みんなあたまがおかしいようです

尾持ち

文字の大きさ
24 / 29

おもいかえし

しおりを挟む
「どう?」

 音声を聞き終えて、まず最初に先輩が口にしたのがその言葉だった。

「驚いただろ? ぱーっと目の前に道が開けたような感じがするんじゃない?」
「いいえ」

 私はそう答えた。
 嘘ではなかった。驚きよりも──あの子の声を懐かしむ気持ちの方が強くあった。同時に、あの子の不在を惜しいとも思った。初めてだった。彼女がここに居ないことをそんな風に思うのは。

 しかしその意識も、ひどく限定的なものであるとも自分で分かっていた。もし彼女が意識を取り戻して、ひょっこり戻ってきたとしたら、また以前のように私は彼女のことを疎ましく思うのだろう。これは幻覚、幻妄の類だ。他者を懐かしんでいるのではなく、懐かしいと思っている自分自身に対しての、自己愛じみた錯覚なのだと分かっていた。
 それに、もし本当に彼女が意識を取り戻し、健康なすがたで戻ってきたとしても、以前のような関係にはなれないのだ。

「つれないなあ」

 先輩は拗ねたようにそう零す。彼にしてみれば、ここにきて初めて、証言や推理を頼りにしていない明確な証拠をお出ししたのだから、もっと驚いて欲しいのだろう。とっておきのおもちゃを見せびらかす子供のようだ。

「私について、何を話してたんですか?」
「え?」
「録音の最初に、『なんで菜乃がいいの』って言ってたじゃないですか」
「ああ」

 先輩はいつも通りの軽薄な笑みを浮かべて答える。

「別に、そのまんまだよ。君より菜乃ちゃんの方がタイプみたいなこと言っただけ」
「先輩にとって不利な言葉が録音されているから、そこをカットしたのかと思いました」
「あはは。な訳ないじゃん」

 本当に?と尋ねたかった。しかしそれをするだけの体力がなかった。私はどっと疲れたような気がして、椅子の背に体を預けた。

 ちり、とまぶたの端に真っ赤な残像が走った気がした。夕焼けの名残だろうと反射的に窓を見た私は、もうとっくに日が暮れていることに気がついた。空のずっと下部だけが、やや明るい黄色をしているだけで、それ以外はほとんど海色に染まっている。空の上部には、小さな月まで出ていた。

 いつのまにか、教室がずいぶん暗くなっている。お互いの表情を確認するにはそう不都合のないほどの暗さではあったが。
 席を立ち、教室の電気をつけようか迷った。何故かは分からないが、自分でも説明のつかない恐怖が、足元から這い上がってきていた。椅子から腰を上げた瞬間に、床から巨大な槍が生えてきて自分の体を貫いてしまうんじゃないかというような、妄想じみた恐怖だ。そんなことあるわけない、と分かっているのに、奇妙に足元から体温を奪っていく。

「さて、それでなんだけど」

 ガガ、と音を立てて、先輩の座っている椅子の足が床を擦った。

「さっき俺が言った言葉の意味は分かったと思う。君があの子を殺した時の状況について、俺の予想とは少し違っていた」
「……私を殺そうとしていた」
「そう!」

 私はまるで暗示にでもかかったような気持ちでそう口にした。
 何度も言うが、その事実について衝撃はなかった。いや、そう思い込もうとしているだけなのだろうか? でも、彼女がそう考えていたとして、実際何になるというのだ。私はあの子を殺した。その逆は起こらなかった。

「だから俺は……、あの子が君をトイレに呼び出して、そして君を殺そうと──窓から突き飛ばすか何かしようとして、君に抵抗された。そこで取っ組み合いになって……最終的には君があの子を殺すことになった。そういう経緯だと思ってたんだよね」
「期待通りにはならなかったんですね」
「期待?」

 彼がこちらを小馬鹿にするように笑った後、「よーく思い出してみて」と言った。

「本当に、さやかちゃんは君を殺そうとしなかった?そういう素振りを見せなかった?俺は君の供述を疑ってないんだけど、君が気づかなかっただけじゃないかなって、少しは思ってる」
「……」

