっすら思ってたな。でも、断ったら断ったで後々俺にひどい振られ方をしたって言いふらす子もいるから、そのためにもと思って」
「……じゃあ、」
先輩の声を遮って、電子音混じりの声が聞こえた。スピーカーから響く、あの子の声だ。私は急いで耳を澄ませた。
「先輩が、どうしても付き合ってくれないって言うなら……」
「うん」
「今から菜乃を殺します」
あの子の声は震えていた。可哀想なほどに。決意に満ちた風でもなく、追い詰められて、必死に絞り出したもののように思えた。
「今から、菜乃を呼び出して、殺します」
「へえ」
「先輩が付き合ってくれないなら……」
「どこで?どうやって?」
「そこの、女子トイレで。菜乃を呼び出して」
彼女は不意に、堰を切ったように澱みなく話し始めた。
「先輩、聞こえますか?いま、吹奏楽部が練習しているでしょう?だから私が菜乃をトイレの窓から突き落としても、きっと誰にも聞こえないしバレないです。私が菜乃を呼び出すのだって、あの子は絶対不審に思わないです。そういう子なんです。いつも何も考えてなくて……何も考えないで私について来てくれる子なんです」
話し続ける彼女の声は、疲労の滲んだ、諦めに満ちた声をしていた。映画のエンドロール前で、犯人が警察を前に供述しているのにも似ている。
「……前から、こうしようと思っていた気がします」
「……」
「先輩だけじゃないです。私がして欲しいことを、みんなあの子が掠め取っていくんです」
「……」
「あの子は普段全然喋らないし、気も効かないし、場を盛り上げようとか、そういうみんなのために何かしてくれるタイプじゃないのに、あの子は人に好かれるんです」
「……」
「あの子は黙ってるだけで、なんでかいい子だってみんなに思われてるんです。だから先輩が思ってるあの子の印象も、本当の性格と違うと思います」
「……」
「黙ってるだけで、何故か頭がいいとみんなに思われてるんです。黙ってるだけで、優しいと思われたり、黙ってるだけで、被害者だと思われてみんなに庇ってもらったり、黙ってるだけで、男の子が声をかけてくるんです。菜乃が無視しようとするから、私が代わりに男子に対応しようとしたら、その度に男子が『お前じゃない』みたいな目を向けてくるんです」
「……」
あの子の言葉は、ふいにぴたりと止んだ。それまで、熱に浮かされたように話し続けていたのに。
ようやく発せられた、先輩の返事はひややかだった。
「そう」
「……」
「じゃあ、頑張ってね」
一度、砂が擦れるような音が大きく響き、ぷつりと音を立てて音声が終了した。
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