 思い返してみる。殺した当日のこと。何度思い出してみても──殺されかけたようには思えなかった。
 あの子は、やけに窓枠に身をもたれ掛けさせていた。すがりつくように。あれはもしかしたら、私が窓近くまで来るよう、誘導する意図があったのだろうか? 私を近づけさせ、油断した瞬間に突き落とす──本当に?
 私をなじるようなことを言ったのも、自暴自棄によるものではなく、私が内心苛立って、冷静さを失うようにしたかった? もっと近づいてきたら、これじゃ足りない、あと一歩は近づいたら、あの腕を引き寄せて一気に……。

「そうは見えませんでした」

 いくら想像してみても、殺意を向けていたようには思えない。

「先輩に話した時点で、脅しのつもりの狂言か、私が来る頃にはもうそんな気は無くなっていたんだと思います」
「本当に?」
「念を押されても、私はそう感じたんですとしか答えられませんよ。あの時殺意があったがどうかなんて、それこそ証拠もないし、あの子の意識が戻るまで証明のしようがないことじゃないですか」

 私が突き落とす直前、あの子はより一層窓枠に縋りついて、はるか下の景色を見ていた。それは私がかけた声のせいでもあるだろうが、私がなかなか至近距離まで近づかないのを焦ったくなって、そうしたのか? 
 やはりどれだけ考え直してみても、確信を抱くまではいかず、堂々巡りになるだけだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

白い結婚は無理でした(涙)

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。 明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。 白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。 小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。 現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。 どうぞよろしくお願いいたします。

ため息ひとつ――王宮に散る花びらのように

柴田はつみ
恋愛
「離縁を、お願いしたいのです」 笑顔で、震えずに、エレナはそう言った。 夫は言葉を失った。泣いてくれれば、怒ってくれれば、まだ受け止め方があった。しかしあの静けさは、エレナがもう十分に泣き終わった後の顔だと、ヴィクトルにはわかった。 幼なじみと結ばれた三年間。すれ違いは静かに始まり、深紅のドレスの令嬢によって加速した。ため息を飲み込み、完璧な微笑みを保ち続けた公爵夫人が、最後に選んだのは――。 王宮に散る花びらのような、夫婦の崩壊と再生の物語。

人生の全てを捨てた王太子妃

八つ刻
恋愛
突然王太子妃になれと告げられてから三年あまりが過ぎた。 傍目からは“幸せな王太子妃”に見える私。 だけど本当は・・・ 受け入れているけど、受け入れられない王太子妃と彼女を取り巻く人々の話。 ※※※幸せな話とは言い難いです※※※ タグをよく見て読んでください。ハッピーエンドが好みの方(一方通行の愛が駄目な方も)はブラウザバックをお勧めします。 ※本編六話+番外編六話の全十二話。 ※番外編の王太子視点はヤンデレ注意報が発令されています。

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました

由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。 尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。 けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。 そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。 再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。 一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。 “尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。 静かに離婚しただけなのに、 なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。

物置部屋に追いやられた伯爵令嬢ですが、公爵様に見初められて人生逆転しました〜妹の引き立て役だったのに、今では社交界の花と呼ばれています〜

丸顔ちゃん。
恋愛
伯爵家の令嬢セレナは、実母の死後、継母と義妹に虐げられて育った。 与えられた部屋は使用人以下の物置、食事は残飯、服はボロ。 専属侍女も与えられず、家の運営や帳簿管理まで押し付けられ、 失敗すれば鞭打ち――それが彼女の日常だった。 そんなある日、世間体のためだけに同行させられた夜会で、 セレナは公爵家の跡取りレオンと出会う。 「あなたの瞳は、こんな場所に閉じ込めていいものではない」 彼はセレナの知性と静かな強さに一瞬で心を奪われ、 彼女の境遇を知ると激怒し、家族の前で堂々と求婚する。 嫁ぎ先の公爵家で、セレナは初めて“人として扱われ”、 広い部屋、美味しい食事、優しい侍女たちに囲まれ、 独学で身につけた知識を活かして家の運営でも大活躍。 栄養と愛情を取り戻したセレナは、 誰もが振り返るほどの美しさを開花させ、 社交界で注目される存在となる。 一方、セレナを失った伯爵家は、 彼女の能力なしでは立ち行かず、 ゆっくりと没落していくのだった――。 虐げられた令嬢が、公爵の愛と自分の才能で幸せを掴む逆転物語。

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

処理中です...